第一章その六 『クロモミアフターサービス①』
「うぅっ、お前らは命の恩人だよ、ありがとな、ありがとうなぁ」
「ほ、ほんっと、いい加減にしてくださいっす樅木さん……」
まさか一日の間に二度も登山、下山をする羽目になるとは……
不幸中の幸いと言うべきか、樅木の怪我は思っていたよりも酷くは無かったらしく途中で歩けるように回復したのだが、それは帰り道の終盤に差し掛かった時の事であったため、二度目の下山は樅木を背負いながらと言う過酷過ぎるものだった。
当然二人の疲れはピークに達している。
「流石に僕も疲れたよ」
清太を探している時には一切の弱音を吐かなかったカコも相当に疲れているらしくぐったりとした顔をしていた。
「御苦労さまじゃ」
「ハクトちゃんも清太くんの看病ありがとね、あの子よ様子の方はどう?」
「先刻ちょっとだけ目を覚まして粥を食わせたらまた寝たのじゃーーほれ、そなたらも疲れたじゃろ? 風呂沸かしとーたからゆっくり入って疲れを取るのじゃ」
「サンキューっすハクトーーカコ先入って良いっすよ」
「そう? じゃっお言葉に甘えて」
「待てよ普通所長様がいちば」
「あ!?」
「いえ、なんでもないです、どうぞごゆるりと」
あまりに図々しい樅木の言葉に思わずセンスは殺気を込めて睨みつける。
優しかった少年の変貌ぶりに、樅木はタジタジとつい敬語で返した。
「ふわっ……わしはも〜寝るからな」
小さなあくびをした後ハクトは部屋に戻った。
時計を見れば既に深夜の二時を回っている。いつも比較的早い時間に眠りにつくと言うのにわざわざ起きて持っていてくれていたのだろう。
「おやすみっす」
「おやすみハクトちゃんーーじゃっ、僕はお風呂に入らしてもらうね」
ーー色々と問題はあるっすけどカコの言ってた通り根は優しいんっすね……それに比べてこの人は……
閉まってゆくハクトの部屋のドアと風呂場に向かうカコを優しく見届けた後ジトリとした視線を樅木に向ける。
センスの中で好感度がカンストしているカコと今回の事で評価が少し上がったハクトとは対照的に樅木の株は既に大暴落している。
「な、なんだよぉ、そんな目で見ないでくれよぉ、黒のん悲しいモミぃ〜」
樅木はわざと空気を読まないという作戦を取るも、そんなものが通じるわけもなくセンスは頭に手を当てわざと大きなため息をつく。
「おい、年下のそう言う反応まじで傷つくから、ほんと辞めてくれよぉ……」
「そっすか、それはすいませんね」
口ではそう言ってもセンスから樅木に向けるジトリとした目つきは継続したままだ。
「さ、さてと、報告書でも作るかな」
流石に冷たい視線に居た堪れなくなった樅木は自身がいつも腰掛ける席へそそくさと逃げるように移動してパソコンを開いた。
「……そういえば……俺の晩飯は?」
少しして自分の体内で奏でられたぐぅという音色に空腹だったことを思い出し、樅木がお腹を撫でながら遠慮がちに聞くとセンスは黙って台所へ行き、数分後お湯の入ったカップ麺を持ってくると樅木の前に置いた。
「う、うわーい、僕カップ麺だーい好き、いただきまーす」
無理に強がって笑顔を作りカップ麺を勢いよく頬張る樅木の背後にセンスは立ち続ける。
「あの? センスさん? そんな所に立ってないであちらのソファーで足を休めては?」
「いや、ここが良いんすよ」
万が一にもありえないとは思うが、あれだけ苦労して救助した樅木がパソコンで遊んだりしないよう見張っているのだ。
実際ネットサーフィンに興じようとしていた樅木はそんな状況で出来るはずもなく仕方なく真面目に報告書を作成し始めた。
「ーーそういえばカコ遅くね?」
放課後の補習を受ける生徒と教師のような雰囲気を二人が醸し出し始めてから三、四十分程経過した時ぽつりと樅木がつぶやく。
「……たしかにそっすね、ちょっと様子見てくるっす」
時計を取り出し正確な時間を確認してセンスは何かあったのだろうかと心配になりお風呂場に様子を見に向かう。
「カコ? 大丈夫っすか? ーー開けるっすよ?」
一言声をかけてから扉を開けるとカコは湯船に使ったまま意識なく目を閉じていた。
「カコ!?」
嫌な考えが頭をよぎったが、どうやらただ蓄積した疲労により眠ってしまっていただけらしく、センスがそばへ寄るとゆっくりと目を開いた。
「……あっ、ごめん気持ち良すぎてつい寝ちゃってたよ」
「溺れてなくて良かったす」
「待たせちゃってごめんね、すぐ出るから」
宣言通りすぐに風呂を出たカコと交代でセンスは入浴する。
軽く全身を洗って湯船に浸かれば、嗚呼なるほどとセンスはカコの気持ちがよく分かった。
寒さの厳しい夜空の下、身体から湯気が出るくらい過酷な捜索後の温かいお風呂、まるで体がとろけるような、全身を日差しを吸収した雲に包まれているかのような心地よさ
ーーここが天国っすか
両目がトロンと緩くなり、瞼が段々重くなる。
「ーー駄目っす」
このままではカコみたく眠ってしまうと、センスはバシャバシャと顔をお湯につけ眠気を取ると、上機嫌で鼻歌を歌い始める。
「ーーぶふっ!」
突如そんな声が聞こえてきた事に気づき扉を開けると信じられない光景がそこにあった。
なんと樅木が笑いを堪えながらセンスの鼻歌を録音していたのだ。
「……センスさん、お湯加減はいかがでしたでしょうか?」
センスは答える代わりに近くにあったリンス入りの容器を結構本気で樅木の顔目掛け投げつけた。




