63話 話し合い
「あいつら、随分と遅いな」
時計を見て珠輝が呟く。
心と隼人が家を出てかなり時間が経っている。
もう外も暗くなりかけ、家々に明かりが灯り始めている。
「確かに。どこに行ってるんだろ」
少し心配そうな顔をして実辰が言う。
「そんなに心配しなくても大丈夫でしょ。どうせすぐ帰って来るわよ」
そう言いテーブルの上のお菓子を口に放り込む日和。
「そう言って、もう二時間くらい経ってるにゃ」
「……まぁ、確かに」
足をブラブラさせて言うティア。
もう一つ菓子を摘まみ日和は頷く。
「探しに行こか?」
そう言い立ち上がろうとするリー。
その時だった。
ガチャリ、と言う音が聞こえる。
玄関からだ。
「……帰ってきたみたいだな」
扉の方を見やる充。
リビングの扉が開き、心と隼人が中に入ってきた。
「おー、おかえり。遅かったやないの」
手を挙げリーが二人を出迎える。
「おう、ただいま」
「ああ、ちょっとな」
隼人と心も手を挙げてそれに応える。
「あんたたち、どこ行ってたよ」
「アレンを尾行してた」
「え?」
日和の問いに答える心。
実辰が驚いたような声を漏らす。
「なんでそんなことしてたのよ」
日和が眉をひそめて訊く。
「さっきのアレン、なんか怪しくなかったか?」
「……確かに」
心の言葉に、凛が腕を組んで同意する。
「まあ、あんなに急いでどこ行くんだろうとは思ったけど……」
日和も渋々と頷く。
「それで、アレンさんはどこに?」
首を傾げて、一華が問う。
「それがよ、どこかの『異世界』っぽいんだ」
椅子に座り込み、隼人が言った。
「異世界に? どうしてまた……」
「緊急事態、って言ってたぜ」
日和の呟きに心が返す。
「まあでも、私たちが出る幕じゃないよね……」
実辰が机に肘をついて言う。
「何言ってんだ!」
しかし、心は机をバンッと叩いて叫ぶ。
驚いてガクッとバランスと崩す実辰。
「緊急事態なんだ! 俺たちも行くぞ!」
大声でそう宣言する心。
「──で、本音は?」
「楽しそうだから行こう!」
リーが訊ねると本音を口にする心。
それを聞き、手を叩いて笑い声を上げるリー。
『心……』
呆れたように溜め息をつくイチヤ。
「あの、でも、色々と問題がありませんか……? 転移の方法とか、許可とか……」
そこでおずおずと手を挙げる茉菜。
その言葉にうんうんと頷いて同意する日和と実辰。
「方法は大丈夫だろ。転移する場所見つけたし」
そこで隼人が菓子を頬張りながら言う。
「それに、この前『レンジャー』の資格貰ったじゃねーか。許可とかいらないだろ」
隼人に続いてそう言う心。
「ですが、アレンさんは待っていろと……」
「言ってねーぞ」
茉菜の言葉を遮って心は言う。
「アレンが言ったのは『ジャストの言うことを聞け』だ」
「……あ」
そこで何かに気付いたように小さく声を上げるスズ。
「で、まだ俺たちはジャストから何も言われてない。つまり、何をしようが俺たちの勝手だ」
自信満々にそう言い切る心。
「あんた、変なところで頭回るわね……」
呆れたように溜め息をつく日和。
「だから、俺は行くぞ! ついてくる奴はいるか?」
そう言い、みんなを見渡す心。
「はいはーい、私、行きたいにゃ!」
「ボクもー」
「俺も行くぜ」
ティア、リー、隼人が口々に言う。
「ほ、本当は悪いことだと分かっているのですが……心が行くなら私も行きます」
心の隣でもじもじとしながらスズが言う。
「おい」
そこで、それまで静観を決め込んでいた充が声を上げる。
「お前たち、楽観的過ぎるぞ。俺たちが何故ここにいるのか忘れたのか」
そう言い立ち上がる充。
「〈黒の使徒〉はどこに現れるか分からない。常に気を抜けない状況なんだ」
「逆にお前は悲観的過ぎるぜ? 転移した先でばったり〈黒の使徒〉と出くわすとでも思ってるのかよ?」
心の言葉に眉をピクリと動かす充。
そして、充は口を開く。
「なら、強制帰還装置に細工がされていた件はどうだ。まだ解決していないだろ」
「でもあれって、取り調べが進んでキミたちが標的じゃないってわかったんとちゃう?」
肩を竦めてリーが言う。
『異能使用制限特殊免除資格』の資格取得試験第四次試験において、瑠香たちが巻き込まれた事件。
強制帰還装置に細工がされていて、異能犯たちの巣窟のど真ん中に転移してしまったのだ。
その一件を重く見たユナイテッドは、逮捕した異能犯たちに対し取り調べを行った。
その結果、例の事件は瑠香たちを狙ったものではないことが分かった。
取り調べによると、強制帰還装置に無作為に細工をし、それを偶然使用したのが瑠香たちだった、ということらしい。
しかし、万が一に備え、瑠香たちのレンジャーとしての活動は、当面の間見送りとなった。
だが、レンジャーの資格は正式に発行され、瑠香たちはレンジャーとして認められたのだった。
「確かにそう伝えられた。だが、俺たちが遭遇したあの『カラー』と言う男。あいつがまだ捕まっていない」
顔を顰め充はそう言う。
逮捕された異能犯たちの中に、カラーと名乗ったあの狂人はいなかった。
それが不気味で仕方がない。
あの男は強かった。
そいつがまだ逃走中なのだ。
完全には安心できない。
「そのカラーとかいうヤツ、ほんとにそんなに強かったのかよ。俺たちの所はチンピラみたいな奴らばっかだったぜ」
充の方を見て隼人が言う。
「ああ、強かった。俺たちだけじゃ対処できない。絶対にだ」
首を振り、強い口調でそう言う充。
「お前にそこまで言わせんのかよ。マジで強かったんだな……」
驚いたように隼人が言う。
「ハッ、そんな一回会っただけの奴にビビっててどうすんだよ」
「何……?」
鼻を鳴らす心を充が睨み付ける。
「誰が何と言おうと、俺は行くぜ」
「俺は何としてでも止めるぞ」
「出来るもんならやってみろよ」
自身を睨み付ける充を、挑発的に見返す心。
緊張感がその場に漂う。
「──いいだろう、どこへでも行けばいい」
最初に視線を逸らしたのは充だった。
根負けしたようにそう言う。
「どうせ止めてもお前は行くだろう」
「ああ、止めるだけ無駄だぜ」
不敵に笑う心。
「──行くことは許可してもいい」
「あ?」
そう言い出す充を不審そうに見る心。
瑠香も意図がわからず首を傾げる。
「だが、二つ、条件がある」
「なんだよ」
「まず、俺が同行すること。そして、全員で行くこと、だ」
心に向かって充は言う。
「なんでお前までついてくるんだよ。それに全員で行く理由は?」
「いいから聞け」
そう言い指を二本立てる充。
「俺がお前たちに同行する理由は、お前たちがトラブルに巻き込まれないように監視するためだ。止めても行くなら一緒に行く。勝手に行かれるよりかはマシだ」
一つ指を折る充。
「次に、全員で行く理由だが……俺がいない間、誰かがここに残るのは不安がある。なら、いっその事全員で行けばいいと考えたからだ」
そう言い、心を真っ直ぐに見る充。
「どうだ? この条件を呑めるなら行くことを許可しよう」
充の言葉を、腕を組んで反芻する心。
そしてニヤッと笑う。
「止めねーなら別にいいぜ。全員で行った方が楽しそうだしな」
「いいだろう」
頷く充。
「いいか、俺が危険だと判断したら即帰還するからな」
「わかってるよ」
肩を竦める心。
「と、言う訳だが、いいか?」
みんなを見回す充。
瑠香たちは頷く。
「よし、そうと決まれば、今すぐに行こうぜ!」
「待て」
そう言い歩き出そうとする心を、充が制止する。
「なんだよ。まだなんかあんのか?」
「ああ、ある」
振り返る心に充は頷く。
「今日はもう遅い。出発は明日の朝にしよう」
「……それもそうだな」
納得したように頷き、心は皆の方を向く。
「ジャストが来るのは八時あたりやから……六時くらいに集合にする?」
時計を見てリーが言う。
「ああ、そうしようぜ」
頷き立ち上がる隼人。
「よし、じゃあ、明日は『あれ』着ていこうぜ!」
「ああ、そうだな!」
頷き合う心と隼人。
「お前らも着て来いよ!」
「わかったわよ……」
心に言われ、諦めたように肩を落とす日和。
「それじゃあ、飯だ、飯。腹減ったー!」
「あんたたちのせいで遅くなったのよ」
「まあまあ」
心に憤慨する日和を実辰が宥める。
「あれ、そういや、さっきのボードゲーム、どうなった?」
「ふふん、ボクの圧勝や」
「嘘をつくな」
リーにゲームの勝敗を訊く隼人。
堂々と嘘をつくリーに、珠輝が溜め息を吐く。
「このお菓子、おいしいにゃあ」
「あれ、お菓子もうないの?」
「……ティアさん、全部食べちゃったんですか……?」
山盛りだった菓子が全てなくなっていることに凜が気付く。
菓子を頬張るティアに呆れた目を向ける茉菜。
「みんなで異世界へ……ドキドキしますね」
「なんか、すごく大変なことになりそうな気がするけどね……」
胸に手を当て微笑んで言うスズに、困ったような顔をしている一華。
瑠香の隣に充が座り込む。
そっと溜め息を吐いたのを、瑠香は聞き逃さなかった。
「お疲れ、充」
笑みを浮かべて労う瑠香。
「……面倒なことになりそうだ」
ソファに背を預ける充。
「大丈夫だよ、きっと」
瑠香は微笑み言う。
充は瑠香の顔を見るとすぐに目を逸らした。
「ん? どうしたの?」
「──いや、なんでもない」
そっぽを向いて言う充。
その頬は、少し赤く染まっていた気がした。




