69話 ウィスター
戦闘に巻き込まれなように戦況を窺う瑠香。
合図の時を静かに待つ。
地面の下に忍ばせた『砂』は既に発動の準備が整っており、いつでも放てるようにしてある。
リーが立てた作戦。
それは、仲間たちの咄嗟の判断に賭けたものだった。
まず、リーが天井付近に注目を集める。
「ちゅーもーくッ!!」
リーの声が広間に響き渡る。
声の方を向く瑠香。
仲間たちと、襲撃者の視線がリーに集まる。
「何やってんだ、あいつ」
怪訝な顔をして隼人が言う。
リーは、天井から伸びる鉄の棒のような物にぶら下がっていた。
鉄の棒に先についた輪に、器用に右片手でぶら下がるリー。
「みんな! ほれ!」
リーは空いた左手を下に向けて振り下ろす。
それと連動するように、天井から隼人たちに向けて、リーが掴んでいるのと同じような鉄の棒が伸びる。
次だ。
次のステップは、仲間たち全員が即座にこれに掴まることだ。
当然、事前の打ち合わせはしていない。
不審な動きを見せて、敵に気取られるわけにはいかないからだ。
この作戦は、仲間たちが即座にこの棒に掴まれることを前提に立てられている。
誰か一人でも遅れたら、失敗と言ってもいい。
そんな行き当たりばったりの作戦ではあったが。
「よくわかんねーけど、掴まればいいんだな!」
隼人、一華、日和、茉菜、ティアがほぼ同時に鉄の棒にしがみ付く。
作戦は成功だ。
一人地上に残った瑠香は地面に手を突く。
「今や!」
「“崩落”っ!!」
リーの合図と共に瑠香は叫ぶ。
それと同時に地響きがして襲撃者たちの足元が一気に崩れる。
悲鳴を上げる暇もなく砂に飲み込まれる襲撃者たち。
「よし……!」
小さくガッツポーズを取る瑠香。
「これ、瑠香がやったのか!?」
驚いたように隼人が叫ぶ。
「すげーな、お前!」
「そ、そうかな」
隼人の素直な賞賛に照れて頬を掻く瑠香。
「まさか、こんな上手くいくとはなぁ」
体をブラブラと揺らしながらリーが口笛を吹く。
襲撃者たちは一人残らず砂に飲み込まれていた。
「ねえ、何でもいいけど早く降ろしてよ」
リーの方を向き日和が言う。
「はいよ」
リーは頷くとみんなを下に降ろそうとする。
と、その時。
広間の扉が吹き飛ぶ。
驚いてそちらを見る瑠香たち。
広間に入ってきた人影は、物凄いスピードで瑠香に迫ってきた。
フードを被っているせいで顔は見えない。
その手に握られた長剣を見て瑠香は体が強張るのを感じた。
「“火炎斬”ッ!」
人影がそう叫ぶと、その刀身を炎が包む。
それは瑠香に向けて振り下ろされた。
熱気を撒き散らしながら迫る刃。
その時、腕輪になった世界軸が震え、元の杖の姿に戻る。
次の瞬間、瑠香の腕が跳ね上がり、世界軸で炎を纏った刃を防ぐ。
「くッ!?」
その反応に驚いたような声を漏らす人影。
「“小刃”ッ!」
上空でリーが叫ぶのを瑠香は聞く。
それと同時に人影が飛び退る。
一泊遅れて、リーが放った小さな刃が瑠香の足元に突き刺さった。
「ありがと、世界軸……!」
『いいってことさ』
世界軸に礼を言う瑠香。
それに軽い口調で返す世界軸。
「“風撃”ッ!」
一早く地上に降り立った隼人が叫ぶ。
「──“火炎斬”ッ!」
人影が再度叫び、地を蹴る。
両者が衝突しようとした、その時。
「なッ!?」
「──っ!?」
驚きの声を上げる隼人。
人影も驚愕したように息を漏らす。
隼人と人影の間に、一人の青年が立っていた。
青年は左の掌で隼人の拳を受け止め、右の手で人影の持つ燃え盛る刀身を掴んでいた。
「フェイル、剣を収めろ。彼らは敵ではない」
青年は深みのある静かな声でそう言い剣を離す。
その言葉に、バッと納刀する人影。
そして素早く青年の前に跪く。
「申し訳ありません! ウィスター様!」
その涼やかな声に驚く瑠香たち。
フードを脱ぐ人影。
はらりと零れ落ちる長い金髪。
襲ってきた者の正体は美しい碧眼の女性だった。
「よいのだ」
ウィスターと呼ばれた黒髪の青年は女性の言葉に頷くと隼人の方を向く。
「君たちも、矛を収めてくれると助かる。いいかな?」
「……あんた、何者だ?」
拳を受け止められた隼人は警戒心を剥き出しに青年に訊ねる。
その物言いに視線を鋭くする女性。
「あなた、無礼ですよ!」
「フェイル、よせ。ここでは私も一介の市民だ」
「……はい」
フェイルと呼ばれた女性は渋々といったように引き下がる。
それでも鋭い視線は隼人に向けられたままだ。
「そう警戒しないでくれ。──これをやったのは君たちか?」
砂の沼に沈む襲撃者たちを一瞥して青年が問う。
「ああ」
隼人は警戒を解かないまま頷く。
「そうか、助かった。協力感謝する」
「……あんたら、敵じゃないのか?」
「ああ」
隼人の問いに頷くウィスター。
「我々もこの官邸を守ろうとしていたんだ。敵意はない」
「本当かよ。先に襲ってきたのはそっちだぜ」
瑠香の方をちらりと見て、隼人は二人を睨む。
その言葉にバツが悪そうな顔をするフェイル。
「それについては彼女が無礼なことをした。すまない」
頭を下げるウィスター。
「ウィ、ウィスター様、頭をお上げください! 御身が頭を下げるなど……!」
「非礼は詫びねばなるまい。そうだろう?」
慌てたように叫ぶフェイルに、ウィスターは言う。
「どうか許してくれ。彼女にも悪意はない」
「まあ、素直に謝られてこっちが怒ってても仕方ねーしな。……瑠香、良いか?」
頭を掻きながら瑠香にそう問う隼人。
「大丈夫ですよ」
瑠香はウィスターに頷き掛ける。
「そうか、厚情痛み入る」
再び頭を下げるウィスター。
その時、先程とは違うサイレンが響き渡る。
それと同時に広間に警備服のような物を着た集団が踏み込んでくる。
「な、何?」
驚いて上を見上げる瑠香。
「安心するといい。これは騒ぎが収まったという合図だ。彼らのほぼ全てが既に無力化されている」
砂に埋まった襲撃者たちを見てウィスターが言う。
「あの人たちは?」
警備服を着た集団を見て瑠香は問う。
「彼らは捕縛部隊だ。襲撃者たちを捕まえに来たんだ」
そう言うとウィスターは瑠香たちの方へ向き直る。
「付いて来てくれ。君たちに会ってほしい人がいるんだ」
ウィスターは瑠香たちに向かって言い、背を向けて歩き出してしまう。
瑠香たちは素直にその後に続くことにした。
「失礼します」
ウィスターは少し歩くと一つの扉の前で止まる。
そして軽くノックして中に入る。
瑠香たちもそれに続く。
「ウィスター君。良かった、無事だったか」
部屋の中は執務室のようだった。
椅子に座った人物が立ち上がり、ウィスターを出迎える。
「只今戻りました、テリアさん」
ウィスターの言葉に笑顔で頷いたのは金髪の美しい女性だった。
「彼らは?」
テリアと呼ばれた女性は瑠香たちを見てウィスターに問いかける。
「今回の功労者です。この官邸を守るのに一役買ってくれました」
「そうか、助かったよ。ありがとう」
瑠香たちに微笑みかけるテリア。
「あの、あなたたちは一体……」
日和が困惑したように口を開く。
「そうか、紹介が遅れてすまない。私はウィスター・レ・モナルカという者だ。よろしく」
ウィスターが優雅にお辞儀する。
首の後ろ辺りで纏めた長い黒髪が揺れる。
「こちらはフェイル。私の従者だ」
隣に立つフェイルを示しウィスターは言う。
フェイルは素早い動きで敬礼をする。
「そしてこちらが……」
「私はテリア・ベルクス。この国の大統領だ。よろしく」
ウィスターに顔を向けられ、テリアは軽く会釈をする。
その美しい所作に見惚れる瑠香たち。
そのせいで、気付くのが一泊遅れた。
今、テリアは何と言っただろうか。
「だ、大統領!?」
「ええ!?」
遅まきながら瑠香たちは驚く。
「そ、そう言えば官邸って……」
「あ」
茉菜の言葉に瑠香は声を漏らす。
確かに、所々でここが官邸だと聞いていた。
官邸なら、大統領がいてもおかしくはない。
その時だった。
「う、うぅん……うるさいなぁ……」
そんな寝ぼけたような声が聞こえた。
その声は、テリアが座っていた机の前に置かれたソファから聞こえた。
ソファの背が邪魔で見えなかったが、誰かが横たわっていたようだ。
「レイナ! またこんなところで寝ていたんですね! 一大事だったというのに!」
フェイルが声の主にガミガミと噛み付く。
「うるさいな、弱いくせに」
「なんですって!?」
起き上がりながらそう言う女性。
真っ白な髪がその顔からはらりと落ちる。
その言葉にフェイルが目つきを鋭くする。
「フェイル、落ち着け」
「ですが!」
ウィスターの言葉に唇を噛むフェイル。
「レイナ、君もだ」
「……はいはい」
レイナと呼ばれた女性は肩を竦めてそう言い、瑠香たちの方を見る。
「誰?」
その美しい青い瞳に見据えられ、瑠香は体が固まる。
「彼らは、今回の騒ぎの功労者だ」
「騒ぎって?」
そのあっけらかんとした態度に度肝抜かれる瑠香たち。
あの騒ぎの中、ずっと寝ていたとでもいうのだろうか。
レイナは瑠香たちを一人一人見ていく。
その視線が、瑠香で止まった。
その目にたじたじとなる瑠香。
レイナは億劫そうに立ち上がり、瑠香の前まで歩いてくる。
そして、ずいっと瑠香の顔に自分の顔を近付ける。
「……ねえ」
「え?」
至近距離で見つめられ瑠香は戸惑う。
「どっかで、会ったことある?」
「え、えっと?」
瑠香は困惑の声を漏らす。
青い瞳が瑠香を品定めするように細められる。
「……気のせいか」
レイナはすぐに興味を失ったように顔を離す。
そしてウィスターに顔を向ける。
「私、寝るね」
「あ、レイナ──!」
フェイルがレイナを止めようとするが、それより前にソファに倒れ込むレイナ。
「全く……」
溜め息をつくフェイル。
「あの、その人は……?」
瑠香はレイナを見る。
「彼女はレイナ。私の用心棒のようなものだ」
レイナの方を見てウィスターが言う。
「用心棒……」
寝続けるレイナを見て瑠香は呟く。
「それで、君たちは一体何者なんだい? 身分を証明できるものはあるか?」
気を取り直したテリアが瑠香たちに問う。
「あ」
そこで隼人が声を漏らす。
そう言えば、瑠香たちは通行証の発行審査の途中で抜け出してしまったのだ。
瑠香たちは顔を見合わせる。
そして自分たちが今置かれている状況を話し始めた。




