65話 『ソル』
「これから中に入るけど、お前ら話合わせろよ」
ユナイテッド本部の前に着くと、心が全員に向かって言う。
頷く瑠香たち。
「よし、行くぞ」
そう言い歩みを進める心。
ガラス製の扉が自動で開く。
ぞろぞろと中に入る瑠香たち。
「いらっしゃいませ」
受付係が列をなして入ってくる瑠香たちに少し驚いたような顔をする。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「ジャスト……じゃなくてジャスティスに会いに来たんだ」
隼人が受付に向かって言う。
「面会ですね。どうぞ」
それを聞き、頭を下げる受付係。
あっさりと通され拍子抜けする瑠香。
だが、それを顔に出さなようにして受付を通り過ぎる。
少し進み、広場に出るとほっと息をつく瑠香たち。
全員、かなり緊張していたようだ。
「──それで、この後はどうするんだ?」
「こっちだぜ」
心の方を見て、充が訊く。
一つの階段を指し、そちらに向かって歩き出す心。
瑠香たちもそれに続く。
階段を上る。
何階分、上っただろうか。
不意に心が足を止めた。
心の目の前には、一つの扉がある。
「この奥だ」
「楽勝だったな」
扉を指す心。
心と頷き合う隼人。
「受付に止められなかったしな。なんでだろうな」
首を捻る心。
「──それは、僕が止めないように指示しといたからですよ」
何処からともなく、返事が返ってくる。
驚いて後ろを振り返る瑠香たち。
静かに階段を上ってくる人影。
ボサボサな灰色の髪に分厚い眼鏡。
研究者のような恰好。
「え、エスタさん……」
驚いたように実辰が言う。
「皆さん、おはようございます。いい天気ですね。……ところで」
階段を上り瑠香たちに近付くエスタ。
瑠香たちの背後には一つの扉。
退路が断たれた。
「こんなところで、一体何を?」
階段を上り切り、瑠香たちの前に立つエスタ。
ポケットに手を突っ込み気だるげにそう言う。
猫背ではあるが、それでも長身のエスタに息を呑む瑠香たち。
「この先にはユナイテッドの管理下にある『転移結晶』がありますけど……そちらになにかご用件でも?」
その的確過ぎる問いに、誰も答えることが出来ない。
「なんで、わかったんだ?」
問いには答えず、心が口を開く。
「どうして君たちがここに来ると分かったか、ですか?」
「……そうだ」
首を傾げるエスタに、心が頷く。
「簡単な事です。君たち、昨日僕に面会に来ましたよね」
「あ」
しまった、と言う風に声を漏らす隼人。
「一応、誰が誰に面会に来たのか記録は取ってあるんですよ。でも、君たちは僕に面会に来なかった。そりゃあ不審に思いますよ」
肩を竦めるエスタ。
「しかもその同時刻、アレンさんが転移結晶を使用している。偶然にしては、出来過ぎでは?」
「くっ……」
悔しそうに呻く心。
相手が一枚上手だった。
「俺たちを、どうするつもりだ?」
隼人がエスタに訊く。
十中八九止められるだろう。
ここまでか。
しかし、エスタは再び肩を竦める。
「どうもしませんよ」
「え?」
その言葉に凛が不審そう首を傾げる。
「ど、どうして……」
「君たちは『異世界人』です。どこへ行こうと、それを僕たちが止める権利はありません」
凛の問いに答えるエスタ。
「あ、そう言えば……」
瑠香は思い出す。
初めて会った時も、エスタはそんなことを言っていた気がする。
「ですので、止めようだなんて思ってませんよ。……ただ一つ」
そこで指を立てるエスタ。
「君たちが勝手に転移した場合、ジャスティスさんに叱られるのは僕なんですよ。だから、今回の件は僕の許可が下りた、ってことにしたいんです」
「え、なんか情けないのにゃ」
歯に衣着せず失礼な事を言うティア。
その言葉に溜め息を吐くエスタ。
「大人は色々と大変なんですよ。いろんなものに板挟みなってますから」
そう言うとエスタは瑠香たちに背を向ける。
「それじゃ、旅の安全を祈ってますよ」
「あ、おい……」
心が止めようするするが、エスタは片手をひらひらと振りながら階段を下りて行ってしまう。
「なんだったんだ……」
呆れたようにその背を見ている珠輝。
「あれだろ。勝手に行かれると困るから、一度会って『許可した』ってことにしたかったんだ」
肩を竦める充。
瑠香は納得して頷く。
さすが監視役を務めているだけはある。
かなりずる賢い。
「許可された、ってことか?」
『まあ、そうだね』
首を傾げる心にイチヤが言う。
「じゃあ、さっさと行こうぜ」
心はそう言い踵を返すと扉を開く。
中には長い廊下が続いている。
突き当りにはもう一つ扉がある。
その扉の前まで歩く瑠香たち。
扉を前に、一度立ち止まる心。
「そういや、この先に何があるか知らねーんだよな。一応気を付けろよ」
「え、ちょ、ちょっと──」
日和が止めようとするが、既に心は扉を開いていた。
開け放たれる扉。
恐る恐る中を覗き込む瑠香。
がらんとした部屋。
部屋の中央に、巨大な水晶玉のようなものが鎮座している。
それ以外は特に何もない。
「お、あれが転移結晶か」
部屋の中に入る隼人。
瑠香たちもそれに続く。
「で、これどう使えばいいんだ?」
輝きを失っている水晶玉の前で首を傾げる心。
「充、知っているか?」
「──これの起動方法はわからないな」
珠輝の言葉に首を振る充。
「じゃあ、どうやって転移するのよ」
呆れたように心に言う日和。
その時だった。
「──私が、教えてあげようか」
声が聞こえる。
「──誰だ?」
眉を動かし、心が辺りを見渡す。
すると、水晶玉の後ろから人影が現れる。
瑠香は驚く。
今まで、気配を感じなかった。
いや、それどころか、今も気配を感じない。
全身を覆う黒い布。
顔の部分は黒く塗りつぶされた様に真っ暗で何も見えない。
滑るように近付いてくる人影。
「誰だ、お前」
心が警戒したような声を出す。
少し身構える瑠香たち。
「と、これは失礼」
人影は立ち止まる。
「私の名は『ソル』。どうぞよろしく」
ソルと名乗った人影は恭しく一礼をする。
声からして恐らく男だ。
瑠香はなぜか一歩後ろに下がる。
この男、どこか不気味だ。
初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい。
そんな不可解で不思議な感覚に襲われる。
「何者だ」
ソルを睨み充が問う。
「何者でもない。私は、ただの『ソル』。──空白を、待つ者だ」
ソルは謎かけのようなことを口にする。
「お前は──」
「さて」
再び何かを問おうとする充を遮り、ソルは背を向ける。
「バベル魔術帝国に行くなら、早くした方がいい。あの国は混迷に陥ろうとしている。あの国には君たちが必要だ」
その言葉に驚く瑠香たち。
この男は、何故瑠香たちの行先を知っているのだろうか。
「君たちの探している三つのもののうち、二つほどが向こうで見つかるだろう」
意味不明なことを言い、ソルは転移結晶に触れる。
「お、おい──」
心が声を掛けようとする。
しかし、それより前に。
転移結晶に光が灯った。
「さあ、進むか、進まないか。決めるのは君たちだ」
そう言い腕を広げるソル。
顔を見合わせる瑠香たち。
何故かは分からない。
とてつもなく怪しいはずのこの男。
だが、何故だか信頼できる気がした。
この男から感じる懐かしさが原因だろうか。
「──行くぞ」
皆もそう感じたのか、心の言葉に頷く。
そして転移結晶の周りに集まる瑠香たち。
頷き合うと転移結晶に触れる。
視界が光に包まれる。
瑠香は目を閉じる。
不思議な感覚が身を襲う。
その感覚が薄れていくのと同時に、光が収まるのを感じた。
目を開く瑠香。
その目の前にあるのは、先程の転移結晶ではない。
綺麗に舗装された石畳。
ヨーロッパのような街並み。
行き交う人々のカラフルな髪の色。
ここは間違いなく、異世界だ。




