36話 王の器
「ほらほら、どうした。もうへばったのか?」
荒い息をつく凛と茉菜。
二人の相手をしているダイキは息さえ切れていない。
ダイキによって、『心体技』の存在を伝えられた二人。
あっという間に『心』を会得し、『体』の技である『幽眼』と『霊装』をも習得したのだが。
次は実戦訓練ということで、ダイキに相手をしてもらったのだ。
結果は見ての通り、手を足も出なかった。
しかも、ダイキは素手だ。
剣を抜いてさえいない。
『魄練』を織り交ぜて攻撃しているのだが、全く歯が立たない。
「まだまだ熟練度が足りない。そんなんじゃ誰にも勝てないぞ」
「く……」
呻く凜。
茉菜も肩で息をしている。
「ほら、どんどん来い!」
ダイキが二人に向かって手招きをする。
それを受け、走り出す凛と茉菜。
かなりの速度だ。
常人では目で追うことさえできないはず。
だが、いとも容易く二人の速度に追い付くダイキ。
「甘い!」
「ぐッ!」
「うッ!」
その声と同時に、腹に衝撃を受け意識が遠退く凜。
「う……」
うめき声を上げて起き上がる凜。
凜は辺りを見渡す。
ここは、二人に与えられた城の一室だ。
どうやら、ベッドに寝かせられていたらしい。
隣のベッドには、既に起き上がっている茉菜が見える。
「あ、おはようございます、凛」
「おはよ、茉菜。ダイキさんは……?」
「私たち、修行中に気絶してしまったようです……」
「ああ、そっか」
確かに、そうだったかもしれない。
溜め息を吐く凜。
「あー、もう、ダイキさん強すぎ! あんなの勝てっこないって」
「そうですね……。私も勝てる気がしません」
茉菜も溜め息を吐く。
「ダイキさん、勇者なんだよね。この国で一番強いんじゃない?」
「あり得ない、と言えないのが怖いですね……」
頷き合う二人。
凛と茉菜が会ったのは昨日のことだが、一緒に過ごす内にかなり打ち解けてきた。
その時、部屋の扉がコンコンとノックされる。
「はーい、どうぞ」
ベッドに腰掛け声を掛ける凜。
扉が開く。
そこにいたのは、シエラだった。
「お二人とも、お加減はいかかですか?」
「うん、大丈夫みたい」
体を動かして言う凜。
茉菜も頷いている。
「それはよかったですわ」
にっこりと微笑むシエラ。
相変わらず美しい笑顔だ。
もし凛が男性だったら、心奪われずにはいられないだろう。
「ダイキから言伝を預かって来ました。今日の修練はお終いだそうですよ」
確かに、外は少し暗くなり始めている。
いや、それよりも。
「お姫様に伝言って……」
ダイキの傲岸不遜さに少し呆れる凜。
だが、シエラは首を振る。
「いえ、わたくしがお二人の様子を見に行きたいと言ったので、そのついでに、と仰っていました」
「そうなんだ……ありがとう、シエラさん」
「シエラ、でいいですよ」
笑って言うシエラ。
シエラはずっとそう言っているのだが、王族を呼び捨てにしていいのだろうか。
「でも、シエラさんは王族で……」
慌てた様子の茉菜。
「では、王族の権限で命令します」
しれっと言うシエラ。
「う、じゃ、じゃあシエラ……」
「はい」
満面の笑みで頷き、シエラは返事をする。
「お二人とも、わたくしとお友達になってくださいませんか?」
そんなこと言い出すシエラ。
「で、でも、大丈夫なんですか?」
「お二人は異世界から来たということですし、問題はないと思いますよ」
茉菜の質問に、シエラはそう答える。
「そういう問題かなぁ」
首を傾げる凜。
「それとも……わたくしとはお友達になりたくありませんか……?」
少し顔を曇らせるシエラ。
「そ、そういうことじゃなくて……」
首を振る凜。
「私とか、一般市民だしさ。お姫様とお友達になっていいのかな、って思っちゃって」
「あら、わたくしは構いませんよ?」
シエラは続ける。
「わたくしは王族です。その自覚はあります。だから、お友達は選ばないといけません」
「だ、だよね」
「──ですが」
凜を遮りシエラは言う。
「『選ぶ』のは『人柄』です。身分などではありません。身分で人を区別する者が、どれほどの王になれましょうか」
静かに、しかし凛とした声でシエラは言う。
それは、決して大声などではなかった。
だが、凛と茉菜は圧倒された。
目の前の少女から滲み出る覇気。
それは、紛れもなく『王の器』を持つ者のものだった。
「シエラ、あなた、きっとすごい王様になるよ」
凜は感嘆し、そう言う。
「いえ、まだまだですよ」
首を振るシエラ。
「それで、お友達の件、考えてもらえましたか?」
シエラは言う。
「私は、いいよ」
「私もです」
凛と茉菜は頷きながら言う。
「ありがとうございます!」
手を合わせ、シエラはとても嬉しそうに言った。
「そう言えば、ダイキとの修練はどうでした?」
「ボロ負けだよ。ダイキさん、強すぎない?」
凛が言うとシエラは笑って頷く。
「そうでしょう。なにせダイキは『龍殺し』ですから」
「どらごんすれいやー?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる凜。
「伝説では『龍』を殺すと、その力を得ることが出来るらしいのです」
「あの、龍ってなんですか?」
茉菜が訊ねる。
「あら、ご存じないんですか?」
驚いたような顔をするシエラ。
そして説明してくれる。
「『竜』は魔獣の王とも呼ばれる種族です。非常に強く、一匹出現するだけで町がいくつか滅びると聞きます」
竜について語るシエラ。
「竜は非常に賢い生き物ですが、魔獣の域を出ません。──しかし」
声を落とし、シエラは続ける。
「竜の上位種族である『龍』は違います。伝説では、人を越える叡智を持ち、竜が相手にならないほどの力を持っているとされます。その力は国が滅びるほどとか」
「え、その龍を、ダイキさんが倒したってこと!?」
「ええ、それも一人で、だそうです」
驚愕する凜。
国を滅ぼすほどの力を持つ龍。
その龍を、単独で殺すことが出来るダイキ。
そのダイキが、更に『龍の力』を得ていたとしたら。
一体、どれほどの強さになっているのだろうか。
「十年前の当時、私は幼かったのでよく覚えていませんが……龍の出現に国中が震撼したそうです」
シエラは昔を思い出すかのように遠い目をする。
「しかし、二十に満たない白髪の少年が龍を討伐し、誰もが驚いたそうです」
「それは、もしかして……」
茉菜の言葉に頷くシエラ。
「はい、それがダイキです。出自すら不明でしたが、その功績から勇者に認められました」
「す、すごい話……」
凜は言葉を失う。
「ダイキさんの出身はわからないんですか?」
茉菜が訊く。
「どうやら、お二人と同じく異世界から来たようです。詳しくは知らないのですけど……」
「そっか、ダイキさんも異世界から……」
その後も、三人で寝るまで話に花を咲かせたのだった。




