58話 戦闘訓練
瑠香は、薄暗い廊下を充と二人で歩く。
壊れかけの電灯が瞬き、ボロボロになった床や壁を照らしている。
窓から微かに差し込む西日が二人の影を長く伸ばす。
息を詰めて歩く二人。
しばらくして、前を行く充が片手を上げる。
立ち止まる瑠香。
充が一つの扉を指差す。
瑠香は無言で頷く。
二人は扉の両脇に立ち、壁に体を寄せる。
瑠香の方を見て、充が指を五本立てる。
頷く瑠香。
充は指を一本ずつ折り畳んでいく。
──5──4──3──2──1
そして。
「行くぞ!!」
0、と同時に充が扉を蹴破る。
扉の中に飛び込む瑠香。
それと同時に、手に持った銃を部屋の中に向けて発砲する充。
少し遅れて、瑠香は掌に溜めた炎を思い切り放つ。
部屋の中央で炎が渦巻く。
──だが。
炎の幕が吹き飛ぶ。
片腕、一振り。
たったそれだけで爆炎と銃弾を振り払う、その男。
男は炎が吹き荒れる部屋の中で、平然と立っていた。
押し寄せる熱風に、思わず顔を覆う瑠香。
その瞬間だった。
拳を振り上げる男。
そして、こう叫ぶ。
「──“正義拳”ッ!!」
拳が、振り下ろされた。
直後、爆風が吹き荒れる。
地面が激しく揺れる。
足元の床に罅が入った。
轟音が響くのと同時に建物が崩れ落ち始める。
瓦礫の中から這い出る瑠香。
その顔は、汚れと疲労で酷い有様だ。
近くから出てきた充も、同じようなものだった。
よろよろと歩き、瓦礫のない場所でへたり込む瑠香。
そして、近くに立っている汚れない一つない男に恨みがましい目を向ける。
「ジャストさん……もうちょっと、その、手加減とかできないんですか……?」
「……全くだ」
げんなりとした顔で頷く充。
それを見て男は笑い声を上げる。
「ハッハッハッ! 悪いね。『少し』やり過ぎてしまったようだ」
「少し、じゃないと思うぞ……」
瓦礫の山となった建物を見て嘆息する充。
「おーい! 大丈夫か!」
その時、遠くから数人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
その一団に向かって手を振るジャスト。
瑠香たちも、力なく手を上げた。
「うおっ!? やっぱすげーな!」
一番最初に瑠香たちの下へ辿り着いた隼人が、瓦礫の山を見て目を剥く。
「よ、すげー音してたぜ」
「これ、やっぱりジャストさんが……?」
後から追い付いてきた心と日和が言う。
「うわぁ……」
その後ろで若干引いたような顔をする実辰。
「実辰、それは少し傷付くよ……」
それを見て、ジャストが少し悲しそうな顔をした。
「うへえ、半端ないなぁ」
「さすが、『最強のヒーロー』だな」
リーと珠輝も口々に言う。
その後ろから、次々と追い付いてくる〈白の解放団〉の面々。
最後に追い付いたアレンが呆れたような顔をして言った。
「ジャスト、いくら何でもやりすぎじゃないかい? 彼ら、まだ新米なんだから手加減してあげなよ?」
「いや、手加減しようとは思ってるんだけどね? ついつい、やり過ぎてしまった」
最強のヒーロー、世間では『ジャスティス』と呼ばれるその男は、苦笑を浮かべて頭を掻いた。
どうやら、『ジャスティス』とはヒーローとして活動するために使っている仮の名のようで、本名は『ジャスト』という名前らしい。
瑠香たちが『人類連合ユナイテッド』の本部で生活を始めて、一か月ほど経った。
ユナイテッドの本部は、各国に最低一つ設置されている。
瑠香たちが今いるのは、『J国』という島国らしい。
J国とはジャスティスが主に活動している国だ。
J国のユナイテッド本部は、本土から離れた一つの島にある。
その島は全体がユナイテッドの敷地となっていて、本部だけでなく様々な施設がある。
通称、『本部島』と呼ばれるその島に出入りするためには、海上にある道路を通って来るしかない。
その場合も厳しい審査がある。
そして、緊急事態でない限り、一般人の立ち入りは禁止されている。
なので、そこにいる瑠香たちの安全は保障されているのだ。
今瑠香たちがいるのは、訓練施設の一つだ。
驚いたことに、この訓練施設は一つの街を模して造られているため、非常に広い。
その技術力を始めて目にした瑠香たちは、それは驚いたものだ。
その訓練施設で、瑠香たちはいくつかの組を作り戦闘訓練を行っていたのだ。
訓練の相手は、何とジャストだ。
始め瑠香たちは、もっとちゃんとした勝負になると思っていた。
そんなことは、なかった。
さすが『ヒーロー』を名乗るだけはある。
しかも、ヒーローの中でもNo.1。
この国を。
そして、この国の平和を。
それを、その背に負っている人の強さを、瑠香たちは完全に舐めていた。
強い。
とにかく、強い。
ジャスティスは『心体技』の概念がないこの世界で、『心体技』を使える数少ない人物だ。
昔誰かから習った、と言っていた。
腕の一振り。
それだけで、建物がいくつも吹き飛ぶ。
ただの跳躍。
それだけで、空高く跳び上がることも出来る。
数々の凶悪犯をも圧倒したであろうその力に、瑠香たちが敵う訳もない。
ジャストの能力は『身体強化』の延長線上にあると本人から聞いていたが、これは度を越している。
勝てるわけなかった。
本気の力でさえ、引き出せていない。
一度、充、心、隼人、珠輝、リーの男子全員で挑んだ時があった。
その時のことだ。
訓練開始から少しして、これまで聞いたこともないような、とんでもない破壊音が瑠香たちの耳に届く。
驚いて訓練場に急いだ瑠香たちの目に、飛び込む景色。
巨大なすり鉢状に抉れた地面。
その周りに倒れ、気絶している充たち。
そして、クレーターの中央に立つジャストの姿。
あまりの惨状に、瑠香たちは言葉を失ったものだ。
その時、ジャストは『少し本気を出した』と言っていた。
瑠香たちから見ても、五人の男子は強い。
充は誰よりも長い経験と冷静な判断。
心は力任せのようで、的確な戦い方。
隼人はその速度と躊躇のない戦闘。
珠輝は相手を観察し、勝てる方法を探すのに長けている。
リーの能力の使い方は変幻自在でとても強力だ。
そんな五人ですら、『少しの本気』しか引き出せない。
しかも、結果は大敗。
ジャストは、それほどまでに強かった。
だが、瑠香たちは諦めずに毎日挑戦を続けている。
勿論、勝てたことなど一度もないのだが。
「あーあ、今日も負けたにゃあ」
体を伸ばし、ティアが言う。
「一回も勝てなかったな」
「マジで強すぎだぜ」
「ほんまにな。帰ってご飯でも食べようや」
珠輝、心、リーも口々に言う。
「そだね、お腹減った」
お腹を摩りながら凜が言う。
もう既に、日が落ち始めている。
「今日は何食べる?」
「焼肉!!」
『……昨日食べたばかりだろ?』
日和の問いに大声で答える心。
呆れたようにイチヤが言う。
がやがやと夕食について話し合う皆。
瑠香は立ち上がり、汚れを払い皆の所に行く。
「今日もジャストさんの奢りですか?」
「え? あ、ああ、勿論さ。好きなものを食べると良いよ」
満面の笑みを浮かべて実辰が問う。
冷や汗を垂らしながらジャストが頷く。
「だそうだ。さ、高いものでも食べに行こうか」
「……アレンさん……」
意地悪く笑って言うアレンに、ジャストが肩を落とす。
にやっと笑う実辰。
瑠香たちも顔を見合わせる。
そして笑う。
日頃ボコボコにされている恨みだ。
「よし、高級なヤツ行くぞ!」
「「「「「おー!」」」」」
心がそう言うと歓声が上がる。
その横で、溜め息を吐くジャスト。
とてもNo.1ヒーローとは思えないその姿に、笑い声が上がった。




