97話 突風
「“風撃”ッ!」
隼人は風を纏った拳を振る。
それだけで兵士が数人悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
転移水晶を壊した後に現れた兵士たち。
それを迎え撃つ隼人たち。
広場は敵味方入り乱れる大混戦に陥っていた。
「おらッ!」
背後に迫る兵士に向かって拳を叩き付ける。
吹き飛ぶ兵士。
「どうした! 手応えねーぞ!」
隼人は叫び、周囲の兵士たちに突進する。
「抜刀──」
「させるか! “風撃”ッ!!」
命令を下そうとした隊長らしき兵士を隼人は吹き飛ばす。
それを見た兵士たちに動揺が走る。
「おらぁッ!!」
隼人が拳を振ると、轟音と共に兵士たちが吹き飛ぶ。
「はっは! 楽勝だぜ!」
周囲の兵士たちを睥睨し不敵に笑う隼人。
その時だった。
「撤退!」
一人の兵士がそう叫ぶ。
それと同時にさっと退いていく兵士たち。
「魔術騎士団が到着したぞッ!」
「急げ! 巻き込まれるぞ!」
「あ? 魔術騎士団?」
それを聞き、隼人は首を傾げる。
ウィスターからその話は聞いていた。
国を守護する精鋭集団。
そいつらと戦える。
──愉しくなってきた。
隼人はにやりと笑う。
と、その時。
風切り音が隼人の耳に届く。
直感に従い、瞬時に頭を下げる隼人。
次の瞬間、隼人の頭があった場所を、鋭利なナイフがビュンッと音を立てて通り過ぎる。
「あっぶね!」
壁に付き立ったナイフを見て目を丸くする隼人。
そしてそれが飛んできた方向を見る。
そこには一人の小柄な黒髪の男が立っていた。
手にナイフを持ってこちらに歩いてくる男。
「誰だお前?」
隼人は男の方を見て問う。
その問いを受けて、男は足を止める。
そして口を開く。
「俺は魔術騎士団〈巨力騎士団〉のレディオス。お前たちを、捕縛しに来た」
「お? お前が魔術騎士団か? 案外普通だな」
首を掻き、隼人はレディオスと名乗った男をじろじろと見る。
どこにでもいそうな出で立ちだ。
特別な武装なども見えない。
「……今大人しく投降すれば、危害は加えない」
「その後は?」
「何?」
レディオスの言葉に、隼人は首を回しながら応える。
その言葉に眉を顰めるレディオス。
「だからよ、捕まった後のこと。そこでも危害を加えられないって、約束できんのか?」
「……お前たちは侵入者だ。そこまで約束はできないな」
「んじゃ、決まり。──このまま抵抗する」
そう言うと、隼人はにやりと笑う。
そして身を屈め、飛び出す姿勢を取る。
「馬鹿が」
顔を顰めるレディオス。
「ははッ!」
隼人は小さく笑い声を上げると、走りだす。
どんどんと迫るレディオス。
その時。
再び風切り音が聞こえてきた。
横に飛び退く隼人。
その元居た場所を風切り音を立てて通り過ぎるナイフ。
「なんだ? 今の」
隼人は眉をひそめてレディオスを見る。
レディオスがナイフを投擲したわけではない。
レディオスは動いてすらいなかった。
だが、ナイフが飛んできた。
一体どういうからくりだ。
目を細めて隼人は周囲を見渡す。
「──ん?」
そして見つけた。
少し離れた場所で自分を取り囲むように浮かぶ、無数のナイフを。
「なんだありゃ──ッ!?」
首を傾げた隼人はすぐに飛び退く。
宙に浮くナイフの一つが、いきなり隼人目掛けて飛んできたからだ。
ナイフを回避する隼人。
その瞬間、隼人は総毛立つのを感じた。
咄嗟に頭を下げる。
その場所を通り過ぎるナイフ。
「……外したか」
レディオスが、ナイフを回避した隼人の一瞬の隙を見て、手に持ったナイフを投擲したのだ。
「ちッ、連携攻撃もできるって訳か」
自分を取り囲むナイフを見て隼人は舌打ちをする。
恐らく宙に浮いているナイフは自由自在に発射できるのだろう。
切っ先は全てこちらを向いている。
中々厄介だ。
だが、そのナイフだけに注意を払う訳にもいかない。
レディオス本人もナイフを所持している。
その投擲技術はとても正確だ。
「へへ、燃えてき──た!?」
小声で呟きかけた隼人は咄嗟に飛び退く。
頭の横を飛んでいくナイフ。
「あっぶね!? お前、俺まだ喋ってんだろ!?」
「黙れ」
「うおッ!?」
冷汗を垂らして隼人が叫ぶと、冷たくそう返してくるレディオス。
そしてそれと同時に発射される無数のナイフ。
隼人は上下左右に跳び回ることでナイフを回避する。
避ける。
ひたすら避ける。
「ははッ! 余裕だぜ!」
隼人はナイフを避けながら叫ぶ。
「──なら、これはどうだ」
「ッ!?」
レディオスの声が聞こえた。
すぐ、近くから。
ナイフの一斉射撃が止まる。
隼人の頭を、嫌な予感が駆け巡る。
咄嗟に体を仰け反り、レディオスの斬撃を避ける。
鼻先を通り過ぎるナイフの刃。
「──はッ!」
「ぐッ!?」
無防備になった隼人の腹に、レディオスの蹴りが炸裂する。
隼人は後ろに飛ぶことでその衝撃を殺す。
距離を取った隼人は腹を押さえる。
そして、異変に気が付く。
自分の掌を見る隼人。
「お前、何しやがった」
レディオスを睨み付けて隼人は問う。
レディオスはナイフを弄びながらこちらに歩いてくる。
「俺の使う魔導は“減速魔術”というものでな」
「あ?」
唐突にそう言うレディオス。
隼人は首を傾げる。
「できることは、触れた物を減速させること」
そう言い、レディオスはナイフを持った手を振る。
真っ直ぐ隼人に向かって飛んできたナイフは、途中でピタリと止まる。
その光景に目を見開く隼人。
「そして、『減速を解く』こと」
止まったナイフが一気に加速し、隼人の顔の横を通り過ぎる。
隼人の頬が薄く裂ける。
血がタラリと垂れた。
ようやく能力のタネが分かった。
空中に浮いていたナイフは、あらかじめ飛ばし、減速させていたもの。
それが一気に飛んできたのは、減速を解除したから。
そして、今もう一つ分かったことがある。
「──人間にも、効くのかよ」
「その通り」
ノロノロと立ち上がる隼人に頷くレディオス。
隼人は顔を顰める。
体が上手く動かない。
恐らく、さっき蹴りをもらった時に、一緒に魔術をかけられた。
体の動きが、減速している。
「負けを認めて大人しく投降しろ」
「──ちッ、仕方ねーな」
降参を促すレディオスに、隼人は舌打ちをして言う。
それを聞き、背を向けるレディオス。
「いい判断だ。お前たちはこれから警備隊に引き渡──」
「……ちげーよ」
背を向けて歩き出すレディオスを遮って隼人は言う。
「──何?」
隼人の方へ振り返るレディオス。
「ちげーって言ったんだよ。俺は負けを認めて『仕方ない』って言ったんじゃねえ」
「なら、なぜ」
「仕方ねーから──本気出してやるよ、って言ったんだよ」
その言葉に目を見開くレディオス。
隼人はゆっくりと拳を握り、目を閉じる。
そして思い出す。
珠輝が見せた、肉体の砂化。
隼人にもできるはずなのだ。
なら、やるしかない。
体全体でなくてもいい。
たった一部分だけで、事足りる。
──拳を、風に。
「“突風撃”ッ!!」
隼人は拳を振った。
その拳が、風に変形する。
拳は突風となりレディオスに迫り、そして。
レディオスに当たる寸前に拳に戻った。
暴風を纏った拳が、レディオスの鳩尾に突き刺さる。
「ぐ、はッ!?」
吹き飛ぶレディオス。
地面を転がり、やがて動かなくなる。
「お、とけた」
手を握り、減速が解除されたことを確認する隼人。
「うっし、勝てた!」
隼人はガッツポーズを取り、不敵に笑った。




