2話 初コンタクト
「おにい、これって……」
「うん、間違いないよ」
二人は辺りを見渡しながら、得心したように頷き合った。
≪ゲート≫に向かって飛び出した後、気づいたら二人はエレベーターの中にいた。
夜だったはずの空は眩しいくらいに明るくなっていて、エレベーターの壁一面のガラス窓からは、ありありとその都市群の光景が映し出された。
二人の視線は、窓から見える林立したビルや眼下に見える人間たちに釘付けになった。
「見ておにい、ここ高っかーい! はははっ、人間が蟻みたいに小さいよ!」
「いや、それよりもどうすればいいのこれ? 完全に落ちてるよこれ!」
「うわあ、本当だあ! なになに? 建物なのに動いてる? これって魔法なの?」
「そうとしか考えられないけど、魔法も見たことないからな」
「お父さんも魔法なんて無いって言ってたから、あれも噓っぱちだね!」
「いや、そんな事言ってる場合じゃないって。とにかく止まってくれ!」
初めてのエレベーターに恐怖を覚えるのは、異世界人あるあるだった。
カーンという音がした後、エレベーターは四階に止まった。
「あ、止まった。おにい魔法使えたの?」
「そんなわけないよ」
その直後、エレベーターの扉が開くと、扉の向こうから眼鏡をかけた、中年サラリーマンの男が中に入ってきた。
折り目正しそうな身だしなみに、七三分けの髪型からは堅物そうな印象を受ける。
途端に光太郎たちは押し黙り、男をまじまじと観察しはじめた。男は一階のボタンを押すと、その二人の視線にさらされて困惑する。
(子供がなんでうちの会社にいるんだ? ああ~、あれか。働き方改革とか言って会社に子供を無断で連れてくる奴、たまにいるんだよなあ~。大人としてここは注意しとくのが筋だよな)
この男は、的外れな勘違いをしていた。
「あのねえ、君たち? ここがどこだか分かってる? 一応、会社なんだよね。君たちの親が働いていたとしても、会社に子供を入れるのはまずいわけだ。最近はさあ、情報漏洩とかにも厳しいわけで、それに……」
訥々と説教を始めた男をよそに、二人はこそこそと会話をし始めた。
「どうするのよおにい。あの眼鏡の人、急に何か喋りだしたけど……」
「そんなこと言われても僕だって分からないよ」
「でも、あれって私たちに向かって言ってるよね。君たちとか言ってたし」
「うん、こっち見てるからそうだと思うけど……」
「だったらこれは『チャンス』よっ! 異世界の住人との初めての『コンタクト』!」
絶対、『チャンス』とか『コンタクト』って、使いたかっただけな気がする。
灯里は目を輝かせながら、実験を前にして喜ぶ科学者のような笑みを浮かべた。
「ほら、あの眼鏡の人の言葉は分かるわけだし、河童の言葉で現代人に通じるのか、『証明』してみようよ!」
「でも、何を話すの? あの人、ちょっと怒ってるし怖そうだよ!」
「そんなのノリよノリ、ちょっといたずらするだけだから大丈夫だって!」
(ん、何だ? 少女の雰囲気が変わった。結構、理詰めで説教してるのに、今までのところで笑う箇所あったか?)
エレベーターは二階に止まり、そして若い女性社員が一人乗った。そちらを確認してから、灯里は急に泣く——演技を始めた。
そして灯里の思うつぼに嵌った女性社員は、ちらちらと泣いて謝る少女に視線を向けて、次いで男を見やった。
「本当にごめんなさい! 私たちはお父さんに呼ばれて来ただけなんです! だから、もう許してください!」
「い、いや、分かってくれたら良いんだよ。物分かりが良い子は嫌いじゃないからさ……」
他人の目があってか、あたふたと男は動揺する。
「ぐすっ、ぐすっ、いえ、私たち兄妹がいけなかったんです! ここの『会社』? で働いている父を許してください! どうか、お願いしますっ!」
彼女が男に向ける視線は、あからさまな軽蔑へと変わり、男もそれに気づいたのか平謝りする。
「いやあ、違う違う。悪いのは僕だし、このままだと僕が悪人みたいになるからさあ、お嬢ちゃんさっきのことは聞かなかったことにしてくれるかな?」
「あのう、平山課長! ちょっと説明してもらえませんか、詳しく!」
「いや、違うんだよ宮古くん。僕は子供が会社にいたから軽く注意しただけで!」
「でも、その子泣いてるじゃないですか! 私はそういう反故する人間が一番嫌いなんですよ! それに女の子を泣かせて、これが社長の令嬢とかだったら即刻クビですよ?」
「へえっ? れ、令嬢? え、もちろん違うよね?」
この時、光太郎は灯里のニヒルな笑みを見逃さなかった。
(どうしようこれ、もう誰にも止められない気がするし……)
光太郎は悩んだ。悩んだ挙句、素知らぬ顔を決めこんだ。
いざこざには関わらないのが吉と見て、光太郎は窓から見える都会の町をしげしげと眺める。
(うわー、都会って凄いなー。人、多いなー)
「実は、私たちその『社長』に呼ばれて来たんですよ!」
「なんだって……?」
「ほら、これが因果律ってやつですよ、平山課長。ざまあですね。あ、間違いました。これからはただの平山さんになるんでしたね」
「ご、ごめんなさい。いえ、す、すみませんでした!」
「いまさら謝るとか、社会人としてどうなんですか? どうせ男はみんなこうですよ。都合が悪くなったら、謝れば済むと思ってるんですから!」
宮古は上司の平山にいつもあれこれ不満を抱いていたため、絶好の機会を得てその詰問は止まらなかった。
「ほんと、平山さんってクズですよ。社会のごみ、いや地球からいなくなってくれません?」
「いや、そこまでは求めてないんですけど……」
宮古の追撃に若干ひるんだ灯里は、いまさら助け船を出そうとしたがすげなく躱された。
「こういう大人になっちゃだめだからね二人とも! 子供の君たちが言えない分、私がみっちりと追い詰めてあげるから任せなさいな!」
「いや、本当に大丈夫なんですよ!」
「いいえ、もっと謝りなさいな。平山さん!」
「へ、へい。ごめんなさい」
「もっと深く、指先は伸ばして、腹から声を出して謝りなさい!」
「す、すみませんでしたあ!」
エレベーターの中で土下座をすると、平山は恥を捨てて、課長の座の守りに入った。
もちろん、最初から守りも攻めも無いのだが。
ちょうどその時、死の宣告のようにカーンとエレベーターは一階に到着して、灯里はくるりと平山のほうを向いた。
「顔を上げてください、平山さん。私は心が広いので特別に、お父さんには内緒にしてあげます!」
「そ、それは本当かい?」
「はい、でも次からは気を付けてくださいね! それでは私たちは用事を思い出したので、ここで失礼します。じゃあ行きましょう、おにい様!」
「え、おにい様? あ、うん」
なし崩し的に二人はエレベーターを降りると、もう一度、平山と宮古に向かって手を振った。
「お話しできて楽しかったです! では平山さんと宮古さん、さようなら!」
「じゃあ、僕もここで降りようかな……」
「平山さんは逃がしませんよ」
がしっと襟首掴まれた平山は、エレベーターの中に引きずり込まれていく。
さようならと手を振り返して、ゆっくりと扉が閉まるのが見えた。宮古が平山を逃がさないように捕まえて、これから社長室に向かうことなど二人は露知らない。
そして社長に令嬢も令息もいないことを、平山と宮古はまだ知らない。
「何とか上手くいったね、初『コンタクト』!」
「いや、僕にはそうは見えなかったんだけど……」
かくして河童と現代人のコンタクトは、可能であると証明された。