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ハイセンスワールド  作者: 桐生 ライア
五感探偵編
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第一章その一 『始まりの感覚②』

 「よし、じゃあまずはお前さんの呼び名から決めていこうか」


 「はぁ……?」


 樅木は喫茶店に入り席につくと開口一番そんな事を言い出した。


 「いや、別に呼び名なんてなんでもいいっすよ」


 「じゃあ、つなぎでいっか」


 「センスねぇ! 嫌っすよそんなの」


 「おい、十秒前に自分で言った言葉まで記憶から消失(デリート)したのかよ!?」


 ――やはりこの人にはセンスがないんすかね?


 少年の中で何か嫌な予感がしはじめた。


 「まぁいいや他にも候補はあるぞ、そうだな、記憶ない蔵(きおくないぞう)とかど」


 「もうやめましょう!!」


 「……なんでだよ?」


 ノリノリで次々と案を出そうとする樅木に少年は一旦、それもすごい剣幕でストップをかける。


 「言わなきゃダメっすか!?」


 ――やばいこの人今なんつった!? 記憶ない蔵!?   いや、マジでやばいこの人、この人自体センスない蔵っす!


 少年の中の嫌な予感は的中し、それと同時に少年は理解した。

 樅木(この男)にはセンスというものがこれっぽっちも持ち合わせていないという事を……

 それにしても記憶ない蔵


 「おい、なんでダメなんだよ? 答えろよ」


 「いや、さっきも言いましたけど、センスがないんすよ、捻りが無さ過ぎっす!」


 「なにぃ!? 昔の漫画はこう言うネーミングも少なくなかったんだぞ! お前は昔の漫画家もセンスがなかったというのか?」


 「………まぁそうなんじゃないんっすかね」


 そんな少年の何気ない一言が樅木を本気にしたらしく樅木はメニューの隣に置いてあったペンとアンケート用紙を取り


 「マスター注文! こだわり極みコーヒー二つ!」


 店員を呼ぶ事なく叫ぶように注文して、奥からあいよという返事を聞くと


 「ここのコーヒーは絶品だがその分淹れるのに少し時間がかかる。それまでに俺がかっこよくて、センスのいい呼び名を考えてやるよ」


 「いや、呼び名なんて、あっそうだ、太郎とか一郎みたいなのでいいっすよ」


 「ダメだ、これは俺と、昔の漫画家のプライドの問題だ、絶対に俺が考える」


 昔の漫画家だってこんな男にプライドを託したくないと思うが、樅木の情熱は凄まじく、それから十五分樅木は思いつくままに名前候補をアンケート用紙の裏面に書き殴っていく。


 つなぎ丸、つなぎ太郎、つな男、綱丸、ツナマヨ、凪丸、凪男、凪太郎、ウナギ、綱義、記助、記蔵、憶助、憶太郎、記憶丸etc ……


 そこから先もいろいろ書いていたみたいだがことごとくセンスがない。途中まで覗き込んでいた少年だったか、窓から見える景色を見始めた。少年は呆れを通り越しもう期待などしていない。


 しかし樅木はその態度を


 ――はーん、全部見ないって事は、後のお楽しみにしてるって事ね


 と都合良く解釈し、少年の思惑とは真逆にまったくもって無意味なやる気を出してしまった。


 「ーーどうだ! できたぞ、好きなのを選べ」


 しばらくして何やら達成感で満ちた顔をし、いくつもの名前候補をびっしりと書いた紙をあたかも見せてきたが


 「……全部却下で」


 少年は窓外の景色から視線を移す事なく言う。


 「おい!」


 「だって絶対センスないんすもん」


 ここでようやく視線を移すと樅木はかなり落ち込んでいた。だが


 「じゃあ、なんかお前の特徴というか、長所とか得意な事を教えてくれよ、名前の参考にするからよ」


 樅木のやる気はまだ完全に消えてはいないようであり、全くもってめんどくさいと少年は大きく溜め息を吐く。


 「……いや、特徴とか長所って言われても俺記憶ないですし、あっ」


 「なんだ? なんかあるのか?」


 「長所って言うのかわからないんすけど、俺()()()()()()んっすよ」


 「は? どう言う事だ?」


 「えーとですね、あそこ見ててくださいっす」


 「ただの厨房への入口じゃないか」


 「後数秒程でバナナ系の料理がきます。匂うっす」


 言い終わると同時くらいに男がバナナの刺さったパフェを持って厨房から出てきた。


 「あとは、あ、あそこのビルの鉢階の一番端の部屋の中に禁煙のポスターが貼ってあるのが見えるっす、その隣には薬物禁止のポスターが貼ってるっす」


 「どれ……本当だ、マジじゃん」


 樅木は何気なく双眼鏡を取り出して少年が指さしていたところを見る。


 ――なんでそんなもの持ち歩いているんすか? やっぱこの人怪しいっす……


 ようやく少年は樅木が不審人物という事に気づいたらしい。


 「それにこんな事をしても平気っす」


 少年はテーブルに置いてあるタバスコと塩を両手に持って口の中に振り入れた。味もしなければ、辛味による痛みもない。


 「うぉぉすげ〜! じゃあこの寒いのにあんな貧相な格好でいれたのは」


 「寒さを感じないようにしてたんです」


 「その力って自由につかえんの?」


 「まぁ、ある程度は」


 「ほー」


 「なんかあんまり驚かないんですね」


 樅木の反応は少年の想像する物と全く違った。能力を持っている事を教えたかったというのは勿論そうなのだが、センスはどこか心の片隅で樅木を怖がらせて、ちょっと静かにさせようと考えていたのだ。


 「……実は俺の知り合いにもそう言う能力を持ったやつが何人かいるからな」


 「本当っすか?」


 「あぁ、それより、いい名を思いついたぞ」


 「あ、まだやってたんっすね、それ」


 正直樅木の命名なんかより他の能力者の事を知りたいのだが、少年の心樅木知らず、“それより”で簡単に流された。


 「当たり前だろ! お前の名前は……感覚の能力者だから感覚座衛門なんてどうだ」


 「センスねぇ!」


 「お前なぁ、センス無いセンス無いって何度も言ってきやがってよ、ん? ちょっと待て確か感覚って英語だと……」


 樅木はブツブツと呟きスマホで何やら検索している。 


 「……あ、やっぱり、感覚って英語でセンスじゃん、よし、お前の呼び名は今日からセンスで決定な!」 


 ――んだよそれ!?てゆーかさっき感覚座衛門とか言ってたくせになんで急にセンスっすか!? マジセンスねぇっすこの人


 少年はセンスと呼ばれ思い切り嫌な顔をしてしまったが、樅木はどうだと言わんばかりに満足気な顔をし、いつの間にやら席に置かれていたコーヒーを啜った。少年もコーヒーを一口啜ると一つ質問した。


 「ーーあれ? ここのコーヒーってぬるいと言うか少し冷えているんっすね」


 「いんや、ただ単に冷めただけだろ」


 その言葉にまさかと時計を見るといつの間にやら一時間以上経過していた。

 その間無くなった記憶についての話などなく、なんの意味も実りもない呼び名の話しかしていない。時間の無駄使いとはまさにこの事である。


 「で、センスって名前どうよ?」


 否定したい、素直にダメ出しをしたい、こんな名前嫌に決まっている。だがどうせ記憶が戻るまでの我慢、これ以上こんな意味のない話を続ける必要は無い。それはわかっていた。

 しかし、


 ーーセンスか〜、でもな〜、でも、これ以上渋ったら何時間でも続きそうっす……


 少年の頭の中でセンスと時間と記憶という三つのキーワードがぐるぐると周る


 「おい、どうなんだ?」


 「……それでお願いします」


 ――今鏡を見たら涙を流している俺が映るかもしれないっす。


 「おいおい、そんな嬉しいからって泣くことはないだろ」


 ――嗚呼どうやら俺本当に泣いているんっすね……


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