44話 勇者の戦い
「わ~! すごい、色々あるね!」
凛が目を輝かせて屋台を見る。
「見て見て、茉菜! これすごい!」
「どれですか?」
凛の指差したものを見ようと、茉菜は凜のそばに寄る。
茉菜と凜は今、城下町まで来ている。
ダイキから特別に許可が下ったのだ。
シエラも行きたがっていたが、さすがに許可は下りなかった。
二人は残念そうにしているシエラに、お土産を買って帰ると約束した。
今は観光も兼ねて、シエラへのお土産を探している最中だ。
お金は持っていない。
驚いたことに、どうやらこの国でも『水晶指輪』で支払うことが出来るようだ。
別の異世界でもこれを使うことが出来るとは。
これは異世界で共通のアイテムなのだろうか。
凛が早速、青い宝石がついたペンダントのようなものを購入していた。
「ね、これ、シエラの目にピッタリじゃない?」
茉菜に見せて嬉しそうに笑う凜。
「綺麗ですね! 私も何か探さないと……」
辺りを見渡す茉菜。
城下町は、多くの人でとても賑わっている。
人混みの中を茉菜と凜は談笑しながら進む。
茉菜の心は弾んでいた。
今まで、友達など出来たことがなかった。
一人でも、本を読んでいられれば、それでよかった。
寂しくないと思っていた。
だが、今、茉菜はとても楽しい気分だ。
初めて出来た友達。
その友達と、こうしてお出掛けをする。
それが、こんなにも楽しいなんて。
二人で笑い合いながら、町を見て回る。
ダイキは窓際の椅子に座り、目を閉じていた。
寝ているわけではない。
感覚を研ぎ澄まし、町の気配を探る。
ダイキが街を監視している理由。
それは、先日届いた報告にある。
『サンディアール領内において『魔人』の一団を発見』
『魔人』とは、魔獣の血が混じった人型の種族だ。
魔獣と同じく人類より強い力を持ち、高い知能を有する者もいる。
また、雑食でなんでも食べる。
勿論、人間もその対象だ。
まさに、人類の敵。
そんな種族が造り上げた国が、この世界には存在する。
その名も、『ヴァルテラス魔王国』。
領内で発見された魔人は武装していたそうだ。
恐らく、ヴァルテラスの兵だろう。
すぐに見失ってしまったようだが、魔人の速度なら首都であるこの街に辿り着いてもおかしくない。
それを警戒し、街を監視しているのだ。
「やはり、来たか」
ダイキは町の中に不審な気配を捉え、目を開いた。
そして、立ち上がる。
「ダイキ……」
シエラが不安そうにダイキの名を呼ぶ。
「大丈夫だ。姫さんはここで待っててくれ」
「ダイキ、凛と茉菜を、よろしくお願いします」
「わかったよ」
ダイキは笑みを浮かべて言った。
友の安否を気遣うシエラ。
ダイキはその頭を撫でる。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
そう言い、窓に足を掛けるダイキ。
ダイキは、王城の高い窓から街に向かって飛び立った。
それは、突然だった。
茉菜は、凛と二人で店の商品を見ていた。
話している最中に、地面が微かに振動する。
遠くの方から怒号と悲鳴、そして轟音が聞こえてきた。
「凜……!」
「うん、行こう!」
同時に走り出す二人。
騒ぎがあった方から、パニックに陥った人々が逃げてくるのが見える。
逃げる人を掻き分け進もうとするが、上手く進めない。
「どうしよう!これじゃ進めない!」
凛が困ったように叫ぶ。
「凜、こっちです!」
凛の腕を引き、狭い路地に引っ張り込む茉菜。
そして路地の奥に向かって、水流を出現させる。
水の流れは、茉菜の意に沿って路地の中を自在に曲がる。
「しっかり掴まっててください!」
茉菜は凜に向かって叫ぶ。
そして、水の流れに飛び込む。
まるでサーフィンのように、流れに乗って路地を移動する二人。
豪快に角を曲がりくねり、騒ぎの中心へと近付く。
「もうすぐで着きます!」
自分にしがみついている凜に、茉菜は言う。
そして路地を抜け、大通りに飛び出す茉菜たち。
大通りは酷い有様だった。
火の手が上がり、店や家々が燃えている。
瓦礫が積み重なり、怪我をした人々がそこら中で呻き声を上げている。
そして、茉菜は見た。
通りの中央に立つ、巨大な影。
「弱い、弱すぎる! もっと強いヤツはいねーのかッ!?」
雄叫びを上げるその者は、人間の倍以上の背丈があった。
筋骨隆々としたその体に、頑強な鎧を纏っている。
その鎧の隙間から見える毛むくじゃらな肉体。
長く伸びた鼻面に巨大な牙。
明らかに、人間ではない。
街を破壊したのは、恐らくこいつだろう。
「茉菜!」
「はい!」
頷き合う二人。
こいつはここで止めなければ。
これ以上被害を大きくしてはならない。
何よりも、こいつを野放しにしておけばシエラに危害が及ぶ。
二人は走り出す。
「ああ? なんだ、てめーらッ!」
茉菜たちに気付いた様子の怪物。
腕を振り上げ、茉菜を押しつぶそうとする。
「〝流水美麗〟!」
茉菜は叫び、腕を横に振る。
水が蠢き、流れを作り出す。
怪物の腕は流水によって横に逸れ、茉菜に当たらない。
地面を殴りつける怪物。
それだけで地面が揺れる。
「ああッ!?」
怪物は苛立ったように水を払い除ける。
その背後から凜が飛び上がり、霊装を纏った足で怪物の後頭部を蹴りつける。
「ぐげッ!」
苦痛に呻き声を上げる怪物。
だが、少しよろめいただけで、すぐに体勢を立て直す。
そして、茉菜と凜を睨み付ける。
「てめーらッ! やってくれるじゃねえかッ! ああッ!?」
唾を飛ばし、だみ声で叫ぶ怪物。
「この借りは返すぜッ!」
怪物はうなり声を上げる。
と、その時。
とてつもない轟音と共に、怪物の背後の地面が爆発する。
朦朦と舞う砂煙。
「あ? なんだァ?」
怪物が後ろを振り返る。
茉菜は、砂煙の中から誰かが歩み出てくるのを捉えた。
「誰だ? てめーは」
怪物もその姿に気付いたのか、牙をむいて呻る。
「よくも街をめちゃくちゃにしてくれやがったな。復旧にどれだけ費用が掛かると思ってやがる」
自分が今しがた破壊した道のことは棚に上げ、その人は言った。
「ダイキさん!」
驚いたように叫ぶ凜。
「どうやって、ここに!?」
「どうやってって、跳んできたんだよ。──って」
何でもないように答えた後、ダイキは茉菜たちを見つける。
「なんでお前らがここにいるんだ。騒ぎを起こすなって言ったろうが」
「あ」
今気付いたというように、凛が口に手を当てる。
確かに『街に出てもいい』という許可はもらった。
だが、それは『騒ぎを起こさない』という条件付きだったのだ。
凜はそれを忘れていたようだ。
茉菜は覚えていたが。
「ま、でも、お陰で時間稼ぎになった。後は任せな」
不敵に笑うダイキ。
「人間如きが、どれだけ出てきても変わらねえッ!」
ダイキを嘲笑う怪物。
「そう思うならさっさとかかって来いよ、デカブツ」
ダイキは怪物を挑発するように手招きした。
「ちッ! 舐めやがって! 死ねッ!」
怪物は腕を振りかぶり、思い切り振り下ろす。
しかし、ダイキは避けようとしない。
「ダイキさん!」
茉菜はダイキに向かって叫ぶ。
だが、ダイキは笑みを崩さない。
軽く腕を上げるダイキ。
それだけ。
ダイキがしたのは、たったそれだけのことだった。
怪物の剛腕は、その腕に受け止められる。
ズシンッ、と言う音がして地面が揺れた。
絶句する茉菜たち。
怪物も同じだった。
信じられないという風に目を見張る怪物。
「おい、それだけか?」
ダイキが片眉を上げ言う。
「──なら、次はこっちから行くぜ!」
そう叫び、ダイキは腕を引く。
「吹っ飛べッ!!」
そして、怪物の腹目掛けて拳を叩き付ける。
「ぐがッ!」
いとも簡単に、怪物を空に打ち上げるダイキ。
吹き飛び、そして落下してくる怪物。
怪物は、激しい音を立てて地面に叩き付けられる。
「ぐ、ふ──」
まだ意識がある怪物。
「おいお前」
ダイキがその傍らに歩み寄る。
「『魔王』に伝えとけ。この国、サンディアールに手を出すなら、──俺が黙っちゃいない、となッ!」
そして、怪物の腹に拳を振り下ろした。
怪物の体にめり込む拳。
ドゴンッ、と音を立て揺れる地面。
その衝撃で周囲の地面に罅が入る。
白目を剥き、ピクリとも動かない怪物。
ダイキの強さに圧倒され、茉菜たちは言葉を失う。
まさに化け物。
強すぎる。
「ち、魔人は頑丈だな」
手を払いながらダイキは言う。
「お前ら、無事だったか?」
ダイキの問いに我に返る二人。
「私は大丈夫です」
茉菜は頷く。
「私もです。あの、その人は一体……」
凛が質問しようとする。
しかし、ダイキはそれを手で遮る。
そして、腰の剣に手を掛け声を上げる。
「おい、お前。隠れてないで出て来いよ」
「──あれ、見つかってしまいました?」
物陰からフラリと出てくる人影。
茉菜たちは驚く。
姿が見えるまで、全く気配が感じられなったからだ。
「誰だ、お前?」
「お初にお目にかかります。勇者ダイキ様」
仰々しくお辞儀をするフードを被った人影。
声からして、男だ。
「わたくし、魔王軍の第九軍を率いらせていただいております、『十魔将』が一人、『毒蛇』のノーヴェントと申します」
ノーヴェントと名乗った男は腕を広げる。
その腕には、鱗がびっしりと生えていた。
それを見て息を呑む茉菜たち。
「『十魔将』……魔王軍の、幹部だな?」
「はい」
頷くノーヴェント。
「何をしに来た」
「いえ、ちょっと偵察に」
ダイキの問いに、肩を竦めるノーヴェント。
「勇者の力がどれほどのものか、確かめに参りました」
「ほう?」
目を細めるダイキ。
「いやはや、期待以上でしたよ。これをご報告すれば、魔王様もお喜びになるでしょう」
「──逃がすと、思うか?」
いつでも剣を抜ける体勢に移るダイキ。
その体から濃密な殺気が放たれる。
その殺気に晒されたノーヴェントは、心底楽しいと言わんばかりに喉を鳴らす。
「く、くく、やはり、あなたはとても『愉しそう』だ」
しかし、そこでノーヴェントは残念そうに首を振る。
「本当は今すぐに戦いたいのですが、そうも行きません。──ですので」
ノーヴェントの口がパカリと裂ける。
それは笑顔だった。
「私の名を、どうか覚えておいてください。──次にお会いする、その時まで」
その体から、強烈な気配が放出される。
これは、マズい
強すぎる。
茉菜は冷や汗を垂らす。
思わず一歩後ずさってしまうほど、その気配は途轍もないものだった。
不意にノーヴェントの姿が掻き消える。
「──ちッ、逃げられた」
ダイキが構えを解き、舌打ちをして言った。
「お前ら、もう大丈夫だぞ」
緊張している茉菜たちに声を掛けるダイキ。
その声に胸を撫で下ろす二人。
そして、ダイキの下に向かおうとした、その時。
『緊急事態発生。危険を察知しました。直ちに『強制帰還装置』を起動します。装着者は転移に備えてください。繰り返します──』
そんな声が聞こえる。
足を止める茉菜たち。
そして声の出処を見る。
それは指に嵌めた指輪。
三日前、ユナイテッドから配られた『強制帰還装置』。
この三日間いろいろ試したが、うんともすんとも言わなかったその装置が、今光を放っている。
「ダ、ダイキさん、これ……」
慌てたような声を出す凜。
「おう、よかったな。帰れるみたいじゃないか」
ダイキの言う通り茉菜たちの体が光に包まれる。
「でも、私たち、まだシエラにお土産渡してないんです!」
茉菜はそう叫ぶ。
それを聞きダイキは驚いたように目を見張る。
そして笑った。
「じゃあ、約束だ。また姫さんに会いに来てくれよ」
「い、いいんですか?」
凛が驚いたように言う。
「ああ、お前らならな。いつでも歓迎してやるぜ」
笑って頷くダイキ。
「ダイキさん! 約束します!」
「私たち、絶対に戻ってきますから! だから、シエラにそう伝えてください!」
「おう、任せとけ」
茉菜と凜が言うと、ダイキは頷く。
「じゃあ、またな」
「「はい!」」
手を上げるダイキに、茉菜と凛は手を振る。
そして、目の前が真っ暗になった。
「あーあ、行っちまったよ」
茉菜と凜が転移した後、ダイキは空を見上げて溜め息を吐く。
「ったく、姫さんになんて説明すりゃいいんだ。最後まで人騒がせな奴らだ」
そう呟くと、ダイキは城に向かって歩き始めた。




