第二章その三 『怪しげなイントロ①』
「うぅ〜さみぃし眠ぃ」
まだ朝の六時前、センスはケルベロスの散歩をしていた。
「お前は毛皮があって暖かそうっすね」
「ガウ」
ーーこの一ヶ月でケルベロスにだいぶ懐いてもらえたっすね
「今日は土手の方を散歩するっすかね」
「ガウル〜」
寒空の下今日の朝飯はどうしようか、今日は依頼があるだろうかなど考えながら歩いていると、先日聴いた笛の音が耳に入った。
「ん? この音は」
あたりを見渡すと、川の土手の側に設置されているベンチに腰掛けて琴音が笛の演奏をしていた。
声をかけようと思うも、もっと聞いていたいと言う気もしてしばらくそばに立って聴くことにした
「ふぅっ、あれ? 君は確かセンス君?」
よほど演奏に熱中していたのだろう、目の前に立っていたのにも関わらずセンスのことに気づいたのは一つの曲を終えた後だった。
「三雲…だったすよね、おはようっす」
三雲もおはようと挨拶を返すとセンスは三雲の隣に腰掛けた。
「こんな早くから笛の練習っすか?」
「え、うん、ま、まあね、毎日この時間は笛の練習してるんだ……家だと色々うるさいし」
「毎日っすか!? そりゃすごいっすね! そんだけ練習してるんならあんだけ演奏が上手いのも納得っすね」
「ははっ、あ、ありがとう」
「でも三雲って学生さんっすよね、毎日こんな早くから練習したり、夜遅くまで音楽会を開いたり、授業中眠たくないっすか?」
センスの問いかけに三雲の表情は明らかに曇った。
「あ、俺なんか変なこと聞いちゃったっすか?」
「い、いや、別にそんなことないよ」
三雲はそれから先を話そうとしない。センスもなんだか発言し辛くなり、二人の間になんだか気まずい空気が流れ始める。
「――じ、実はね、さ、最近学校に行ってないんだ」
長く感じた数秒の沈黙を破って、三雲がボソリと言った。
「そうなんすか……なんかあったんすか?」
聞こうか、聞かまいか一瞬迷ったが、一応聞いてみた。
「い、色々とね、ま、まあ人が聞いたらくだらないって思うことだとお、思うよ」
「そう…っすか、あ、そうだ!一応これを渡しておくっす」
センスは何かあった時用に樅木から渡されていた名刺を三雲に渡す。
「クロモミ探偵事務所? え、センスくんっても、もしかして探偵さんなの?」
「うーんどうっすかね? 一応最近入社試験に合格したばかりなんっすけど――ま、何かあったら依頼してくれっす」
「う、うん、ありがとう、そ、そうだじゃ、じゃあセンスくんにひとつお願いしていいかな?」
「え? なにっすか?」
三雲は少し照れ臭そうな顔をして、言葉を出そうとしなかったが、笛を吹いてから言う。
「ぼ、僕と、と、友達になってくれないかな?」
「なんだ、そんなことっすか、もちろんっすよ」
「ほ、本当!? 本当かい!?」
「本当っすよ」
「うわぁ〜、う、うれしいよ、じゃ、じゃあ、これから僕の演奏を聞いていってよ」
「もちろんっすよ、って、あ!もうこんな時間っすか、ごめん俺朝は早くから仕事があるっす」
携帯の時計を見るともう七時をとっくに過ぎている。
――早く帰って朝ご飯を作らないと
「そ、そっか、じゃ、じゃあ明日の夜“幸せの音楽会”にきてよ」
「もちろんっす、行くっすよケルベロス」
センスは足元で寝ていたケルベロスを起こすと事務所へ向かって走り出す。
背後からは「絶対だよー!」と三雲の声が聞こえた。
「……センスくん、ふふっ友達か」
走り去っていくセンスの後ろ姿を見ながら三雲は微笑んだ後
「やっぱりすごいなこの笛の音の力は」
手に持っている笛に視線を落としつぶやき、笛の演奏を再開した。




