スーパーアイドルヒーローれもんちゃん!
「れもんちゃんかわいい~ッ!」
ライブ会場に観客の歓声が響く。
ステージの中央で歌い、踊っているのは黄山れもん。
大人気の小学生アイドルだ。
金髪をなびかせ、笑顔を振りまき、懸命にファンを喜ばせようとしている。
「今日はれもんのために集まってくださり、ありがとうございました!
みなさんの声援のおかげで、素敵なライブになりました!」
汗だくの顔でぺこりとお辞儀をすると、会場は拍手に包まれた。
本日のライブも大成功。
れもんは幸せいっぱいで楽屋に戻り、大好物のレモネードを飲む。
「れも・れも・れも・レモネード♪ 美味しいレモネードをよろしくね♪」
いつも歌っているCMソングを口ずさみ、ペットボトルの中身を一気に飲み干し、感嘆符を吐き出した。
「やっぱりレモネードを飲むと爽やかになります~!」
椅子から立ってコマのように回転していると、楽屋のドアが少し開いていることに気が付いた。
「危ないファンさんが入ってはいけませんから、戸締りをしましょう」
れもんが閉めようとすると、隙間から小さな黒猫が入ってきた。
「黒猫ちゃん、どうかしましたか?」
小首を傾げて訊ねると、子猫は舌をチロチロ出して「にゃあ」と鳴いた。
「なるほど。迷子になったのですね。では、このれもんに任せてください!
親猫ちゃんを探し出してみせるのです!」
「私は親猫など探しておらんのじゃ」
「……へ?」
どこからか少女の声が聞こえた。
周りを見渡すが、どこにも少女の姿はない。
部屋には猫が一匹いるだけだ。
「君はどこを見ているのじゃ。今の声の主は私じゃ」
「ね、猫ちゃんがしゃべったあああああああッ」
椅子からひっくり返り、目を回すれもんの額に肉球をおいて。
「まあ、私が喋ると大抵のものはそうなるがの……よっと」
猫はその場でくるりと宙返りをすると、ひとりの少女に変わった。
黒い猫耳にミディアムボブに大きな瞳、鈴が付いた赤いチョーカーを首にして、白を基調とした巫女服を着ている。年齢は高校生ぐらいだろうか。
「これで少しは話ができるじゃろ」
「かわいいですっ」
「うむ。苦しゅうないぞ」
容姿を褒められ猫の少女は胸をそらして自慢した。
「猫ちゃんさんはレモネード飲みます?」
「うむ。いただくのじゃ」
備え付けの冷蔵庫に入っていたレモネードを受け取り、少女はごくごく。
喉を潤したところで、自己紹介をした。
「私は伊集院麗華じゃ」
「私は黄山れもんですっ! 麗華ちゃんは、どうして私のところに来たのですか?」
「それはの。君にヒーローになってもらいたいからじゃ」
「ヒーロー……ですか?」
「世界を守るスーパーヒーローになってみないかの?」
「なりますっ! れもん、なりたいですっ!」
れもんが即答すると、外から悲鳴が聞こえてきた。
何事かとれもんと伊集院が会場に行ってみると、白い牛の頭に屈強な人間の身体した怪物が大暴れをしていた。
身の丈は十メートルはあり、異形の怪物の出現に観客たちはパニックになり逃げ回っている。
「アレはミノタウロスじゃ。さっそくじゃが、君はやれるかの?」
「はいっ!」
れもんは言うなり前へ飛び出し、ミノタウロスにいった。
「やめてください! 観客のみなさんを困らせないでくださいっ」
れもんの訴えにミノタウロスは首を動かし、睨む。
「プモーッ」
鼻息を荒くし、今にも襲い掛からんばかりの様子だ。
伊集院は携帯していたレモンキャンディーをれもんに投げわたした。
「これを食べて変身するんじゃ」
「わかりました!」
キャンディーを食べると、れもんは黄色いコスチュームに身を包まれていた。
黄色い戦闘服は燕尾服風で、ツバメのような裾が風になびいている。
白い手袋を羽織り、頭にはちょこんと三角形のミニハットをのせている。
「わわ、変身しちゃいました!?」
「れもん、ミノタウロスに攻撃するんじゃ!」
「わかりました!」
れもんは頷き、ジャンプするが、強烈な裏拳に吹き飛ばされ、壁に激突。
「まだまだですっ」
再び向かっていくが、軽くあしらわれてしまう。
ミノタウロスは四つん這いとなり、吠えている。
「プモーッ!」
勢いよく突進し、鋭いツノでれもんを上空へ吹き飛ばす。
すごい体当たりを食らって回転しながら落下するれもんに、今度はオノを振るって攻撃してくる。
慌ててX字のガードで防ぐが、防戦一方でまるで攻撃できない。
れもんが両手を組むと、ミノタウロスの真上に異空間の穴が出現。
そこから巨大なレモンが降ってきたではないか。
自身の数倍ものレモンに押しつぶされ、ミノタウロスは跡形もなく消滅した。
あまりのことにぺたんと尻もちをついて、しばし放心状態のれもんにい伊集院が言った。
「初勝利おめでとう。これからよろしく頼むの」
「ふえええ……怖かったですよぉ」
泣きじゃくりながらハグされる伊集院は、妹を見るような目でれもんを見つめ、しばらくはされるがままとなっていた。
ふたりの戦いははじまったばかりである。
おしまい。