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ガラガラガラ…
教室のドアが開いた。
「なんだ…?」
入口のドアを見てみると、そこには2年E組担任江口先生が立っていた。
「江口先生!どうしたんですか?」
「寛人に襲われたあと、校舎内に逃げて3年E組へ隠れてたんだ。そしたら、D組へ誰かが入っていく音が聞こえてきたから俺もこっちへ来た。その様子だと、何か計画があるんだな?」
「はい。あります。」
俺は、何か不穏な空気を感じながらも江口先生に作戦を話した。
「いい作戦だ。それなら生き残れる。なあ、俺から行ってもいいか?」
みんな頷いた。自分から行きたい人がいなかったからだ。
江口先生は素早く窓に足をかけた。その時、先生の足の裾が一瞬めくれた。
「…っ!!」
思わず驚きの声が出てしまった。
「ど、どうした?明石。」
正直に言うべきか否か迷った。だけど、傑が『終わった世界で生き残るには、残酷になる必要がある。』と言っていた。
「先生…一回戻ってください。」
「な、なんでだ!俺は行くぞ!生きたいんだ。」
「2人とも、先生はゾンビに噛まれてるんだ!」
「えっ…」
「先生、放送室へは行かず、この教室から出ていってください…。」
「そうですよ!出ていってください!江口先生!」
みんなそれぞれ、生きるのに必死なんだととても伝わった。
「は、はははは、もう遅いよ。窓の縁に足をかけたんだ!戻るなんてできない。残念だったな。俺は何としても生きなきゃならないんだ!」
「先生、もう手遅れです。」
「なんだと…?」
「ゾンビに噛まれるか、アストロワクチンを接種した人が死ぬとゾンビになる…。俺はそう解釈してます。」
寛人が車に轢かれて死んだことでゾンビに変異したこと、ワクチンを接種していない鐘梨も噛まれたことで感染したこと。それらを踏まえた上で俺はそう解釈した。
「そんな、そんなわけないだろ!」
先生はさらに必死になった。すると恵猪が、
「江口先生…鼻血が…!」
未確認生命体を見るかのように、先生を見ていた。この発言のあと、先生が言った。
「おい…そんな目で見るんじゃない。俺は違う!見てろ!放送室へ入ってもまだ変異してなけりゃ、俺は感染してない!それでいいか?あぁ?」
「嫌です!!」
「もういい!お前らの言葉なんか聞かん!」
先生は足早に放送室の窓まで進んで行った。すると、突然止まって、言った。
「なあ、助けてくれないか?俺は生きたいだけなんだ。なんでそんなことするんだよ。」
だれも何もしていないのに、独り言を呟くように言っていた。
「わかったよ。わかったからやめてくれ。飛び降りればいいんだろ?わかった…。」
どんどん涙声になっていく江口先生を見て、感染しているとはいえ可哀想だと思ってしまった。すると、急に江口先生は窓から手を離し、グラウンドへ落ちてしまった。
「江口先生!!」
「お前が落ちろって言ったんじゃないか…今更なんだ?」
俺らは決して何も言っていない。責任はないんだ…。それなのに、何故かとてつもない罪悪感を感じてしまった。ここにいる全員がそうだったろう。
落ちた江口先生を見ている間に、どんどん先生が変異しているのがよくわかった。
まずは鼻血を体内の血液を全て出すかのように流し、目は真っ赤。次は手だ。まるで骨が折れたようなボキボキという音を鳴らしながら、挙動がおかしくなる。そして最後には、汚らしい咆哮をしながら、寝っ転がった姿勢を背中から立ち上がる。背中に骨がないも同然のように。
「おえええええええ」
「恵猪!」
それを見た恵猪は、あまりの気持ち悪さに吐いてしまったようだ。
「落ち着いてから行こう、恵猪。花音、お前は大丈夫か?」
「うん。よく見えなかったおかげで、なんとか…。」
俺も今にも吐きたかった。でも、そんなことしてる暇があったら、今するべきことがある。今すぐ動かなければ鷹吉や傑の命が亡くなってしまうかもしれない。
「俺は放送室の方へ行く。いいか?2人とも。着いてくるんだぞ。」
「わかった。気をつけてね拓真。」
「はぁ…はぁ…行って拓真。すぐ落ち着くから。」
俺は出発して放送室の窓まですぐ到着することが出来た。ただ案の定窓の鍵は開いていなかったから、すぐさま、
「中に誰かいますか!誰かいたら開けてください!」
すると、5秒ほど経って
「入って!確か明石くんだね?」
「はい!そうです。他にも2人います。」
森田先生が出てきてくれた。これでなんとか放送室に辿り着けたんだ…。
「まだ生徒が無事でよかった。私は外のゾンビのせいでここから出れなかったの。」
そして、みんな無事に放送室へ着くことができた。ここに来るまでに、とても体力を消費してしまった気がする。でも休んでる暇はない。
「森田先生、放送機器を使いたいんですが、使い方を教えてください。」
「どうして?何に使うの?」
俺は鷹吉や傑のことと、倉庫の鍵を手に入れるためにゾンビをおびき寄せたいことを伝えた。
「うん。いい作戦だね。ただ、倉庫の鍵が職員室にあるかどうか…。」
「無いかもしれないんですか?」
「倉庫は誰かが使うために鍵を持って行ったかもしれないの。とりあえず、行ってみましょう。準備するわよ。」
俺と花音は合流場所を決めて、恵猪は長い間音を流すための音源を探した。そして、森田先生は放送機器の調整をした。
そうして、全ての準備が完了した。
「みんな、放送を開始するわよ?」
「はい!」
「♪ ピーンポーンパーンポーン」
「校内に残っている生徒たちに連絡します。ゾンビの数から私たちがこのまま強行突破で学校内から抜けることは不可能に近いでしょう。よって、屋上へ出て救助を待ちたいと思います。なので、6階倉庫の鍵を見つけ次第倉庫を開けることを強く願います。また、生き残っている生徒で可能であれば、5階美術室へ来てください。」
美術室にした理由は、6階倉庫に最も近い部屋だからだ。
「みなさん。お元気で。」
そして恵猪が音楽を流し始めた。鷹吉と傑だけでなく、生きている生徒は全員救うことを目指して放送をした。傑の意思とは異なるが、結局こんな世界でも良心は働く。俺は江口先生が死んだことでわかった。自分が多数を助けて生き残りたいということが。
俺らは予定通り職員室へ行った。先生が音を流すスピーカーを操作して職員室周りにゾンビはいない状態にしてくれたおかげで、スムーズに職員室を捜索できた。だが、6階倉庫の鍵は残念ながら見つからなかった。
「ないか…しょうがない。」
「さあみなさん、美術室へ行くわよ!」
俺らは来た時と同じように窓を伝って、3年D組を出て階段を登って行った。幸運なことに、階段にはゾンビはおらずすぐに5階へ着くことができた。そして美術室の扉を開ける。
ガラガラガラ…
「誰か来た!」
「よかった。うちら4人以外も生存者が居たんですね。」
そこには、2人の男子と2人の女子がいた。
「おれは三村柊。3年C組だ。」
3年生───頼もしい。
「うちは岩城愛衣です。1年B組です。」
「ぼくは四季真梨奈です。同じく1年B組です。」
まさかのボクっ娘だ。かわいい。
「わいは大坂進や。1年E組や。」
兄弟クラスだから知っている。エセ関西弁の子だ。
この4人に続き、俺ら4人もそれぞれ自己紹介をした。この8人の中には、6階倉庫の鍵を持っている人はいなかった。
「もう少し人が来るのを待ちますか。」
「そうだな。」
「なあ拓真。鷹吉、ほんとに大丈夫かな。」
「きっと大丈夫だよ。あいつが強いのは恵猪も知ってるだろ?」
恵猪は頷いた。実際は鷹吉のことも傑のことも心配だ。
それから5分ほど、みんなはほぼ無言で過ごした。すると
ガラガラガラ…
ドアからはまた4人現れた。
「恵猪!!」
「鷹吉!!よかった…。お前どこいってたんだよクソガキ!!心配したんだぞ…。」
恵猪が口が悪いのが気になったが、泣きそうになっていた彼を見て本当に親友同士なのを実感した。再開できてよかった…。
「拓真。無事でよかったよ。」
「ああ。傑も有紗ちゃんも無事でよかった。」
そしてあと1人はクラスメイトの伊月だった。彼女も無事に生き残れたようだ。
だが、この12人全員6階倉庫の鍵は見つからなかったそうだ。傑達は新校舎を探しに行こうとした途中でゾンビに見つかり、逃げている途中で鷹吉達に合流し、放送を聞いてここへ来たそうだ。
「とりあえず、作戦を立てましょう。」
先生を中心に作戦を考えた。その作戦は4人組を3つ作って、それぞれ本校舎2組、新校舎1組に別れて探すというもの。今は夜になってしまったから、朝になったら出発し、半日経つまでに美術室へ戻るまでが作戦だ。
そしてその4人組は、
①本校舎1組目【明石拓真、夏目花音、大坂進、森田先生】
②本校舎2組目【円堂傑、雨岸有紗、三村柊、四季真梨奈】
③新校舎組【清水鷹吉、小崎恵猪、伊月依日、岩城愛衣】
だ。
一夜を過ごして、6階倉庫の鍵を見つけてみせる。俺たちは、絶対全員で生き残るんだ!
◆◇◆◇
【登場人物について少し詳しく人物紹介】
〔大坂、愛衣、真梨奈ら1年生編〕
大坂進:取り柄がなくエセ関西弁を始めた。意外と繊細。ギャグセンスは決して高くはない。帰宅部1年E組。ワクチン接種済。
岩城愛衣:イラストレーターを目指していたメガネ。頭脳明晰だが運動神経は低い。頭は固いロボット型。1年B組。ワクチン接種済。
四季真梨奈:ボクっ娘。性別は想像におまかせ。意外にも勉強は超苦手で不登校だった時期もある。原因は2年生によるいじめだとか…?1年B組。ワクチン未接種。