86話 ナレク
瑠香たちと別れたウィスターは、叔母であるエメリアと合流するため、北大通りを南に向かって走っていた。
目指すは皇宮。
叔母が最終的に向かう先は皇宮だと予想したからだ。
いたるところに暴徒と化した民衆がいる。
それを見て、ウィスターは顔を顰めた。
自分が国外にいる間に、民の怒りはここまで肥大化していたのか。
そして皇宮を睨み付ける。
恐らく、その諸悪の根源はあそこにいる。
デラジス。
その名は知っていた。
その男こそ、この国に住み着く癌。
民を苦しめる悪。
許しては、おけない。
ウィスターは足を速める。
その時だった。
皇宮の方で、何かが光る。
ウィスターの頭の中で、けたたましく警鐘が鳴る。
咄嗟に身をひねり、回避行動を取るウィスター。
刹那、ウィスターがそれまでいた場所の地面が爆発した。
爆音と共に砂煙が舞う。
「──くっ!」
地面を転がり、すぐに立ち上がるウィスター。
「ほう? 避けたか」
そう言い、砂埃の中から歩み出る一つの影。
藍色の長髪を持った痩身の男だ。
右手に長剣を携えている。
男は端正な顔に凄みのある笑みを浮かべウィスターを見る。
「貴様、名は?」
「……答えると、思うか?」
「そう警戒するな」
自身を軽く睨みながら答えるウィスターに、男は軽く肩を竦めて言う。
「俺はナレク・ギーデルスだ。よろしくな」
「──確か、エドランド帝国皇帝親衛隊第五位の男がその名だったはず」
「おお、知っているか。光栄なことだ」
ウィスターの言葉に大仰に頷き、ナレクと名乗った男は笑みを深める。
「エドランド帝国最強の部隊が、何故ここに?」
「最強、最強か。いい覚え方をされたな」
喉の奥で笑いながらナレクは言う。
「俺がここにいるのは、皇帝の命令を受けたからだ。デラジス高等弁務官を守れ、とな」
それを聞き、ウィスターは顔を顰める。
デラジスに護衛がいることは想定済みだ。
だが、それが皇帝親衛隊となると少しばかり話が変わってくる。
皇帝ルヴァンシュを守護する、総勢数十人からなるエドランド帝国最強の部隊。
それが『皇帝親衛隊』だ。
特に、上位十名の強さはかなりのものだと聞く。
このナレクという男は序列第五位。
かなり強いはずだ。
ここで、止めなければ。
ウィスターは腰に下げた剣に手を掛ける。
「ナレクと言ったな。お前は、私が止める」
「ほう? 面白い」
片眉を吊り上げて、ナレクは面白そうに言う。
そして、長剣を体の前で構える。
「やってみろ。ウィスターとやら」
「ッ!?」
その言葉にウィスターは目を見開く。
「何故、私の名を──ッ!」
「剣を交えた後でなら、教えてやるよ!!」
そう叫び地を蹴るナレク。
ウィスターは咄嗟に剣を構える。
金属音が響き渡り、二人の剣が衝突する。
ウィスターはナレクの剣を弾き上げ、剣を振り下ろす。
それを身を捻ることで避け、ウィスターの顔目掛けて突きを放つナレク。
「シッ!!」
「ッ!?」
ウィスターは、顔を傾けることでその突きを回避する。
だが、その直後にできた一瞬の隙をついて、ナレクがウィスターの腹を蹴った。
後方に大きく吹き飛ばされるウィスター。
受け身を取り、再び立ち上がると剣を構える。
追撃を仕掛けようと迫るナレク。
ウィスターはそのナレクに向かって手を向ける。
「“火炎”!」
その掌から、爆炎が噴き出す。
それを飛び退いて回避するナレク。
「魔法陣なしでの魔術。……『魔導』か!」
炎を避けたナレクは凄惨な笑みを浮かべて言った。
そして再び駆け出す。
「いいぞ、ウィスター! 貴様は、強いッ!」
「ッ!」
言葉と同時に打ち込んでくるナレク。
ウィスターは、それを手に持った剣で受け止める。
体を捻り、蹴りを放つ。
ナレクは後ろへ飛び退りそれを避ける。
すかさず、ウィスターは左手の五指をナレクに向ける。
「“弾丸”!」
その指から魄の弾丸が放たれる。
迫る五つの弾丸を、ナレクは霊装を纏った剣で弾く。
その直後、一瞬ナレクに隙ができる。
その僅かな隙を、ウィスターは逃さない。
「“斬撃”ッ!」
剣を頭上で構え、一気に振り下ろす。
剣から生み出された衝撃波が、ナレクに迫る。
回避も相殺も間に合わない速度だ。
それを見て、目を見開くナレク。
そして獰猛な笑みを浮かべた。
「──〝時計の針〟」
ナレクは微かに呟く。
「“逆転”」
その瞬間。
ナレクの姿が、掻き消える。
「何……!?」
外れた衝撃波を見てウィスターは目を見開く。
「く、くく、いい剣筋だ。だが、一歩届かなかったな」
少し離れた場所で不敵に笑うナレク。
「だが、まあ合格だ。貴様は強い。ウィスターよ」
「お前、何故私の名を知っている」
剣を構え、警戒を解かないままウィスターはナレクに問う。
「貴様のことは調べさせてもらった。貴様が革命を起こすためにこの国に来たことは知っている。──貴様がこの国の皇族だということもな」
その言葉に内心で顔を顰めるウィスター。
こちらの作戦は、敵に筒抜けだった。
つまり、この革命は失敗だ。
すぐに撤退する必要がある。
今すぐ仲間たちに知らせなければ。
じりっと後退りをするウィスター。
「おっと、そう慌てるな。お前たちの作戦を知っているのは俺だけだ。デラジス高等弁務官も、本国にいる皇帝も知らない」
「その言葉を、信じろと?」
ナレクを睨み付け、ウィスターは問う。
「ああ。仮に、もし俺がお前らの作戦をバラしていた場合、お前たちは今頃既に死んでると思わないか?」
「仮にお前が言っていることが正しいとして、何故そんなことをする? お前は、エドランド帝国皇帝親衛隊だろう」
「そう、俺は皇帝親衛隊だ。そして皇帝ルヴァンシュを、憎んでいる」
「何、だと……?」
驚くべきことを告白され、ウィスターは目を見開く。
皇帝親衛隊は、皇帝にのみ忠義を誓った者たちではないのか。
だが、ナレクの目に燃える憎しみの炎は、とても偽りのものだとは思えなかった。
「俺は、皇帝を殺したい。お前たちはこの国を解放したい。俺たちの利害は一致してると思わないか」
「それに頷けるほど、私は単純ではない」
目を細めてウィスターは言う。
「……そうか。残念だ」
ナレクは瞑目し、再び目を開く。
「ならば、皇帝親衛隊として俺は俺の役目を全うする。悪く思うな」
再び剣を構えて言うナレク。
そこに立つのは、一人の皇帝親衛隊であった。
「“逆転”ッ!」
叫ぶナレク。
再び、その姿が消える。
警鐘が鳴る。
直感に従い、その場を飛び退くウィスター。
直後、ウィスターが元居た場所に剣を突き立てるナレク。
速い。
目で追える速度ではない。
恐らく、敵の能力だ。
『魄練』を使って、爆発的に加速している。
一撃でも受ければ、致命傷は避けられない。
能力の原理はまだわからない。
だが、この男は危険だ。
ここで、倒すほかない。
ウィスターは微かに嘆息する。
ここで手の内を見せるのは不本意だ。
だが、これ以外手がない。
ウィスターは体の前で左手を広げる。
そして呟く。
「──〝魔導録〟」




