89話 子猫ちゃんたち
「おーい、一華、早く起きるのにゃ」
一華は頬をぺしぺしと叩かれる感触で目を覚ました。
「……ティア」
「そうなのにゃあ」
起き上がる一華から身を離してティアが言う。
「……ここは?」
「地下牢。捕まっちゃったみたいなのにゃ」
ペタンと女の子座りをしたティアは、やれやれと言う風に首を振る。
尻尾がフリフリと揺れている。
「そっか」
一華は頷くと手を傍らに置く。
そしてそこにある木刀に触れる。
「みんなは?」
辺りを見回して一華は問う。
それに対し、首を横に振ることで応えるティア。
「……そっか」
一華はもう一度頷くと鉄格子に目を向ける。
「これからどうする?」
「まず、みんなと合流するのにゃ。バラバラなのは危ないのにゃ」
「そうだね」
ティアの言葉に一華は頷く。
そして木刀を手に取り、立ち上がる。
「そのためには、まずこの牢を破らなくちゃ」
「それもそうだにゃ」
頷くティア。
一華は大上段に木刀を構えると、一気に振り下ろす。
「はッ!!」
轟音を立てて、鉄格子が吹き飛ぶ。
「さっすがだにゃあ!」
それを見て口笛を吹くティア。
「行こう」
「はいはーい」
一華が振り返ると、ティアは元気よく手を上げて返事をする。
牢を出る二人。
そして足を止めた。
通路は左右に続いている。
「どっちに行くにゃん?」
「どっちに行こう……」
顔を見合わせる二人。
「じゃあ、右?」
「左に行くのにゃ!」
そう同時に言い、ガクッとなる一華とティア。
「どうするにゃ……?」
「どうしよう……」
再び顔を見合わせる二人。
その時だった。
「右にも左にも行く必要はないよ。子猫ちゃんたち」
二人にそんな声が掛かる。
驚いてそちらの方へ振り返る一華たち。
そこには金髪の美男が立っていた。
甘いマスクで一華たちに微笑みかける男。
「僕の名前はヴェンシス。よろしくね、子猫ちゃんたち」
ヴェンシスと名乗った男は髪をかき上げ、キザっぽくウィンクをする。
「……なんか、背中がぞぞぞぉってなるのにゃぁ……」
珍しく『うへぇ』という嫌そうな顔をしてティアが言う。
「えっと、ヴェンシス、さん? あなたは一体何者なんですか?」
一華は顔を顰めそうになるのを堪えて問う。
「僕? そんなに僕のことが気になるかい? 全く、困った子猫ちゃんたちだ……」
やれやれと言う風に首を振りヴェンシスは言う。
「さっきから、子猫ちゃん、子猫ちゃん、って馬鹿にしてるのかにゃあ……」
耳をぴくぴくと動かし、顔を引きつらせながらティアが言う。
一華も顔を顰める。
正直、苦手なタイプだ。
「僕は魔術騎士団『暗影騎士団』の団員だ。よろしく」
ティアの言葉が全く耳に入っていないのか、一人で勝手に名乗るヴェンシス。
その言葉を聞き、一華はハッとする。
魔術騎士団。
ウィスターから話は聞いていた。
国を守護する少数精鋭の部隊。
とても強力な魔術師の集団だと聞く。
だが、目の前の男は本当に魔術騎士団なのだろうか。
ヴェンシスは陶酔したように自分の身を掻き抱いている。
どう見ても、頭のネジが数本ぶっ飛んでるよう見える。
一華とティアは顔を見合わせる。
──やべー奴に当たった。
それが二人の共通の思いだった。
「あの、私たち、先を急いでいるんで……」
そう言い、一華とティアは踵を返す。
しかし。
「待ってくれよ。僕は君たちに用事があるんだ。子猫ちゃんたち」
振り返った先には、先程と全く同じ姿勢のヴェンシスが立っていた。
目を見開き、後ろを振り返る二人。
そこに、ヴェンシスの姿はなかった。
じりっと後退りをする一華。
いつの間に背後に回り込んだのだろうか。
「おやおや、そんな怖い顔をしないでくれよ。そんな顔をしていたら──」
首を振り、一歩こちらに近付くヴェンシス。
「──かわいい顔が台無しだ」
目を見開く一華。
目の前にヴェンシスの顔がある。
ヴェンシスは一瞬の間に距離を詰め、一華の顎を持ち上げていた。
「──触ら、ないでっ!」
ハッと我に返り、木刀を振り抜く一華。
だが。
木刀は空を切った。
「なっ!?」
「おっとっと、怖い怖い」
少し離れた場所で肩を竦めながらヴェンシスが言う。
「──瞬間移動、かにゃあ」
「ご明察だ。子猫ちゃん」
ティアが呟くと、指を鳴らしてヴェンシスは言う。
「この魔術があれば、いつでもどこにいても子猫ちゃんたちの元に飛んでいけるからね」
「で、なんで何の用かにゃ? 要件を早く言うにゃ」
ヴェンシスの言葉を無視し、不機嫌そうに鼻を鳴らしてティアが言う。
「ああ、君は随分と連れないね……」
「あんたと話していたくないだけだにゃ」
ヴェンシスにそっけなく返すティア。
「そうかい? 僕はもっと話していたいけどね……」
そう言い、肩を竦めるヴェンシス。
「で、要件は?」
「ああ、かわいい子猫ちゃんにこんなことを強いるのは心苦しいのだけどね……」
ティアの言葉に悲しそうに首を振りながらヴェンシスは言う。
「牢に、戻ってくれないかな?」
「何故だにゃ?」
ヴェンシスの言葉に目を細めるティア。
「何故って、君たちが侵入者だからだよ」
「嫌だって、言ったら?」
「うーん、そうだね」
ティアの言葉に、首を傾げて考えるような素振りを見せるヴェンシス。
「僕は子猫ちゃんに傷をつけたくはないのだけれど……まあ、仕方ないかな」
そう言い、一歩こちらに踏み出すヴェンシス。
「力尽くででも戻ってもらうよ」
「あっそ」
ティアはその言葉を聞き、にやりと笑う。
「そっちの方が、わかりやすくていいのにゃん」
構えるティア。
一華も無言で木刀を構えた。




