4話 きれいなお姉さんに引き取られた件
陽介の後ろには綺麗なお姉さんが立っていた。
美少女とも美女ともどちらにも分類される顔つきは、見ている傍から虜になりそうで、その長いまつげに縁どられたガラスのような瞳と、白磁のような肌が相まって作り物めいている。
濡れ羽色の髪は背中まで伸びたストレートで、その髪一本とっても艶やかだ。
言葉が拙いばかりに、この芸術品のような存在を上手く表現できないことに歯噛みするほど、それは異質で輝いて見えた。
「ごめんなさい、真田さん。こんな場所で申し訳ないですが、遠慮なく腰かけてください」
その人は窓側、光太郎の真正面に座ると、にっこりと微笑みかけてきた。
途端に光太郎の顔はトマトのように赤らんだ。
「お父さん、この人誰なの? もしかして新しいお母さん?」
光太郎はすぐに陽介の方を睨むが、陽介は慌てて否定した。
「そんなわけねえだろ灯里! 俺の妻は一人だけだ。そうじゃなくてだな、この方はナポタの職員さんだ」
「「なぽた?」」
目をぱちくり。
兄妹そろって初耳ワードを聞き返すと、目の前の女性は「はい」と優しく言った。
それは母性をくすぐるように耳心地が良くて、安心するような声だった。
「あまり大きな声では言えないのですが、ナポタはあなたたちのような隠れた存在を保護するために作られた秘匿機関だと思ってください」
「秘匿?」
「秘密にされてるってことじゃないかな?」
「ああ、なるほどね。でも、隠れた存在って?」
そこでガタイの大きな男の店員が注文を受けにやってくると、真田はドリンクバーを頼んだ。
「ご注文は以上でしょうか?」
「はい、それでお願いしますね」
「ええと、大変、お客様に申し上げにくいのですが……」
何をこの店員はどもっているのだろうと、光太郎がそちらに視線を向けると彼は周囲を見回した。そして口元を手で隠しながら、ひそひそ声で話す。
「ここは人間のお客様も多く利用していらっしゃるので、そういった内容は、出来るだけお静かにお願いします」
それだけ言って釘を刺すと彼は戻って行った。今のは完全に自分たちの会話を聞いているような口ぶりだったが、光太郎の頭には疑問が積もるばかりだ。
「やっぱり怒られちゃいましたね。彼は耳が良いようです」
「今のって……」
「はい、彼も人間ではありません。ナポタが保護する対象です。今はすっかりと現代になじんでいるようですね」
「なんだって?」
ここで明かされる新事実に、光太郎は初代村長が言ったことを信用出来なくなった。
これではこの世界にも魚人やゴブリンだっているかもしれない。果てにはドラゴンとかもいたりして、そこまで考えて光太郎は身をすくめた。
「なら他にもそういう、私たちみたいな隠れた存在っているんですか?」
「ええ、もちろんいますよ」
「二人とも、聞きたいことは山ほどあるだろうが、ちょっと真田さんを休ませてあげろ。来てそうそうに質問攻めは可哀そうだ」
「それもそうですよね。すみません」
そこでドリンクバーの使い方を覚えたばかりの灯里が、真田のコーヒーを取りに行った。
戻ってくると真田は礼を言って、そのカップに口をつけた。
「……美味しい」
ぽつりと呟かれたその一言に光太郎は緊張して、机の下で手をもじもじさせた。
(何を僕は緊張してるんだ、もっと落ち着け僕の心!)
だが、どうしても光太郎の視線はその口元に吸い寄せられていく。
流麗なその所作に息を飲んでいると、ふと目が合ってすぐに反らした。完熟したトマト以上に顔が赤くなったが、誰もそこに触れなかった。
ほっと一息ついた真田に、陽介が遅れながら自己紹介を始めた。
「改めて、私は真田流です。気軽にリュウさんと呼んでください」
真田流。頭の中で何十回と反芻しながら、光太郎はその名前を刻んだ。
「今回、夜見さんの事故は私たちナポタの不手際によって起きた事故です。本当に申し訳ありません」
「いや、リュウさんが謝る必要は何もないですよ。うちの息子の面倒を見てもらうってのに?」
「えっ、今なんて……?」
さっそくリュウさん呼びをした陽介に、少なからず不満な気持ちはあったがそこじゃない。
後半部分だ。
(うちの息子の面倒って、これって僕のことだよね?)
既成事実のような進んでいく会話に横やり入れると、陽介は頭をかいた。どうやらその説明をするのを忘れていたようだ。
「いや、だから俺はお前の面倒まで見る余裕がないだろ? ところがどっこい、そこに降ってわいた希望が、ナポタからの支援ってわけだ」
陽介がしたり顔で言ってくるがそれも今は気にならない。リュウに優しそうに見つめられて、光太郎は金縛りにでもあったように身動きできなかった。
「今回の事故は私たちナポタに責任があります。隕石については口外出来ませんが、この世界には隠れた存在を保護する役目が私たちにあります」
それは河童である光太郎も当然対象に入る。確かにこの世界に寄る辺がない場合の方が多いだろう。
「例えばこの世界に流された何も分からない人間だっているんです。そういう隠れた存在に手を差し伸べて、この世界での処世術を学んでもらい、自立を促す活動もその一環なわけです。だから光太郎君は私が責任をもって面倒を見る予定なのですが、どうですか?」
つらつらとリュウは説明をしていき、そこには他人行儀な感じが全くしなかった。
どうですかと聞かれたが、考える余地もなく光太郎の口は動いていた。
「よろしくお願いしますっ!」
自分でも不思議なくらいに、つらつらと光太郎は喋っていた。
一も二もなく告げた返事に、思考が追いつくのはすぐだった。
恥ずかしさから光太郎は耳まで赤くし、俯いた。
そしてそのキョドリように、灯里と陽介がニヤニヤと何かを得心したように笑いだす。
「いやあ~、ここまで兄が活動的なのも珍しいので、ぜひぜひリュウさん、不束者ですが兄の面倒を見てあげてください」
「そうです、そうです。父親からもひとつお願いします」
「ええ、もちろんそのつもりですよ」
「ほんと、これでようやくダメ兄から解放されますよ。こう見えても、今まで大変だったんですよ~。うちの兄は使えない臆病者なもので、兄の介抱から解放できて妹として大助かりです!」
芝居めいた口調で灯里は、これまでの不満をぶつけ始めた。それは本気というより軽口だったので、光太郎も苦笑いを浮かべた。
「その点、リュウさんなら兄を託せます。いやあ~、今日はなんて吉日なんだろうなあ! 兄も母性あふれるリュウさんになら、すぐに心を開くでしょう!」
「そうでしょうか? 私、そんなに母性溢れてますか?」
「それはもちろん、だって細いのに出るとこは出てらっ、ごふぉっ!」
何を言うのかと聞いていれば、余計なことを言い出したので、光太郎はすぐさま灯里の口を押えた。
「リ、リュウさん、あまり妹の言葉には耳を貸さないでください。調子に乗らせたら、妹はすぐにこうなるので……」
「あら、そうなんですか?」
首を傾げただけなのに、その困った顔も可愛らしかった。
肩から零れ落ちた髪の毛さえ舞っているようで、花のような香りが漂ってくる。
ああ、良い匂いだなと自然に鼻が動いた。
それから話の内容は家族の世間話から始まって、昔の光太郎と灯里の思い出だったり、灯里による兄の不平不満話に加えて、陽介のおちゃらけたギャグ披露から何まで、それはどこにでもいるような家族の会話だった。
長年積もりに積もった話をようやく清算出来て、心なしか三人の顔は晴れやかだった。
その空気を邪魔しないためか、リュウは相槌を打ちつつも、たまにその瞳が虚構を覗いているようで、光太郎はリュウを奥の見えない洞窟と重ねてしまった。
あっという間に時間を食って、昼前にファミレス入ったはずだが、すでに午後三時を回っていた。
会計の時、父親があのガタイの大きな店員と何やら話しているのが聞こえた。こんな人間みたいな人でも、本当はそうじゃないのだと思うと不思議な感じである。
店を出ると唐突に灯里が抱きついてきた。それを優しく抱き返す。
「ちゃんとリュウさんの言うこと聞くんだよ? あと、おにい頑張ってね!」
「そんなの分かってるよ。でも、ありがとね」
「そうだぞ光太郎! リュウさんに迷惑かけたらすぐに連れ帰ってやるんだからな、覚悟しとけよ!」
「迷惑はかけない……つもりだよ」
その時、光太郎は陽介に頭を撫でられた。そして体を締め上げるようにハグをされたので、背中を叩いて引っぺがした。
「二人とも見ないうちに大きくなったな。まあ、灯里のことは親父に任せとけ。いまさらかも知れねえが、三か月前に手紙を出した時には準備が出来てたつもりなんだ」
「それは、分かってるよ……」
「だけど正直、現代社会舐めてたわ! はははっ、やっぱ人生何が起こるか分かんねえもんだな。俺は、お前ら二人を養えるだけの環境を用意できなくてすまないと思ってる。でも、これは俺が抱える問題だ。お前たちは引き受けなくていい。だから、この世界のことをたくさん学べ!」
「うん」
「当ったり前じゃん!」
「それで自分のしたいことをしろ。それが親父からの最初で最後の命令だ。だから、現代の荒波に簡単に飲まれんじゃねえぞ、この野郎!」
ぐりぐりと頭をさすられて、痛い痛いと言いながらも光太郎は笑った。それはどこにでもいる家族の会話で、人間かそうじゃないかなんて関係なかった。
「いつか三人を余裕で養えるようなビッグになってやるから、それまで待っとけよ!」
「たまにはおにいのところに遊びに行くんだからね~! それじゃあリュウさんもダメな兄を頼みます!」
そう言って、陽介と一緒に灯里が歩き出した。途中、何度か灯里が心配そうにこちらに手を振ってきたが、ああみえて可愛いところもあるなと光太郎は改めて思った。
その姿が見えなくなるまで手を振って見届けた。それを静かに待っていたリュウは、羨ましそうに眼を細めていた。
「羨ましい家族ですね」
「はい、僕にはもったいないくらいで……」
「いいえ、光太郎君もその家族の一員ですよ。あなたたち全員を私は褒めたんですから」
「あ、ありがとうございます」
優しく、それでいて妙齢の割に落ち着き払ったリュウは、二人とは反対方向に向かって歩き出した。
「リュウさん、これからどこに行くんですか?」
その後を追うように、光太郎はリュウの背中に問いかけた。踊るように翻ったリュウは、花のような微笑みを浮かべて、
「内緒です」
口に人差し指を添えると、いたずらっぽくそう答えた。
読んでくださりありがとうございます!
この物語はのんびりと読んでくれたら嬉しいです! ローファンタジーとなっていますが、ジャンルフリーな感じで書こうと思っています。
「こいつの小説、もう少し読んでやるか」と思われた方は、どうぞブクマ登録と☆の評価もよろしくお願いします!