80話 バベル帝国
「ほー、すげーなー」
辺りを興味深そうに見回している心。
心の視線の先では、『魔道具』と呼ばれる魔術を付与された道具が動き回っている。
「心、こっちですよ」
立ち止まる心の袖をクイクイッとスズが引っ張る。
「もうちょっとだけ」
「……もう、仕方ないですね……」
心が言うと、肩を竦ませて溜め息をつくスズ。
「仕方なくない。行くぞ」
その背後から充は声を掛けた。
「実辰、凛。お前たちもだぞ」
「えー」
「けちー」
充は後ろを振り返って、出店を眺めている実辰と凜にも声を掛ける。
それを聞き、頬を膨らませる凜。
実辰も少し口を曲げている。
「はぁ……」
充は溜め息をついて少し離れた場所に立っている珠輝の元へ行く。
「全く、何が楽しいんだか」
「まあ、はしゃぐ気持ちも分からなくはない」
充がそうぼやくと、少し苦笑して珠輝が言う。
「なにせ、こんなに珍しい物ばかりあるんだからな」
辺りを見回して珠輝は言った。
珠輝の言う通り、露店にはたくさんの魔道具が並んでいる。
「俺たちは食糧を買いに来たはずなんだが……」
『あはは……』
充が半眼になって言うと、イチヤが困ったように笑う。
「おーい! みんなー!」
そこで充たちの元へ駆けてくる少年が一人。
ラペトだ。
その後ろから、荷物をたくさん抱えて走ってくるルシア。
「あ、買い物終わったのか?」
「うん!」
心が訊くとラペトは元気よく頷く。
「おっとっと……」
大量の荷物を危なっかしく持つルシア。
「持ちますよ」
その荷物を取る充。
無言で珠輝も荷物を手に取る。
「ああ、ありがとうね」
ルシアは微笑んで充たちに礼を言った。
充たちがカローレたちに保護されてから既に三日が経った。
今日は、ラペトとルシアの買い物を手伝いに市場まで来ている。
「なあ、あれなんだ?」
その時、心が近くにある広場の方を指差した。
その広場の中心には、何かの銅像のようなものが立っていた。
「ああ、バベル像のことですね」
そちらを見てルシアが言う。
「あ、そっか。君たち異世界から来たから知らないのか」
ラペトが思い出したように手を叩く。
「あれは、このバベル帝国を建国した初代皇帝バベル様の像だよ!」
「どれが、そのバベルなんだよ?」
銅像を指差して心が問う。
その先を見て充は納得した。
銅像には複数人の男女が立っていたのだ。
「バベル様は真ん中の男の人だよ」
ラペトはそう言うと、真ん中に立つ筋骨隆々とした男を指す。
「へえ、なんか滅茶苦茶強そうだな」
「滅茶苦茶強かったって噂だよ!」
心が言うとラペトがそう教えてくれる。
「三千年くらい前、元々ここにあったヴァンジャンス帝国っていう国の悪い王様を倒して、新しくこのバベル帝国を造ったんだってさ」
「三千年!?」
その言葉に驚きの声を上げる実辰。
「じゃあ、この国って三千年も続いているの?」
「うん、そうだよ」
凛の問いにラペトが頷く。
「あの『王の灯』を作ったのもバベル様なんだって」
「あのデカいのを?」
「うん!」
心が驚いたように言うとラペトは頷く。
「『王の灯』は建国以来その光を絶やしたことが無いと聞きます」
そこで『王の灯』の方を見てルシアが言う。
「その光は、三千年間もの間民衆を照らし続け、常に希望を与えていました。ですが……」
そこでルシアは輝きを失った『王の灯』から目を外す。
「もう、『王の灯』が光を取り戻すことはないのでしょうね……」
悲しそうに目を伏せるルシア。
「みんな抵抗しないのかよ」
そこで心が言う。
「誰かが取り戻そうとしなきゃ、ずっとこのままじゃねーか」
「抵抗した人はいたんだけどね」
ラペトが首を振って言う。
「数年前、バベル帝国軍将軍のプラタ様って方が軍を率いてエドランド帝国に攻め入ろうとしたんだ」
「どうなったんだよ?」
「突然この国に攻めてきた黒い飛空艇、いや飛空戦艦って言うべきかな。そこから現れた大軍に負けちゃって、今は牢屋に閉じ込められてる」
「黒い飛空戦艦?」
ラペトの言葉に首を捻る心。
「うん。とんでもなく大きくて、皇都を覆っちゃうくらいの大きさだったんだ」
「ほんとかよ?」
「ラペトの話は本当ですよ」
首を傾げる心にルシアが言う。
「あんな巨大な飛空艇は初めて見ました。それが襲ってきた時、この国は本当に終わってしまうのだと、私は思いました」
「でも、プラタ様を倒したらそいつら消えちゃったんだ」
「消えた?」
「ええ」
眉を顰める充にルシアが頷く。
「まるで、虚空に吸い込まれるように飛空艇ごと忽然と消えてしまったんです」
「なんだそりゃ?」
首を傾げる心。
「その事件のせいでプラタ様が捕まって、反抗しようとする人はいなくなっちゃったんだ」
「他の国は助けてくれないのかよ?」
心がラペトとルシアを交互に見て言う。
「だって、明らかにおかしいだろ? 全部エドランド帝国の思い通りじゃねーか」
その言葉に顔を見合わせて俯くラペトとルシア。
「まあ、いたらしいけどね。十年位前、バベル帝国の北にあるセルアニア王国って国がバベル帝国の保護国化に疑問の声を上げたんだ」
「セルアニア王国……」
凛が微かに呟いた。
「それで、どうなったんだ?」
それを聞き、珠輝が訊く。
「その国、その後すぐに滅んじゃったんだ」
「はぁ!?」
その言葉に驚きの声を上げる心。
「な、なんでだよ!?」
「わからない。噂では、セルアニア王国の王都が突然更地になる事件が起きたって話だけど」
「突然更地に……?」
「うん。それも未解決事件の一つ。王都周辺が跡形もなく消えちゃったんだ。もちろん、人も」
訝しげに呟く珠輝に頷くラペト。
「だから、目撃者もいなくて、事件は迷宮入りなんだ」
「なんか、不気味……」
腕をさすり、顔を顰める実辰。
「みんなそう言って、結局誰もセルアニア王国には近付かなくなっちゃったんだ。それで滅亡した」
「その領地は、どうなったんだ?」
珠輝が顎に手を当てて訊く。
「セルアニア王国はバベル帝国とエドランド帝国の間にありました」
そこでルシアが言う。
「ですので、今はエドランド帝国に併呑されています」
「そこでもエドランド帝国か……!」
苦々し気に心が言う。
「それのせいで、今は西大陸全土がエドランド帝国の支配下にあるんだ」
「何から何までエドランド帝国の思い通りかよ!」
吐き捨てるように言う心。
それを聞いてラペトは俯く。
「ほんとは、誰もが解放されることを望んでいる。でも、諦めてもいる」
そう言いラペトはバベル像に目を向ける。
「こんな時、建国の英雄たちがいればなぁ……」
「建国の、英雄?」
スズがそれを聞き首を傾げる。
「うん。ほら、あの人たち」
そう言い、バベル像の方を指すラペト。
「ああ。バベルって人の、周りにいる人たちか」
珠輝が納得したように言う。
「そ。バベル様がヴァンジャンス帝国を打ち倒すとき、一緒に戦った人達のことなんだ。バベル帝国がピンチの時に現れて助けてくれるって伝説なんだよ」
「でもそいつら三千年前の奴らだろーが」
呆れたように心が言う。
「そんな伝説信じてんのかよ」
「そうだよね……」
そう言われて、ラペトは苦笑して頭を掻く。
「本当は、僕たちがやらなきゃいけないんだけどね……」
そう呟き、ラペトは拳を握る。
「エドランド帝国は強大過ぎる。プラタ様を倒した奴らもいるし、僕たちじゃ到底敵わないよ……」
そう言い俯くラペトに、充たちは声を掛けられなかった。
その顔を見て慌てて手を振るラペト。
「あ、ごめんね、暗い話しちゃって。そろそろ行こうか」
そう言い背を向けて歩き出すラペト。
その時だった。
遠くから爆発音が聞こえてくる。
地響きと共に地面が揺れる。
「なんだ!?」
それを聞き、サッと顔を上げる心。
ラペトとルシアは音が聞こえてきた方向を見る。
そして、顔を見合わせて頷き合う。
「行かなきゃ」
「俺たちも行くぜ!」
心がそう言う。
しかし、ルシアは首を横に振る。
「いいえ、皆さんは詰所へ」
「どうしてだよ!」
叫ぶ心。
その心に、グッと親指を立てるラペト。
「ここからは僕たち〈魔術騎士団〉の出番さ。任せてよ!」
「でも……!」
心が抗議の声を上げようとするが、それより先に二人は走り出してしまう。
それを見て心も走り出そうとする。
「待て」
充は咄嗟にその腕を掴む。
「離せよ」
「ダメだ。次問題を起こしたら、今度こそこの国には居れなくなる」
『その通りだ、心。彼らに任せよう』
充が言うと、イチヤも続く。
「……わかった」
それを聞き、ふと体から力を抜く心。
その腕から充は手を離す。
「よし、急いで詰所まで戻るぞ」
充は凜たちを見回して言う。
そして全員で走り出した。




