91話 皇宮入口にて
「はぁ、はぁ……!」
皇宮に向かって走るエマとマーリン。
背後から地響きが聞こえてくる。
きっとアレンだ。
戦っている。
「アレンくん……!」
背後を振り返らずにその名を呼ぶエマ。
「どうか、無事でいて……!」
エマは願う。
そして足を前に進める。
今エマがしているのは『革命』だ。
人々を救うため、解放するために戦っている。
この国が侵略されたとき、エマはまだ幼かった。
子供であった自分に、何ができただろうか。
何も、できなかった。
できるはずもない。
敵は巨大な帝国。
敵う訳がない。
だが、今エマは進んでいる。
敵は相も変わらず強大なまま。
しかし、自分は成長した。
仲間もいる。
逃げることしかできなかった、幼き日とは違うのだ。
エマは皇宮に向かう足を少し早めた。
皇宮が目前に迫ってきた。
ここまで来るのに、一度も戦うことなく済んだ。
だが、皇宮の中に入ったらそうもいかないだろう。
敵からすればエマたちは侵入者。
容赦なく攻撃されるだろう。
皇宮の入り口前で一度足を止めるエマたち。
そして無言で頷き合うと入口の門をくぐる。
その先は広い庭園のようになっていた。
少し歩き、エマは足を止める。
誰かいる。
皇宮に繋がる道の真ん中に人影が一つある。
目線で合図し合い、歩みを進めるエマとマーリン。
「──止まれ」
人影が声を発する。
若い男だ。
金髪碧眼で冷たい美貌を持っている。
男は碧眼を薄く細めてエマたちを睥睨する。
「何者だ」
マーリンが男に問う。
「──それはこちらの台詞だ。ここは民間人の立ち入りは禁止されている」
静かにそう言う男。
「すぐさま背を向けてここを立ち去るならば、命は取らないでやる。選べ。進むか、戻るか」
広げた手をこちらに向けて男は冷たく言う。
「進むことを選んだ場合、お前はどうする?」
マーリンが少し身構えて問う。
その言葉を聞き、男は目を閉じる。
そして目を開き、言い放つ。
「──お前たちを、攻撃する」
その瞬間、男から寒気がするような殺気が放たれる。
「行くぞ、エマ!」
「ええ!」
エマとマーリンは頷き合うと男に向かって走り出す。
次の瞬間、男の手が発光した。
エマは足を止め、腕を振る。
男の手から、光線が放たれる。
真っ直ぐエマとマーリン目掛けて放たれた光線は、二人に届く前に何かにぶつかり爆発する。
爆音と共に土煙が舞う。
その土煙の中に飛び込み、男の横を走り抜けるエマ。
土煙が晴れる。
その先には──
「──逃がすと、思うか?」
先程と同じ姿の男が立っていた。
エマは足を止める。
「エマ、気を付けろ。こいつ、強いぞ」
マーリンが身構えて言う。
「……ええ」
エマは男から目を離さないようにしながら頷いた。
マーリンの言う通り、この男は強い。
あの一瞬でエマたちの前に移動した。
なんて技量。
なんて強さだ。
だが、進むしかない。
エマは顔を上げる。
その目線の先にあるのは『王の灯』。
この国の希望。
それが、今は輝いていない。
あれはこの国の心の拠り所なのだ。
エマの使命は、この国の希望を取り戻すこと。
あの『王の灯』を再び輝かせること。
そのためには、進まなければならない。
足を一歩踏み出すエマ。
エマに再び掌を向ける男。
その掌が光り輝く。
再び光が放たれる寸前、エマは手を掲げる。
「“防御”っ!」
その瞬間、エマの目の前に光の薄い壁が張られる。
光でできた壁に、光線が衝突する。
再び爆音と共に砂埃が舞う。
「──魔導、か。しかも先程のは詠唱破棄。──貴様、何者だ?」
砂埃を振り払い、金髪の男が歩み出る。
その碧眼は品定めするように薄く細められている。
「ふふ、すごいでしょう。ちなみに素性は明かせません」
軽く指を振り、薄く笑ってエマは答える。
「……そうか。予想はしていた」
目を閉じて静かに男は言う。
「エマ、あまり喋りすぎるなよ」
「わかってるわ」
マーリンの言葉にエマは頷く。
そして目の前の男を見て目を細める。
やはり強い。
あの光線、恐ろしい威力だ。
当たるわけにはいかない。
だから防御するしかない。
だが、相手は速い。
防御に徹していては、ここを抜けられない。
どうすればいい。
どうにかして、この男を出し抜かなければ。
エマが頭を回転させていたその時。
金髪の男が目を見開いた。
次の瞬間、両者の間の地面が爆発した。
砂埃が朦朦と舞う。
顔を覆うエマ。
「なんだ!?」
マーリンが驚愕したように叫んだ。
「あー、ここまで三分ちょいか。ちと鈍ったな」
砂埃の中で肩を回しながら、上空から飛び降りてきた男が言う。
「あなたは……」
エマはこちらに背を向けている男を見て絶句する。
聞き覚えのある声。
見覚えのある姿。
数十年前と全く変わらぬその姿。
「……プラタ!」
その名を叫ぶエマ。
「……エメリア様、ご無沙汰しております」
エマの前まで歩いて来ると、プラタは跪いて恭しく言う。
「お会いできて嬉しく存じます」
「ええ。私も、会えて嬉しいわ」
感極まってエマは言った。
「──ですから、この再会を邪魔する無粋な輩は、排除しなければなりません」
プラタが跪いたまま呟く。
その瞬間、プラタの背後の土煙から金髪の男が飛び出してくる。
男の掌が、今にも光線を放たんと光り輝く。
だが。
プラタは身を翻し、目にも留まらぬ速さで男の腹を蹴りつけた。
「──ぐッ!?」
驚愕と苦悶の声を上げて、男が吹き飛ぶ。
「エメリア様、先にお行きください。ここは私が」
立ち上がり、男が吹き飛んだ方を見据えてプラタが言う。
「でも、プラタ……!」
エマが声を上げようとする。
しかし、その手をマーリンが握る。
「行こう、エマ」
「……マーリン」
「お行きください、エメリア様」
二人にそう言われ、エマは唇を噛む。
そして、ゆっくりと頷いた。
「わかったわ。プラタ、どうか気を付けてね」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
胸に手を当ててプラタは言う。
エマとマーリンは頷き合うと皇宮を目指して走り出した。
「ちッ! あの野郎、エメリア様のお手をベタベタ触りやがって。誰だ、あいつ」
後に残されたプラタは、走り去るマーリンの背を睨み付けて舌打ちをする。
「しかし、どこかで見たことが……」
首を捻るプラタ。
そして先程のエマの言葉を思い出す。
「……マーリン? マーリン……マーリン!」
そこでプラタは目を見開く。
「そうか、あの時の魔術騎士団のガキか! デカくなりやがって!」
そう言い、頭を掻くプラタ。
「ま、今すぐ追いかけてぶっ飛ばしてやりてーが、今は──」
プラタは、砂煙の中から歩み出る金髪の男に目を戻す。
「てめー、名前は?」
「──メシウス。メシウス・フォン・ブラスベル」
プラタの問いに素直に答える男。
「フォン・ブラスベル? さっきも聞いたな……いや、それよりも」
首を捻りプラタは言う。
「そっちが名乗ったんだし、俺も名乗らなければな。俺の名は……」
「プラタ、だろう」
碧眼でこちらを見据えてメシウスと名乗った男は言う。
「おお、知っているか」
「ああ。別名、『銀の悪魔』。我らが〈黒の使徒〉でも手こずった相手と聞く」
「ほう……? てめー、〈黒〉の野郎か。ちょうどいい、むしゃくしゃしてたんだ。ぶん殴る相手に最適だ」
不敵に笑うプラタ。
そして身構える。
「かかって来い。相手、してやるからよ!」
そう言い、プラタは地を蹴った。




