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オレとアイツの物語

作者: 天の川隆之佑

第一章【おまえさんもオレとおんなじでひとりぼっちかい?】


あれはまだ残暑と言っていいぐらい蒸し暑い10月の夜だった。

オレがいつものようにひとり寂しくポケモンGOをしながらポツポツ歩いてると、細い路地裏に停めてある汚い軽トラの下に緑に光る二つの光をみつけたんだ。

『ん?仔猫ちゃん。おまえさんもオレとおんなじでひとりぼっちかい?』

話しかけるとトコトコと車の下から出てきたのは、生まれて間もないまだ毛も生え揃っていない薄汚れた仔猫だった。

『みゃあみゃあ…』

オレのアディダスのスニーカーに絡みついてくるのでしゃがみ込んで背中をさすってやった。

鋭利な刃物のように尖っていた肩甲骨はオレの手のひらを突き刺すぐらいに、その薄汚れた仔猫はガリガリに痩せ細っていた…

『みゃあみゃあみゃあ…』

『おまえさん、ガリガリじゃないか!腹が減ってるんだな…』

オレはさっきコンビニで朝メシ用に買ったドーナツを仔猫に食わせてみた。

『ガツガツガツ!ぐるるるる!』

唸り声を上げながらものすごい勢いでドーナツをむさぼり食う仔猫の背中をさすりながらオレはいつの間にか号泣していた…


オレとアイツの出会いはこんな感じ。

それからオレ達は毎夜路地裏で密会を重ねた。

アイツは生きるための空腹を満たすために、オレはただ生きているだけの虚しさを癒すために…


あれからかれこれ1ヶ月が経ったあの日、いつものようにオレは軽トラの前まで来るとアイツに話しかけた。

『よう、おまえさん、今日はおまえの大好きなバウムクーヘンを持ってきてやったぜ。』

いつもなら喜んで車の下から飛び出し、オレのアディダスに絡みついてくるのに、何故か今日は反応がない。

不審に思って軽トラの下を覗き込んでみるとアイツは『みゃあ…』と力なく鳴いて、それでも一生懸命に右前脚をギブスで固定したような格好で、他の3本脚でぴょんぴょんとビッコを曳きながら、途方に暮れるオレの目の前に歩いてきたんだ…

『おまえ!どうしたんだ!怪我しちまったのか⁉︎』

『ちきしょう…オレが早く連れて帰ってやらなかったからこんなになっちまって…』

オレはアイツと初めて会ったあの日と同じように号泣していた。


第二章【決死の救出作戦】


一日も早く医者に連れていかなきゃという思いが無意識にオレの右手を動かして、アイツはフワッと持ち上がった。

とても軽かった。

『にゃあっ!』

驚いたように反射的に逃れようと身体を揺するアイツ…

『ああーっ!』

黒いトートバッグまであと少しのところでアイツはオレの手を振り払ってぴょんぴょんとまるでウサギのように跳ねながら暗い草むらの中に姿を消してしまった。

 

オレのせいでアイツに怪我をさせてしまったこととアイツを捕まえるのを失敗してしまったダブルショックを引きずりながら、オレは誰もいない安いワンルームに重い足を進めた。

灯りのついていない重いドアを開けると、オレは『ふぅ〜…』とひとつ深いため息をついた。

空き缶とカップラーメンの空で散らかったタバコ臭い部屋が、涙で滲んでなんだかいつもより広く見えた。

部屋に入るとオレは狂ったように部屋の掃除をした。

足の踏み場もないほどに散らかっていたあの部屋が夜が明ける頃にはすっかり片付いていた。

『ほう。この部屋こんなに広かったんだ。これならアイツが引っ越してきても大丈夫だな。』

オレは人生初めての猫との生活に想いを馳せていた。


深夜になるのが待ち遠しかった。

次は失敗すまいとググって得たプチ情報の洗濯ネットはもちろん用意済みだ。

『おーい。おまえさん。今日もおまえの大好きなバウムクーヘンを持ってきてやったぜ。』

下心を見透かされないように上ずる声を抑えながら軽トラの下にいるはずのアイツに話しかけた。

『おーい!』

何度呼んでも反応がない!

『おーい!』

もう一度叫びながら車の下を覗き込んでみると…いないっ!

オレは膝をついてケータイの灯りで車の下を隅から隅まで照らしてみたがやっぱりいない…

『いったい…どこにいっちまったんだ…』

涙をこらえながら見上げた空には、そろそろ冬を告げるオリオン座が滲んでいた。

オレは歩いた。一晩中歩いた。

それこそ猫一匹いない寝静まった街を重い足を引きずりながら…


ほとんど諦めていた三日目の夜だった。

なんとアイツは軽トラの前でオレを待っていた!

『夢じゃないよな?』

溢れる涙を拭うようにオレは目をこすり、アイツの方に駆け出していた。

『みゃあ〜!』

高い声を精一杯絞り出しながら、アイツもオレの方に向かってぴょんぴょんと跳ねるように駆けてきた!

『おまえさん!大丈夫か⁉︎元気にしてたのか⁉︎』

『みゃあ〜!』

相変わらず高い声で叫んだまま、アイツはオレのアディダスに激しく身体を擦りつけてきた。

『さぁ!食べろ!よっぽど腹が減って我慢できずに命がけで出てきてくれたんだな…』

オレはやっぱり号泣していた。

『ガツガツガツ!ぐるるるる!』

いや、泣いてる場合じゃない。

オレはアタマを振って我に返った。

夢中で食べてる間に掴み上げて洗濯ネットに入れるしかない…ラストチャンスだ!

ドクンドクンドクン…失敗は許されない。

自分の心臓の鼓動が聞こえるのは遥か遠い昔の甘酸っぱい記憶のファーストキスの時以来だ。

『ふぅーー。』

大きく息を吐き出した瞬間、オレの右手はアイツの首を掴んでいた。

『え?暴れないの⁉︎』

『みゃあ…』と小さく鳴いたアイツは、オレが左手で広げた洗濯ネットの中に収まった。

まるで『よろしく』と言いながら自らの意思で入ったかのように…


とはいえ初めて体験するトートバッグの中は恐怖以外のなにものでもないだろう。

『ごめんよ…ごめんよ…』

トートバッグの中にいるはずのアイツは、全く鳴かないどころか全く動きもしない。

手負のアイツは窒息しちゃってるんじゃないかという不安に押し潰されそうになりながらオレは小走りにワンルームに急いだ。


第三章【ようこそ!ここがおまえの新しいアジトだ】


『はぁ、はぁ、はぁ…』

部屋の前にたどり着くとオレは呼吸を整えた。

ポケットを探って部屋の鍵を取り出した手は、うまく鍵穴に入らないほどに震えていた。

なんとかドアを開け、アディダスを蹴るように脱いで部屋に飛び込み、感度の悪くなった蛍光灯のスイッチをつけると、まるで『割れもの注意』と書いたダンボールを扱うようにそぉ〜っとトートバッグをベッドの上に置いた。


動かない。


3秒ぐらいの時間がまるで永遠のように長く感じた。

その時だった。

固唾を飲んで見ていたトートバッグが、前後左右にもぞもぞと動き出し、そしてパタンと倒れた。

オレは恐る恐るトートバッグを持ち上げて中から洗濯ネットを取り出そうとしたその瞬間、洗濯ネットが大きく歪んでトートバッグがベッドの上をゴロゴロと転がり出した。

『おいおいおい。今すぐに出してやるからちょっと待て。』

逃げ回るトートバッグをなんとか捕まえ形を変える洗濯ネットを取り出し、もがく手を振り払いながらジッパーを開けた。

『にゃああああああっ!』

断末魔のような大きな叫び声を上げ、アイツは窓際のカーテンを駆け上がった。

『ふぅ〜〜〜〜〜…』

カーテンレールの上から大きく見開いた目でオレを見つめるアイツを見ながら、オレは大仕事をやり遂げた達成感と、またカーテンを駆け登れるほど元気な姿を見た安堵感から、自分でもびっくりするぐらいの大きな息を吐き出した。


よほど新しい環境に慣れなかったのだろう。

結局アイツがカーテンレールの上から降りたのは、カーテンの色が少し白んできた朝方だった。

まんじりともせずに見守っていたオレの横をすり抜け、あっという間にベッドの下に入り込んでしまった。


そこからオレとアイツの我慢比べが始まった。

カーテンの向こうが暗くなって夜になってもアイツはベッドの下に立てこもっていた。

『おーい。おまえさん。いつまで頑張るんだい?お水も美味しいごはんも、おまえ専用のあったかいベッドも用意してあるから、安心して出ておいでよ。』

ベッドの下を覗き込んでみると、いちばん奥の部屋の隅っこでうずくまりながら、恨めしそうな目でこちらを見ていた。


『みゃあ…みゃあ…』

遠くの方で聞こえる猫の鳴き声でオレは意識が戻った。

徹夜が続いたせいか、オレは電気も付けずにそのまま眠ってしまっていたようだ。

『みゃあ…みゃあ…』

とても悲しそうな声でアイツは哭いた…まるで生き別れた母親を呼ぶように…

『ごめんな…呼んでも誰も来ないんだよ…今日からオレがおまえのかあさん…いや、パパだ…』

オレの涙の連続記録はまた一日伸びた。

アイツの鳴き声は朝まで続いた。

オレの徹夜の記録もまた一日伸びた。


アイツがベッドの下に立てこもって二日目の夜を迎えた。

飲まず食わずで体力もそろそろ限界のはずだ。

ベッドの下を覗き込むと、アイツは昨日よりも少し手前のところにいた。

『よし。そこなら手を伸ばせば届くかも知れない。』

オレはベッドの横に寝そべり、身体の右半分を限界までベッドの下に潜り込ませ、精一杯右手をアイツの方に伸ばした。

『みゃあ…』

オレの右手が柔らかいぬくもりに触れた瞬間、アイツは優しく鳴いた。

まるで母親に甘えるように…

オレはアイツの心に届くように朝まで右手を伸ばし続けた…指先にぬくもりを感じながら。


想いが通じたのか、翌朝アイツは照れ臭そうな顔をしてオレの目の前に座っていた。

『おはよう。これからよろしくな。』

『みゃあ。』

短く鳴いたその顔がオレには微笑んでいるように見えた。

カーテンの隙間から差し込む光でまるで後光が射すように光るアイツのシルエットを眺めながら、オレはこれから始まるアイツとの甘い生活に心躍らせていた。


『おまえ、オレが大好きなポケモンのロコン(6根)に似てるよな。そうだ!今日からおまえはロコンだ!ロコンっ!どうだ?とっても良い名前だろう?』

アイツは短く『みゃあ。』と頷いた。

後で気づいたんだがアイツのしっぽ、鍵しっぽで先が曲がっていて、ちょうど数字の『6』に見えるんだ。


どうだい?とてもよくできた話だろう?


おわり

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― 新着の感想 ―
[一言]  臨場感のある文章に、そこに居るかのようなハラハラドキドキを、そしてホッコリ感を味わうことができました。 運命に導かれた1人と1匹。『アイツ』は『オレ』に出会えて幸せ『オレ』は『アイツ』に出…
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