第一章その八 『怪しい香り①』
「うちの夫浮気してるんです!」
のどかで平穏に過ぎていた時間はその女性の登場で一気に破壊された。
突然扉を強く開き事務所内に入ってきた女性は整っている顔をしているようだが、表情は怒りによってか強張っている。
「まぁ、落ち着いてください奥さんーーこちらのお席へどうぞ」
「あ、すいません、失礼します」
そんな女性の登場にも怯む事なく樅木はやんわりと席まで誘導し、その丁寧な対応によって興奮していた女性も幾許か冷静になれたらしい。
「早速ですが詳しく話を聞かせていただけますか?」
女性が席につき一息ついたのを見計らって質問を投げかけるとまたも女性は眉間に皺を寄せた。
「実は最近夫の様子がおかしいんです、携帯の画面にロックをかけるようになったり、携帯を風呂場まで待って行ったり、夜帰るのが遅かったり、休日も一人で出かけてどこ行ったのか聞いても友達と遊びに行ったと言うだけで詳しくは教えてくれないし……まだありますよ!」
初めの方は淡々と語っていた女性だったがだんだんとヒートアップし今では樅木との間に置かれた机から身を乗り出さんと言わんばかりに顔を寄せている。
それだけ怪しければほぼ百パーセント黒確定すかね……
近くで一部始終を聞いていたセンスはそう考える。そう考えるが、だがまぁ思っていても言えないのが人間の正常な思考だ。
きっと誰もがそう思うだろう。しかし
「そりゃ、百パー……」
そう、ここには特別な頭の構造をした女がいたのだ。
ハクトは考えればわかるだろ? と言わんばかりに曇りなきまなこで女性を見つめ、ただ思ったことをそのまま言う。
――そうっす! ここには思考の狂いまくった生き物がいたっすね!
「黒じゃ……っっっむぐっ!?」
とセンスはハクトが言い切る前に急いでハクトの口を塞いだ。
「黒?」
「い、いや違うんです、百パー……百%の黒烏龍茶飲みますかって聞きたかったんですよこいつ、ははっ、お、おい、何してんだ、お前ら、ほら早く百%の黒烏龍茶入れてこい」
樅木は明らかに動揺しながら意味のよくわからないことを言って誤魔化すが、正直ちゃんと誤魔化せているのかは分からない。
「あ、あぁお構いなく」
そんな女性の声など聞く余地もなくセンスたちは急いで台所へ向かう。
「お前、本当何言ってるっすか?」
「そ、そうだよハクトちゃん! 前もあったよね!? こう言う事!」
「だまらっしゃー! さっさと茶持ってゆけば良しじゃろーが!」
ハクトが言われた通り黒烏龍茶を入れて女性の前に持って行くと、席では女性が旦那の写真を見せたり、旦那さんの仕事場が何処にあるのかや、何時くらいまで仕事をしているのかなどの説明をしていた。
一通り女性の話を聞き終えた樅木はいつも通り依頼書を書いてもらうと依頼料などの説明をし始める。
「わかりました。それではとりあえず一週間旦那さんの行動を監視します。その後調査結果を報告しますね」
「わかりました。よろしくお願いします」
女性はそう言うと席をたち出て行った。
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「あんな綺麗な奥さんがいても浮気したくなるものなのかな?」
「そうっすね」
「ふふん、やっぱり人間は変な生物じゃの」
「甘いなお前ら」
「どう言うことっすか?」
「俺は旦那さんは浮気していないと見た」
椅子に深く腰掛けた樅木は静かに笑いながら言う。
「ほ〜それは何故じゃ?」
それに返すように笑いを見せつつハクトが問うた。
「こう言う場合大抵の漫画なら旦那は奥さんに隠れてサプライズしようとしているものだからさ」
「……また漫画っすか」
この男は漫画と現実の区別がついてないのではないだろうか?
道の曲がり角でパンを咥えた女子高生とぶつかったり、ぶつかった女子高生とたまたま恋愛に発展するなんて現実ではありえない状況もこの男の脳内では当たり前なのでは?
なんて事をほぼ本気で思うセンス。その考えは顔にも表示されたらしく樅木は少し眉を下げる。
「そんな顔すんなってーー多分俺の考えはあっていると思うぞ」
「……どうしてっすか?」
どうせ対して考えてないだろうし、正直言って聞きたくもないが、心優しいセンスは仕方なく聞いてあげた。
「奥さんに最初の依頼書に書いてもらった生年月日の日付を見な、今から約一週間後だろ? そして話を聞いたら今年は結婚してから5年目、つまりサプライプレゼントを用意している可能性は高い!!」
「……なんか、そう言われるとそんな気もしてくるっすね」
思ったよりもちゃんとした根拠にセンスはなんだか納得してしまう。
「ま、調査は夜からだからだなーーそれで今回は誰が行く? 出来る事なら俺が行きてぇんだが」
「……え?」
樅木の言葉に他の三人は皆同じような顔をして同じようなリアクション(ハクトのみ「……へ?」と発音)をとった。
今日の樅木はいつもに増して驚かせてくれる。
「……珍しいですね樅木さんが自分から名乗り出るなんてーーなにか理由でもあるんですか?」
皆が同じような事を思っている中カコが代表してそれを口にした。
「だってよ今回の依頼、浮気をしてなけりゃラブラブの新婚バカップルドラマが見れるし、浮気してればしてればでよ、昼ドラばりのドロッドロなドラマが見れるんだぜ、どっちに転んでもなんか面白そうじゃねーか!
「……うわぁ」
ーー最低っす、この人
他人の人生をドラマ感覚で楽しんでいるとは、なんともはや見下げた外道である。
「成る程な、そりゃたしかに愉快そーじゃの! 良しわしも行くぞ!」
「おぉ、いいぞ! 来い! 来い! んじゃ今日の依頼は俺ら二人で行くとするか」
「俺も行くっす!」
「僕も行きます!」
この二人だけに任せるわけにはいかない! と思ったのも、声を発したのもセンスとカコ二人同時だった。
「そうか! お前らも行きたいのか」
行きたいのではない。監視と言う事で行かないといけないのだ。
だが二人の考えなど知る余地もない樅木は謎に上機嫌になり
「んじゃあ、まあ、たまには全員で行くのも良いか、よし、出発は夜だからなそれまでは各自、自由時間って事で」
そう言って好きなアニメを見るべくパソコンを開いた。




