42話 気まずい二人
「すっかり暗くなっちまったな……」
前を歩く隼人が頭を掻く。
日和と隼人はシノの下で『魂魄』の訓練をしている。
今も訓練の一環で、森にいる魔獣と戦っている。
だが、次の相手を探している内に、シノのキャンプから離れた場所に来てしまったのだ。
「参ったな。日和、お前飛べるか?」
「いや、無理だけど」
ぶんぶんと首を振る日和。
「だよなぁ。俺だけなら、飛んで帰れるんだけどな」
頭の後ろで腕を組む隼人。
それに少しムッとする日和。
「なら、飛んで行けばいいじゃない」
「ん? お前を置いて帰れるわけねーじゃねえか」
真顔でしれっとそう言う隼人。
「そ、そう……」
日和は顔を背けてそう言う。
少し顔が熱い。
今まで、男の子と会話することなどほとんどなかった。
今の言葉も、どう返せばいいかわからない。
と言うか、何故あんな恥ずかしいことを自然と言えるのだろうか。
男の子は、みんなこうなのだろうか。
その場を沈黙が支配する。
その沈黙が余計に二人きりだということを意識させる。
何か、何か喋らなくては。
「──は、隼人の能力って、使いやすそうだよね……」
その場にしゃがみ込み、全力で頭を抱えたくなる日和。
沈黙した上に、口に出した話題は『能力』について。
女として、どうかと思う。
これでは、呆れられてしまう。
「そうだろ? 『風』って、速くて強い、って感じがするから結構気に入ってんだ」
だが、隼人は嬉しそうに言う。
どうやら、呆れられずに済んだようだ。
胸を撫で下ろす日和。
「けど、日和の『雷』もすごいよな。破壊力抜群って感じで」
「け、結構気にしてるのに……」
隼人の言葉に日和は肩を落とす。
それを見て声を上げて笑う隼人。
「悪い悪い。でも、かっこいいと思うぜ」
「褒めてないよ、それ……」
溜め息を吐く日和。
日和は、ちらりと隼人の横顔を見る。
まだ笑っている。
その顔はとても無邪気だ。
それを見てるうちに自然と顔が綻ぶ日和。
そして、先日シノと交わした会話を思い出した。
「──戦いの、才能?」
「そう。それが隼人君にはある」
首を傾げる日和に頷くシノ。
「それは言い変えてしまえば、『殺しの才能』」
「こ、殺し──?」
物騒な言葉に息を詰める日和。
「あれは生まれ持ったものじゃない。恐らく、どこかで訓練されて身に付いたものよ」
「じゃ、じゃあ、誰かが隼人に戦い方を教えた、ってことですか?」
「多分ね」
悲しそうに言うシノ。
「日和ちゃん。隼人君を見ておいてあげて。あの子が、道を踏み外すことが無いように」
「わ、私が?」
「ええ」
シノは日和の瞳を見つめて言った。
「あなたなら出来るわ。だって、あなたはとても優しいもの」
「そ、そんな、私は……」
「お願い、ね?」
シノにそう言われ、日和は口をつぐんだのだった。
少し前を歩く隼人の横顔は、とても『殺しの才能』などを持っているようには見えない。
どこにでもいる、普通の少年に見える。
だが、日和は隼人がとても強いことを、この目で見ている。
その力が、誰かを傷付けるために振るわれたとしたら。
そこまで考え、日和は少し震える。
違う。
隼人に限ったことではない。
日和も、同じ力を、持っている。
シノの言葉を思い出す日和。
日和だって、道を踏み外す可能性があるのだ。
あれは、日和に向けた忠告でもあったのかもしれない。
「──日和、おい日和。どうしたんだよ」
自分を呼ぶ隼人の声に、ハッと我に返る日和。
いつの間にか立ち止まっていた日和の顔を、心配そうな顔をした隼人が覗き込んでいた。
「隼人、私……」
「大丈夫かよ?」
隼人の顔を見つめ、日和は首を振った。
「ごめん、大丈夫。早くシノさんのところに帰らなくちゃね」
そう言い、前を見る日和。
その視線はあるものに止まる。
「隼人、あれは……」
「気付いたか」
隼人もそれに目を向けて言う。
それは、巨大な石碑だった。
相当昔に建てられたのか、苔が表面を覆っている。
雨風に晒され、所々欠けているのが見えた。
それは明らかに人工の物だった。
「どうして、こんなところに……」
「読めるかと思ったんだけど、なんか読めないんだよ」
石碑に近付く隼人。
日和もそれに続く。
「おかしいな。思念水が効いてないのか?」
石碑の前で首をひねる隼人。
日和は石碑の文字を指でなぞった。
そして、目を見張る。
読める。
隣の隼人はまだ読めない様子だった。
だが、日和にはその文字が理解できた。
文字の列を辿る日和。
やはり、読める。
日和はその石碑を解読し始める。
そこには、こう書かれていた。
──我が名は、ノア。我が末裔に宛て、ここに記す──
気まずい。
何か話すことはないだろうか。
隼人は隣で沈黙している日和を意識してしまう。
日和は石碑を見つめている。
考えてみたら、今は日和と二人きりだ。
静寂が余計にそれを意識させる。
隼人はさっきの日和の様子を思い出す。
立ち止まり、隼人の顔を不安げに見ていた日和。
その潤んだ瞳を思い出し、一瞬隼人はドキッとする。
あれは、一体何だったのだろうか。
そこまで考え、隼人はふと我に返る。
辺りはすっかりもう暗い。
もうそろそろ、帰らなくては。
隼人は意を決して日和に声を掛ける。
「な、なあ日和、そろそろ帰らねーか?」
だが、返事がない。
「おい、日和?」
心配になり、日和の肩に手を掛ける隼人。
日和はフラッと体を揺らして、隼人の胸に倒れ込む。
「お、おい──」
日和の柔らかい感触にどぎまぎする隼人。
ふわっと、いい匂いがする。
隼人は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
女の子とこんなに密着したのは初めてだ。
「おい、日和……?」
再度呼びかける隼人。
そこで、異変に気付く。
髪に隠れた日和の顔を見る。
「日和、おい、日和!?」
上気した顔。
閉じられた目に、苦しそうな表情。
激しい呼吸に、胸が上下している。
明らかに、具合が悪そうだ。
「おい、大丈夫か!? おい、日和!」
肩を揺すって呼びかけるが返事はない。
「くそっ! どうにかしねえと!」
ぐったりとする日和を抱え上げると、隼人は走り出そうとする。
しかし、すぐに足を止める。
さっき思いついた方法。
日和は絶対拒否すると思ったので、言わなかった方法。
日和を抱えて、隼人が飛べばいい。
隼人は両手でしっかりと日和を抱きかかえ、足裏に『魄』を集中させる。
「“噴射”!」
そう叫び、空へ向かって一気に飛び立つ。
「日和、もう少しだけ、我慢してくれよ!」
シノの下を目指し、隼人は飛んだ。




