第一章その五 『ある日森のなか③』
「どう? 見つかりそう?」
「あぁ! この靴と同じ匂いの跡を感じるっす! これならなんとか見つけれそうっす!」
五感の内、嗅覚を最大限にまで強化させて、何もない空を嗅ぐ。何千、何万、何十万、何百万、何千万もの匂いが街から漂っているが、嗅ぎ分けてその中から靴と同じ匂いの波長を探す。
「こっちっす!」
そうして見つけ出した同じ匂いの跡を辿るようにセンスはカコを先導して走り始めた。
住宅街を越え、河川敷を越え、商店街を越え、十数分ほど走った先に(走ったというより、実際の所走っていた時間よりも早走りしていた時間の方が長かったのだが)
「ここの上から濃く匂いを感じるっす!」
はぁはぁ、ぜぇぜぇ、とまだ冬半ばだと言うのに汗を大量にかいているセンスは肩で息をしながら、目の前に聳え立つ山を指さした。
「ここは……」
「ここを知ってるっすか?」
「知ってるも何も、僕が昔逃げて樅木さんと出会ったのはこの山だったんだよ」
「へぇ、すごい偶然っすね」
未だ息が整っていないセンスは、驚きも控えめな物になっており、絶え絶えにそう言い返した。
「大丈夫?」
「二、三分、休ませて欲しいっす」
本来ならこんなところで休んでいる暇などなく、すぐにでも捜索を再開させるべきである事はセンスも十分理解しているのだが、それでもこれから山を登らなければいけないのだ。だとすれば寧ろ二、三分の休憩は短い方だろう。
「了解、少し休んでて、その間に樅木さんに報告の電話してるから」
声を出すのももうつらいと言わんばかりにセンスは親指だけを立てて合図した。
数分後少し離れたところで電話を終えたカコが水の入ったペットボトルを手に戻ってきた。何やら怒っている様に見える。
「ーーまったく」
「どうしたんすか?」
「さっき樅木さんに電話したらゲームセンターにいたらしいんだよ」
「マジっすか!? 俺達に子供の捜索全部投げてきてんすかあの人!?」
「ひどいよね、今晩みっちりと説教するよーーそれより足は大丈夫? もう動けそうかな? あっそうだよかったらこれ飲んで」
軽く礼を言って、こくり、こくりとゆっくり一口、二口飲んで、大きく深呼吸した。
「よっしゃー! 完全復活っす!」
本当はまだ疲れているし、足も痛い。痛覚を操作して足の痛みを消せればいいのだが、一つの感覚を最大限まで強化している場合他の感覚は操れないらしい。
だが、泣き言など言ってはいられない、時は一刻を争うのだ。センスは山の登山口近くに置いてあった[ご自由にどうぞ]と書かれた入れ物から、切った木をそのまま置いてますというような粗く作られた棒を取り出して杖にすると匂いの元へと進み始めた。
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何分歩いただろうか、もう一時間くらいは経ったかなと携帯を確認したセンスはまだ二十数分しか経過していない現実に驚きを隠せなかった。
足が痛いし重い、杖だってもはや意味があるのか無いのかわからない。
「大丈夫? センスくんちょっと休憩入れようか?」
いつのまにかセンスの先導を越えて前を歩いていたカコが声をかけてくる。
「大……丈夫っす」
それ以上は何も言わない、作り笑顔すら作らない、否、作れないのだが、それでもまるで擬人化したカタツムリのような歩みを止めはしない。一度でも止まってしまえば再び歩き出せないような気がするから
ーーどんなに遅くともその歩みを止めない限り、人は人として自分を超えて行けるんす!
そんな名台詞もとい痛いセリフをセンスは自分の中で何度も何度も再生させ、それをバネに歩み続ける。
自分に無理を言い聞かせつつ歩き続けて本当に一時間が経過した時センスは、あまりの絶望についに座り込んでしまった。
先程までずーっと山の整備されている道を歩いてきていたのだが、今は道から外れた茂みの奥へと匂いの跡が続いているのだ。
「匂い……この奥からするっす」
力なく道のない茂みを指さすと「ここは?」と何か考えつつも
「一旦長めに休憩取ろうか、道が出来てないって事は何があるかわからないからね」
センスはその言葉に甘えることにして、登山を始める前に取った休憩の何倍もの時間足を休め、ベストコンディションとはいかないもののそれなりに体力を回復させると、少しの痛みは無視し立ち上がった。
「よし、だいぶ疲れも取れたっす!」
「じゃ、もうひと頑張りいこうか!」
力強く頷き合って、二人は藪の中、茂る雑草の中、道なき道を進む。
誰に捨てられたのかわからない比較的新しいお菓子や飲み物の食べかす、絶対に食べてはダメだろうと一眼でわかる見たことのない白いキノコ、かなり古くから設置されてるであろう猪か何かを捕獲するための鉄製の罠
そんな物達を横目に捜索をしていると、突如「ヤッホー」と言う声が聞こえてきて、それに気を取られたセンスは次の瞬間、足元にぐしょり、という違和感を感じた。
「あぁ、最悪っす!」
見るまでも無く理由は分かっていたが、それでも一縷の望みにかけて確認してみるもやはり現実は非常な物で、センスの靴はいつから存在しているのか定かでない水溜りに突っ込まれていた。
「ははっドンマイドンマイ」
「うぇぇっ、気持ち悪いっすーーあれっ……あ! カコ、これ!」
ずぶ濡れになってしまった靴下を絞らんと靴を脱いだ時、足元の湿って柔らかくなった地面に子供の物と思われる足跡があり、歩いてきた道を振り返ってみれば草を踏み倒した跡があった。
長い道筋で疲労しきっていたとはいえ、それらを見逃すとは仮にも探偵を名乗っている以上ありえないような凡ミスであった。
だが反省は後、昨日今日できたであろう足跡は先へ先へと続いている。つまりこの先に清太がいる可能性は大なのだ。センスは嗅覚の強化を下げ、その代わりに足の痛みを消すと足跡が続く先へ駆け出した。




