第一章その一 『始まりの感覚③』
「よし、着いたぞセンス!」
「ここって」
喫茶店を出て樅木に連れてこられたのは、別に何があるわけでも無いただの河川敷だった。
ちなみに気に入ったのか樅木はここに来るまでのたった五分程度の道のりで十二回もセンスと呼んできている。
「こんなところで一体何をするんっすか?」
「そうだな、まずはそこの階段で下に降りてくれ」
センスが言われた通り階段を降りていくと
「とりゃ」
まだ地上まで数段を残しているというのに、いきなり背中を蹴りとばされた。
「ーーえ?」
いきなりの出来事に何が起こったのかわからないまま受け身を取ることすらできずセンスの体は勢いよく地面に叩きつけられる
「ゲフッ」
一瞬息ができなくなった後に全身の至る所へとに痛みが広がる
「おーい、大丈夫か〜?」
階段の上から呑気そうに、何も考えていないような樅木の声が聞こえ、痛覚を操作して痛みを消してフラフラとなんとか立ち上りと叫ぶ
「ちょっ、ちょっといきなり何するんすか!?」
「まぁまぁ、そう怒るなって、それよりも、戻ってるだろ記憶」
樅木はキメ顔でセンスに指差してそう言うが、
「……いや別に」
とくにこれといって、というか何一つ思い出せていない。
ただ痛い思いをしただけだ。
「あっれ〜? おかしいな漫画なら大抵これで治るのに」
――本当にそんな漫画あるんすか?
センスはもうこの時点で樅木に樅木に依頼した事を後悔し始めていた。
「まっいいや、お前なら痛みを消せるんだろ? じゃ記憶が戻るまで何回でもチャレンジできるな!」
「っちょ、痛みがなくても怪我はするんっすよ!? 死んじゃうんっすよ!?」
「いいからほら、もっかいするぞ、上がってこい、ほれほれ」
階段の上で悪魔が手招いている
「絶対嫌っす!」
身の危険を感じたセンスは、樅木から逃げんと階段に背を向け駆け出した。
「あっ! コラ待て」
後ろから声が聞こえるが気にせず走る。十数秒ほど走り、どのくらい距離が離れたか確かめるため振り返えると
「つ・か・ま・え・た〜」
「うぎゃぁぁぁぁぉぁ!!」
すぐ真後ろに樅木が立っていた……
センスはその後のことはあまり覚えていない。というよりも途中から何をされているのかあまり深く考えないようにしていたのだ。
数回階段から落とされたり、ピコピコハンマーで頭を何度も叩かれたり、ビンタされたり、頭突きされたり、他人の目から見ればただのいじめに映るだろう。
「ーーう〜む、おかしい、なかなか戻らないな」
この男は人間の造りを機械、それもだいぶ型落ちのものとでも思っているのだろうか?
「……もう勘弁してもらえませんか?」
「何を弱気なこと言ってる、痛みはないんだろう? なら大丈夫だろう?」
「でも心が、心がとても痛いっんすよ」
人間身体の傷よりも心の傷の方が何倍も辛く感じ、一生残っていくものである。
「はぁっ本当に何も思い出せてないのかよ?」
「はい……あっでもなんか懐かしい感じがしたような、しないような」
――もしかすると俺はいじめられっ子だったのかもしれない……
「んだよそれ? ーーあ〜もう暗くなってきたな」
「……そうっすね」
あたりを見渡すともう夕暮れで、子供たちが帰っていたり、近くの家からは晩ご飯の匂いがしてくる。
記憶がなくてもどこか懐かしく感じる光景だった。
「ーーセンス、お前行くところがないならうち来るか? 記憶が戻るまでいていいからさ」
「え? いいんすか?」
少し前までセンスの中では樅木は絶対的悪魔と認定されていたが、実は少しいい人なのかもしれないと考えを改めることにした。
「もちろんだろ、その代わり、仕事手伝ってくれよ、あと部屋とトイレと風呂の掃除と、料理、ついでに毎日の洗濯、その他諸々の家事シクヨロ」
――前言撤回、やはり悪魔っすこの人……でも
「わかり…ました、よ、よろしく……お願いします」
文無し、記憶無しのセンスには、最初から他の選択肢などはない。
「よし、そうと決まれば帰るぞ、今日は歓迎会だ、鍋しようぜ、鍋」
「ハハッ、ありがとっす」
「じゃ、買い物してから帰るとすっか」
センスは何度も突き落された忌々しい階段を登っていく樅木について行った。




