81話 エマ
「ウィスター君だっけ? もうすぐ到着するってさ」
アレンは水晶指輪の画面を消して言う。
「そうですか……もう、そろそろですね」
その言葉に返事がある。
声の主は、アレンの隣に立つフードを目深に被った女性だ。
「不安かい? エマ」
「……ええ、少し」
アレンが言うと、エマと呼ばれた女性は軽く頷く。
「……この国に戻るのも久しぶりだな」
エマの隣に寄り添うようにして立つもう一人の男性が、そう呟いた。
「何年ぶりだっけ?」
「……もう二十三年になります」
アレンの問いに答える男。
「そうか。あれから、もうそんなに経つのか」
遠い目をしてアレンは言う。
「あの戦いで僕たちはたくさんのものを失った。リヒト、護、言葉、そして……」
「……フィーネさん」
言葉を切ったアレンの後を継いで、エマが呟く。
それを聞いて拳を固く握るアレン。
「僕は、許さない。エドランド帝国と〈黒の使徒〉。あいつらは、僕たちの大切な家族を奪った。絶対に、許さない」
普段は温厚なアレンが静かながらも怒りを滲ませて言う。
「アレンくん……」
悲しそうな目を向けてエマが言う。
「まずはこの国からだ。バベルの国に手を出したこと、必ず後悔させてやる」
アレンは皇宮の方角を見て言う。
「マーリン。誰だっけ? 今この国を牛耳ってる奴」
「デラジスというエドランド帝国から派遣された高等弁務官です。重税を課して、私欲を肥やしていると聞きます。逆らう民を投獄しているという噂も」
「酷い……」
マーリンと呼ばれた男はアレンの問いに答える。
その言葉を聞き、エマが拳を握り締める。
「エマ、君がみんなを救うんだ」
「私に、できるでしょうか……」
アレンの言葉にエマは俯いて答える。
「民衆は私を認めてくれるでしょうか……?」
「大丈夫さ。君は、あのバベルの子孫なんだから」
「ご先祖様を話に出されても……」
アレンの言葉に苦笑してエマは言う。
そして、道行く人々へ目を向けた。
アレンもそちらを見る。
人々は皆暗い顔して俯きながら歩いている。
数十年前、この国はもっと活気に溢れた国だった。
エドランド帝国が、この国に宣戦布告をするまでは。
先代エドランド帝国皇帝、ラグドナ・アンペル・ド・エドランドは聡明な王であった。
しかし、今から四十年程前、ラグドナは突然暴政を敷き始める。
それにより、エドランド帝国の情勢は悪化の一途を辿った。
そんな中、エドランド帝国で内乱が発生する。
その内乱の際、皇帝ラグドナが崩御。
次に皇帝の位に付いたのはルヴァンシュ・レイ・ディ・エドランドという男だった。
皇帝ルヴァンシュは、ラグドナ乱心をバベル帝国の謀略だと公表。
そして、報復のためにエドランド帝国はバベル帝国に対して宣戦布告。
そうして始まったのが神聖暦9975年から9990年まで続いた『魔術大戦』だ。
9975年、エドランド帝国が宣戦布告をしたその年、皇宮が炎上する事件が起きる。
エマは、その時皇宮から逃げ延びた皇族の一人だ。
エマの本名は、エメリア・レ・モナルカ・ディ・バベル。
事件当時は零歳だった。
皇宮から逃亡したエマは異世界へ。
そして、皇宮から落ち延びることに成功したもう一人の皇族、ダンゼル・レ・モナルカ・ディ・バベルはアルセア共和国へ。
それから三十八年が経つ。
ダンゼルはエドランド帝国の手にかかり、命を落とした。
だが、ダンゼルの忘れ形見であるウィスターがその遺志を継いだ。
そして、『科学世界』へ逃亡したエマも戻ってきた。
革命の準備は整った。
後は、亡き友の形見であるこの国を、取り戻すだけだ。
アレンは拳を握り締めた。
その時、アレンの水晶指輪が淡く光る。
「……ああ、着いたみたいだね」
指輪に目をやりアレンは呟く。
「ウィスター君、着いたみたいだよ。合流しようか」
「はい」
アレンの言葉にエマとマーリンが頷く。
アレンも頷き、歩き出そうとしたその時。
遠くの方で爆発音が響いた。
「……なんだ?」
首を傾げるアレン。
まだ革命は始まっていないはずだ。
「まさか……!」
そこでマーリンが声を上げる。
マーリンの方を見るアレン。
「何か知っているの? マーリン」
「民衆の間に暴動が起こるという噂が広まっていました。しかし聞いてた予定よりも早すぎる……」
「我慢できない人が、いたんだろうね」
アレンは耳に手を当てて街の音を聞く。
破壊音。
爆発音。
そして、大人数による雄叫び。
「……参ったな。かなりの数だ。こりゃ小規模なデモどころじゃないよ」
「そんな!」
エマが口を覆う。
「どうして……!」
「それだけこの国を憂う人がいたってことさ」
アレンはそう言いエマに向き直る。
「エマ、民衆は立ち上がった。……君は、どうする?」
「私は……」
エマは俯く。
しかし、すぐに顔を上げた。
「……革命を、始めましょう。この国を救うために」
その言葉を聞き、アレンは少し笑う。
「よし、作戦決行だ。ウィスター君が間に合わなくても、僕たちだけでやろう」
「はい!」
アレンの言葉に頷くエマ。
「行くよ!」
そしてアレンたちは走り出した。




