野竹ナナカ1
野竹ナナカは『マカ』の営業時間が終了したので、入り口の鍵を閉め、シャッターを下ろした。
住居スペースへと戻ってきたので、夕飯の準備の続きをする。
「なんとか間に合いそうね」
時間を確認してほっと胸を撫で下ろした時である。
玄関のチャイムが鳴った。
「え」
鍋の火を止めて、慌てて向かう。
「こんばんは」
手を振ってきたのは奏介だった。
「そ……奏君早い」
「あ、すみません。学校が早く終わったので」
ナナカは肩を落とした。
「来たらすぐに夕ご飯にしたかったんだけどな」
「全然大丈夫ですよ。待ちます。いい匂いですね」
奏介が奥の方へ視線を向ける。
今日はおうちで夕飯デートというやつである。
「メニューはハヤシライスとサラダ。好きだって言ってたよね?」
「よく覚えてますね。前にちらっと言っただけなのに」
奏介は驚いたようだ。
「奏君のことだから、多少ね?」
片目を閉じてみせると、奏介は少し恥ずかしそうに視線をそらした。
基本的にクールで頼りになるが、こうして照れることもあり、年下の可愛さというものを実感している。
ついつい頭を撫で撫でしてしまい、
「! い、いきなり何を」
「じゃ、食べよっか」
「ナナカさん、俺をからかってません?」
「だって奏君、手すらも繋いでくれないんだもん。少しスキンシップしても良いでしょ?」
「う……。まだ二ヶ月も経ってないのにそんなことするのは早いかなって」
するとナナカが奏介の手を取った。
「じゃあ、ご飯食べよっか?」
「……いじわるですよね」
「奏君の彼女だからね」
「どういう返しですか?」
奏介の手を引いて、居間へと入った。
数十分後。
テーブルに用意された料理を前に、二人で手を合わせた。
「頂きます」
「うん、どうぞ」
奏介はスプーンですくって一口。
「……ん。美味しいです。具材がとろとろですけど、かなり煮込んだんですか?」
「分かる? お昼頃に仕込んで、ことこと煮てたの」
奏介がふっと大人っぽい笑みを浮かべた。
「? 何?」
「楽しみにしてくれてたのかなって。俺のため、ですよね?」
ナナカは、はっとした。それから少し恥ずかしそうに、
「そんなの、当たり前。奏君に喜んでほしいし」
「ありがとうございます」
しばし、お互い照れる。
と、その時。チャイムが鳴った。
「!」
ナナカの顔が曇る。
「お客さんですかね」
住居スペースの方のインターホンだ。
「ちょっと待ってて」
ナナカはとたとたと玄関の方へ歩いて行った。
しばらく待っていると。
遠くで話し声が聞こえだした。相手の声は聞こえない。
「いえ、お客さんが来ていて」
「はい、今日はすみません」
「あ、はい。ありがとうございます」
やがて、ナナカが戻ってくる。
「ごめんね、奏君」
「別に大丈夫ですよ。それより、大事なお客さんだったんじゃ」
「うーん、お店のお客さんなんだけど」
ナナカは奏介の前に座った。
「最近引っ越してきた方で、お店で話すようになったんだけど、最近はこっちの玄関から、おすそ分けとか持ってきてくれるようになって」
ナナカの手にはタッパーが握られていた。
「煮物、多めに作ったんだって」
「年配の女性ですか?」
「ううん。多分、五十代くらいの男の人。この前、勝手に家に入って来られちゃったから玄関で帰ってもらうようにしてるの」
「奥さんが料理好きなんですかね?」
「独身の方なの」
奏介は目を瞬かせた。
「あー……」
未婚というただそれだけで、失礼な話だが、その男性を怪しんでしまう。
「まぁ、家に入って来るのはまずいですね」
「うん」
無断で入ってくると言うのは、純粋な厚意とは言えないだろう。下心があるのではないか。
「さり気なく、彼氏がいるって言ってみたらどうですか? いや、まぁ……高校生の彼氏なんて周りに言えないかも知れないですけど」
ナナカはくすくすと笑って、奏介の隣に座った。肩と肩を寄せる。
「奏君は、私の自慢の彼氏だから」
奏介は一瞬、体を強張らせ、
「はい」
照れくさそうに頷いた。