94話 やさしく
ダグラの拳が瑠香の顔面に迫る。
それを顔を傾けることで回避する瑠香。
拳を避けた瑠香は後ろに飛び退き、ダグラとの距離を開ける。
「どうした、逃げるだけかよ!?」
ニヤニヤと笑いながらそう言い、再び瑠香に向かって走り出すダグラ。
「くっ!」
繰り出されるダグラの拳を世界軸で受け止める。
ギリギリと拳と杖で押し合う二人。
ダグラは強かった。
伊達に『魔術騎士団団長』を名乗っているわけではないようだ。
「お前、さっきなんか言ってたよな? 守るためとかなんとか」
「それが、どうしたの?」
押し合いながらも瑠香に話しかけてくるダグラ。
ダグラを睨み瑠香はそれに応じる。
「夢見てんじゃねーよ、って話だ。人間ってのは他人より優れた力を持っていたら、それを振りかざしたくなるもんだ。現に俺みたいな奴はこの世界にごまんといる」
「だからって、人を傷つけてもいいわけじゃない!」
「わかってねーな。お前だって強いだろ? こうは思わねーのかよ?」
首をを振るダグラ。
そしてにたりと笑って言った。
「──弱い奴が悪い、ってな」
「そんなこと──きゃっ!?」
『そんなこと思わない』と言おうとした瑠香の言葉は途中で遮られる。
ダグラが不意を突いて腕を引いたからだ。
支えを無くし、ふらつく瑠香。
その瑠香の腹をダグラが蹴りつける。
「うっ!?」
苦悶の声を上げて瑠香は後ろに吹き飛ぶ。
地面に転がる瑠香。
蹴られた場所を押さえながらも片手でついて身を起こす。
その瑠香に靴音を響かせながら歩み寄るダグラ。
「ハッハッハッ! どうだ? 惨めに地面を這いつくばる気分は、よッ!?」
「ぐっ!?」
蹲る瑠香の腹を再び蹴るダグラ。
瑠香は軽々と吹き飛ばされてしまう。
「お前みたいな奴は好きだぜ! 反抗的な目。絶対に屈しないという意志。そういうヤツの尊厳を、こうやって踏みにじるのが楽しいんだよッ!」
高笑いをしながら瑠香を蹴りつけるダグラ。
「どいつもこいつも最初は言うんだ。お前に話すことなんて何もない、何も教えない、ってな」
「──ぐっ!」
「だけどよ、拷問を続けてるとそいつらも段々と弱ってくる」
「──づっ!?」
「でも、拷問はやめない」
「──がっ!!」
「そーするとな、そいつら、あることないこと全部べらべらと喋ってくれるんだぜ? 私がやりました。あいつとあいつが共犯者です。こういう計画でした、ってな」
「──うぐっ!?」
「そして皆口を揃えて言う。全部話した。家族の所に帰してくれ。もうやめてくれ、ってよ」
「──うっ!!」
「可哀そーだよな。同情しちまうよな。──でも拷問は続くんだ」
「──ぐっ!!」
「で、いつしか泣きも喚きもしなくなる。ぶっ壊れちまうんだよ。そうなったらもうお終いだ。動かねーおもちゃはいらねーもんな」
「──」
「って、ああ、聞いちゃいねーか」
蹴り続けられ、悲鳴を上げなくなった瑠香。
ダグラはボロボロになった瑠香を見下ろして舌打ちをする。
「ちッ、血塗れじゃねーか、きたねーな」
そしてダグラは瑠香に背を向ける。
「ま、それじゃあな。拷問部屋で会ったらよろしく頼むぜ」
そこまで言い。
ダグラは目を見開いた。
そしてゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、ゆらりと立ち上がる瑠香の姿があった。
前髪が顔を覆っていて、その顔は見えない。
だが。
髪の奥で炯々と光る眼。
その眼は、まだ力を失ってはいなかった。
「てめ、まだ──ッ!?」
言い掛けたダグラの言葉は止まる。
眼前に高速で移動してきた瑠香を見たからだ。
世界軸を振り上げる瑠香。
「くッ!?」
目を見開くダグラ。
その足がもつれ、ダグラは後ろに倒れる。
振り下ろされる世界軸。
「──ッ!?」
ダグラは思わずと言ったように顔を覆う。
一秒。
二秒。
三秒。
しかし、何も起きない。
顔を覆う手をどけるダグラ。
そこには、ダグラに当たる寸前で止められた世界軸があった。
カタカタと震えている世界軸。
その震えは、世界軸を持つ瑠香から伝わったものだった。
「──やっぱり、できない」
「は?」
瑠香の小さな呟きに声を漏らすダグラ。
「あなたみたいな酷い人、どうなっても、いいと思った。でも、やっぱり、できない」
「……」
「あなたも、きっと話し合えば分かり合えるはず。だから……」
黙り込むダグラに訴えるように瑠香は語り掛ける。
「だから、話し合おう……?」
瑠香は手を差し伸べた。
その手に、ダグラは手を伸ばす。
そして呟いた。
「──“分身”」
「っ!?」
その瞬間瑠香の両脇に黒い人影が現れる。
二つの人影は素早く瑠香の両腕を掴み、瑠香の体を持ち上げた。
両腕を拘束され、身動きができなくなる瑠香。
「は、はは、話し合う? 分かり合える? 何馬鹿なこと言ってんだ」
「そんな……どうして……」
乾いた笑いを浮かべるダグラ。
そんなダグラを見て、首を振る瑠香。
その眼から涙が零れ落ちた。
「お前、本当に馬鹿だな。俺を仕留める絶好のチャンスを、自らの甘い考えで棒に振りやがった。こんな馬鹿を見るのは初めてだぜ!」
手を叩き、笑い声を上げるダグラ。
そしてダグラは拘束された瑠香に歩み寄る。
「さてと、さっきはよくも驚かせてくれやがったな。決めた、お前は拷問しない。今、ここで殺してやる」
そう言い、瑠香の首に手を掛けるダグラ。
その手に徐々に力が込められていく。
それを感じながらも瑠香は身動きしない。
できないのだ。
さっき蹴られていたせいで体の節々が痛い。
さっきのが、全力だった。
もう、動けない。
「ハッハッハッ! どうだ、自分が選択を間違えたせいで死ぬってのはよ!?」
ああ、自分はここで死ぬのだろうか。
自分は、選択を誤ったのだろうか。
朦朧としていく意識の中で、瑠香はそう考える。
『なんで、人間は優しくなれないんだろうな』
そう言う剣人の声が聞こえる。
ごめん、剣人。
私、死んじゃうかもしれない。
そしたら、剣人、悲しむよね。
ごめんね。
瑠香は剣人に謝る。
お母さん。
お父さん。
ごめんなさい。
私が、探さなきゃいけないのに。
凛。
一華。
隼人。
珠輝。
心。
実辰。
日和。
茉菜。
リー。
ティア。
スズ。
そして、充。
みんな、ごめん。
何も出来なくてごめん。
皆のことを考えて、涙が流れた。
そして、少し安心した。
よかった。
私の間違いで、仲間に危険が及ぶことにならなくて。
「てめぇ、何笑ってやがる」
瑠香の顔を見たダグラが不可解そうに顔を歪めて言う。
「……こうかい、しないよ」
「あ?」
「わたしは、こうかい、しない。さいごまで、ひとに、やさしくできた、から」
「優しく優しくって、気持ちわりーなぁ! さっさと死ね!」
「ぐっ!?」
ぐっと首を絞めつける力が強くなる。
「……けんと、わたし、やさしいひとで、いられたかな……?」
最後の力を振り絞って瑠香は言う。
「──ああ。お前は、優しいよ。瑠香」
聞き覚えのある声がそう言った。
そして銃声が三発。
「ぐはッ!?」
瑠香を拘束していた分身が消える。
瑠香の首を絞めていたダグラが後ろに吹き飛んだ。
崩れ落ちる瑠香を、誰かが優しく抱き留めてくれる。
その顔を見上げて、瑠香は微かに目を見開いた。
「みつ、る……?」
「間に合って、よかった」
瑠香を見て安堵したように笑う充が、そこにいた。




