82話 メシウス
デラジス。
この男は、醜い。
メシウスは顔を顰める。
目の前にはぶくぶくと太った醜悪な男が座っている。
「ぐふ、ほら、もっとこっちに来い」
デラジスは隣に侍らせた女を抱き寄せる。
女の肢体を舐めるように見るデラジス。
その陰湿な視線を見ていられず、メシウスは目を逸らす。
美しくない。
なぜ自分はこの男に従わねばならないのか。
全て、あのルヴァンシュと言う男のせいだ。
皇帝と言う地位を利用してメシウスをデラジスの護衛にしたあの男。
今度会ったら殺してやる。
無表情でメシウスはそう考える。
しかし、すぐに首を振り考えを改める。
あの偽りの皇帝は、狡猾で邪悪だ。
しかも、強い。
新参者のメシウスに勝てるかどうか。
ならばこの目の前の醜男を殺すか。
きっと、この男は死に様も醜いのだろう。
殺す前の、醜い命乞い。
殺す時の、濁った断末魔。
殺した後に残る、触れるのも憚られる汚い死体。
その情景が容易に想像できる。
やはり醜い。
だが、この男の頭を焼き切ったらどれだけスッキリとするだろうか。
「ぐふ、ぐふふ。お、おお、いたのか、メシウス殿」
そこでメシウスに気が付くデラジス。
その汚い顔面をこちらに向けられ、微かにメシウスは顔を顰める。
「しかし、メシウス殿。貴殿は本当に美しいな。どうだ、混ざらないか? 私は美しければ男でもいけるぞ?」
吐き気を催すような言葉を放ち、メシウスの美しく長い金髪と整った顔立ちをニヤニヤと眺めるデラジス。
「──そんなことを、している場合だろうか」
メシウスは顔が歪みそうになるのを堪えてデラジスに言う。
「何?」
その言葉に眉を顰めるデラジス。
その時、勢いよく扉が開いた。
「デラジス様、ご報告がございます!」
部屋に入ってきたのはエドランド帝国の兵士だった。
「バベル帝国の国民が暴徒化し、この皇宮へ向かっております!」
その報告を聞き、顔を青ざめさせるデラジス。
その顔を見てメシウスは溜め息をつきたくなる。
この男、臆病な上に非常に愚かだ。
圧政を敷き、バベル帝国国民から税金を巻き上げるところまではいい。
そしてそれをエドランド帝国に献上し、一部を横領して贅沢な暮らしを送るのも、まあいい。
だが、それに対し何の対策も行っていない。
愚かだ。
民が抵抗しないとでも思っているのだろう。
だが、この男は高等弁務官。
エドランド帝国から派遣され、この国を支配する最高責任者だ。
今この国にいる者の中で一番権力を持っていると言ってもいい。
この男は臆病者だ。
そして、愚か者でもある。
そんな男に権力を持たせたら、どうなるか。
「しょ、処刑せよ! 捕らえて罰することを許可する! 大人しくしない場合は殺しても構わん!」
真っ青な顔で喚き散らすデラジス。
その様子にメシウスは溜め息をつく。
やはり愚かだ。
弾圧すれば民の歯止めは効かなくなる。
だが、その選択は正しくもある。
何故なら、この国には今メシウスがいる。
メシウスなら、この皇都を一日で焼け野原にできる。
「わ、わかったら行け!」
「はッ!」
手を振り兵士を追い払うデラジス。
「め、メシウス、貴様もだ! 早く行け!」
「言葉に、気を付けていただこうか」
喚くデラジスにメシウスはその碧眼を細める。
その瞬間、静かな殺気が部屋に充満する。
「ひっ!」
先程よりも更に顔を青ざめさせ、デラジスはがくがくと震え出す。
「め、メシウス殿! どうか、力を貸してくれ!」
「──いいだろう」
メシウスはデラジスに背を向け歩き出す。
しかし、すぐに足を止める。
「デラジス殿、覚えておくがいい」
振り返らずにメシウスは言う。
「私たちは、何者にも属さない。何者にも、染められはしない」
そう言い、顔だけ振り返る。
その碧眼に射竦められ、デラジスは息を呑む。
「私たちが生む犠牲は、新たな世界を作るための物だ。──それでは」
再び歩き出すメシウス。
「〈黒の使徒〉、『使徒の王』、メシウス・フォン・ブラスベルの力、とくとご覧あれ」
そう言い、メシウスは扉を開いた。




