47話 ヴァリアント
日和は、微かに瞼を開く。
眩しい光が目に飛び込んでくる。
朝だ。
「お、起きたか!」
さっと影が差す。
隼人が日和の顔を覗き込んだのだ。
「日和、どうだ? 起きれそうか?」
「は、隼人……私……」
「大丈夫そうだな!」
安心したように胸を撫で下ろす隼人。
日和は目を閉じる前のことを思い出そうとする。
そうだ。
思い出した。
石碑を見付けたのだった。
隼人と見つけた謎の石碑を見て、それで──
その後の記憶が、ない。
体を起こす日和。
辺りを見渡すと、シノが心配そうにこちらを見ているのが見える。
「日和ちゃん、大丈夫? 半日くらい目を覚まさなくて、心配したのよ」
「すみませんでした……急に、目の前が真っ暗になって……」
「隼人くんから聞いてるよ。石碑を見つけたんだって?」
「ああ。それを見てる途中でいきなり倒れたんだ」
隼人がシノに説明する。
「それは恐らく、この世界の文明の跡だろうね」
「そう言えば、そんなこと言ってたような……」
首を傾げて言う隼人。
それに頷くシノ。
「魔獣を操る力を持った国、その名も『魔獣王国ネフィリム』」
「ネフィリム……」
日和はその言葉を繰り返す。
「きっと、その王国の物だと思うけど、読んだ人が気絶しちゃうのは危険ね……」
「でも、俺は何ともなかったぞ」
「それも不思議ね」
腕を組み、不可解そうな顔をするシノ。
「取り合えず、今日の訓練はお休みにしようか」
「ありがとうございます」
シノに頭を下げる日和。
「じゃ、おなかも減ってるだろうし、ご飯食べよ」
そう言い、シノは朝食の準備を始めた。
ぼーっとして炎を見つめる日和。
朝食を食べた後、することがなくてずっとそうしている。
隼人はいつも通り訓練に出てしまっている。
シノは、何やら忙しそうにメモに筆を走らせている。
日和は、一つ、シノにも隼人にも話していなかったことがあった。
石碑を、読めたことだ。
あの謎の石碑を読めたことを、日和はまだ誰にも伝えていなかった。
なぜか、あの文字が読めたことを、人に話してはいけない気がしたのだ。
内容はよく覚えていない。
ただ一つだけ思い出せる単語。
『ノア』。
その名だけ、鮮明に覚えている。
何故、日和だけあの文字を読めたのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
と、その時。
がさがさ、と茂みを揺らして隼人が飛び出してきた。
「隼人?」
「日和!」
その焦ったような顔を見て首を傾げる日和。
「シノさん! ヤバい奴に出くわした! どうすればいい!?」
口早にそう言う隼人。
「隼人君、落ち着いて。何が起きたの?」
シノが話を聞こうと立ち上がる。
「俺が攻撃してもびくともしない、デカい熊みたいな奴がいたんだ!」
「ああ、でも、それは動きがのろいから大丈夫」
「違うんだ! その後、体が溶け出して、足の速い狼みたいな奴になりやがったんだ!」
隼人のその言葉を聞き、血相を変えるシノ。
「体が溶け出した……?」
「ああ、姿が変わったんだ!」
それを聞き、シノは言う。
「隼人君、それは『ヴァリアント』っていう不定形の魔獣よ。食べた種族に、体を変化させることが出来る種族なの。……でも」
眉を顰めるシノ。
「おかしい。『アナホリオオグマ』に『ヒキャクオオカミ』……どちらも『ヴァリアント』が捕食できる強さじゃないわ」
「途中でそいつらの死体を見た。死肉を食ったんじゃねえのか?」
隼人のその言葉に頷くシノ。
「……なるほどね。それなら有り得なくもない。どちらにせよ、かなり厄介な相手ね」
「どうする、シノさん」
シノの指示を仰ぐ隼人。
「私が倒すよ。二人は避難しておいて」
「俺も残る」
「だめ」
隼人が言うがシノは首を振る。
「でも、シノさん一人じゃ……!」
「大丈夫。私、強いから。ね?」
安心させるように笑うシノ。
渋々と頷く隼人。
「ほら、避難してて」
「……わかった」
「わかりました」
日和と隼人は頷く。
すぐ近くから狼らしき遠吠えが聞こえてくる。
「急いで!」
二人を急かすシノ。
日和たちは大人しくそれに従った。
日和たちは、元居た場所から少し離れた場所に身を潜めていた。
シノがいる方向から咆哮と地響きが聞こえてくる。
きっと、今戦っている最中なのだ。
「シノさん、大丈夫かな……」
日和は心配になり呟く。
「大丈夫、だと思う」
安心させるようにそう言う隼人。
その時、ずっと聞こえていた咆哮が聞こえなくなる。
それと同時に、地響きもピタリと止む。
「な、様子を見に行こうぜ」
隼人が日和にそう言う。
「でも、シノさんは待ってろって」
「もう大丈夫なはずだ、行こうぜ」
そう言い、歩き出してしまう隼人。
しばらく迷った後、日和もその後に続く。
先程の場所に戻った二人は、戦いの跡を見て絶句する。
陥没した地面。
折れた木々。
地面に広がる夥しい量の血。
その真ん中に横たわる巨大な熊。
そして、その熊の上に腰掛けるシノの姿。
これをシノがやったのだろうか。
「シ、シノさん……!」
日和が呼びかける。
こちらを見るシノ。
その鋭い眼光に一歩後ずさる日和。
ふとその光を和らげ、シノは言った。
「もう来ちゃったの? 待ってろって言ったのに」
「これは、シノさんが……?」
隼人が訊ねる。
シノは頷く。
「まったく、これでよく君たちに『殺すな』なんて言えたよね……」
肩を竦め自嘲したように笑うシノ。
「そんな、シノさんは……!」
日和がそう言おうとした時。
『緊急事態発生。危険を察知しました。直ちに『強制帰還装置』を起動します。装着者は転移に備えてください。繰り返します──』
声が聞こえた。
声を発している指輪を見る日和たち。
その体が光に包まれる。
「こ、これは──!」
驚いたように叫ぶ隼人。
「よかったね。帰れるみたいじゃない」
シノは二人に向かって言う。
「二人とも、『心体技』を忘れないようにね」
そう言うシノ。
「シノさん!」
叫ぶ日和。
「短い間でしたけど、ありがとうございました!」
頭を下げる日和。
隣の隼人も頭を下げている。
「うん、じゃあ、またね」
「「はい!」」
手を振るシノに頷く二人。
そして、視界が真っ暗になった。
日和と隼人が去った後、シノは森の中を歩く。
「──見つけた」
足を止めるシノ。
その目の前には大きな熊の死体がある。
アナホリオオグマの、原種の死体だ。
「老衰じゃない。やっぱり誰かが殺したんだ」
死体を見てシノは言う。
この巨大な熊を殺せる存在など、そういるものではない。
「あんまり食べられてない……。食べる以外の目的で殺された……?」
死体を調べるシノ。
「この世界で、何が起こってるの?」
シノは一人、そう呟いた。




