196話 信じてる
エスタが病室を去ってから数分後のこと。
次にやって来たのはジャストとアレンだった。
「すまなかった」
病室に入るなり頭を下げるジャストに瑠香は慌てる。
「ど、どうしてジャストさんが謝るんですか!」
「ロイにも言われたけど、君が傷を負ったのは僕があの時カラーを仕留めきれなかったからだ。そのせいでこれだけの被害が出た。完全に僕の落ち度だ。すまない」
そう言い再度謝罪を口にするジャストに瑠香は首を振る。
「そんなの仕方ないですよ。誰にだって失敗はあります」
「……それに、今回の件で君たちを推薦したのは僕なんだ。まさか、こんなことになるとは……」
額に手を当てて言うジャスト。
「まあ、それについては僕にも非がある。彼らなら大丈夫だと思っていたが、こんな大きな陰謀に巻き込んでしまうとは……、自分が情けないよ」
ジャストに続けてアレンまでそう言う。
「私が戦ったのは自己判断です。それで怪我をしたのなら私のせいです。だから、ジャストさんもアレンさんも謝らないでください」
「……そうか、わかった。ありがとう」
そう言って再び頭を下げるジャスト。
その隣でアレンも頷く。
「今回君のおかげで救われた人も多い。……ちょっと無茶しすぎだから怒ろうかとも思ったけど、それに免じてお説教はなしにするよ。よくやってくれた」
「やった!」
怒られるどころか褒められた瑠香はにっこりと笑って言う。
しかし、すぐにあることを思い出して表情を暗くする。
「あの、アレンさん、私まだ……」
「……ああ、充のことかい?」
「……はい」
すぐに瑠香が何を言わんとしているかを察して言うアレンに、瑠香は頷く。
「充から少し聞いたよ。喧嘩したんだって?」
「……はい。私、充を傷つけちゃって、……それなのに、充は私を……」
「あー、それはさ」
そこで頭を掻きながらアレンは瑠香の言葉を遮る。
「本人に直接言ってやってくれないか」
そう言い病室の扉を開けてちょいちょいと手招きをするアレン。
少しして充が病室に入ってくる。
「充……」
「……瑠香」
瑠香と目が合うなり充は目を逸らしてしまう。
病室に気まずい沈黙が流れる。
「……じゃ、じゃあ、僕たちはこれで……」
「そうだね、あとは若い二人に任せようかー」
棒読みで言うジャストとアレン。
そしてそそくさと部屋を出て行ってしまう。
「おい待て、アレン──」
その後ろを追いかけようとする充。
病室の扉に充の手がかかる。
「待って、充!」
そんな充に手を伸ばす瑠香。
その声に充は動きを止める。
「今更、お前と話すことなんて──」
「あるよ!」
こちらを向かずにそう言う充。
それを遮って瑠香は声を張り上げる。
その声に、充は身じろぎする。
「私にはたくさんある! 充と話したいことが、たくさんあるの!」
言っている内に、瑠香の目から涙が溢れてくる。
「だから、おねがい……いかないで……」
震える声で言う瑠香に、充が息を呑む。
しばらくしてため息を吐く充。
そして踵を返してベッドの方へ歩いてくる。
「……充……」
「……わかったから、泣くな」
ぶっきらぼうにそう言い、ベッドの近くの椅子に座る充。
「話ってなんだ」
充はこちらを見ずに言う。
「助けてありがとうって、言いたかったの」
鼻を啜って瑠香はそう言う。
「前にも言ったが、俺がお前を助けたのは人柱だからだ」
「でも、助けてくれた。何度も、何度も」
「だから、それはお前が人柱だから──」
「だから、何? それで私が怒るとでも思ってるの? それで、助けたことがなかったことになるとでも言うの?」
段々と、瑠香の言葉に熱が篭ってくる。
「そんなことで、私は充を見限ったりしないよ!」
「やめてくれ!」
そう言う瑠香に充は頭を押さえる。
「──本当の俺の目的を知ったら、お前だって俺を軽蔑する! 仲間だと、思ってくれなくなる!」
そう叫んで、瑠香を見る充。
「怖いだよ! お前に軽蔑されるのが! お前と一緒に居れなくなるのが!」
そして項垂れる充。
「失うのが、怖いんだ……もう、何も失いたく、ないんだ……」
俯いて充はそう続ける。
「本当の目的って、復讐のこと? 軽蔑するって、私たちを利用しようとしたこと?」
「どうして、それを……!」
瑠香が言うと、驚いたようにバッと顔を上げる充。
「……ごめん、充。私、充とアレンさんの会話、全部聞いてた。だから、全部知ってる」
俯きながら瑠香は言う。
「……そう、か」
呆然として充は呟く。
「……じゃあ、もう軽蔑しただろ、俺のこと。だから、もうお前たちとは──」
「うん、軽蔑した。もう一緒に居たくない」
「っ……!」
瑠香の言葉に息を呑む充。
「……そんなこと、仲間に言うはずないよ」
「どうして……どうして、お前は俺を責めないんだ!? どうして俺を、こんな俺を、まだ仲間だと言えるんだよ!?」
そう言う瑠香に、充は胸に手を当てて叫ぶ。
「そんなの決まってる。私が、信じてるから」
瑠香の真っ直ぐな視線に射竦められ、充は息を呑んだ。
「私は仲間のことを信じる。誰が何を思っていようが、私のことを利用していようが、本当は裏切っていようが、全部全部関係ない。私が誰を信じようが、私の勝手でしょ?」
その言葉に、充は目を見開く。
そして、目を瞑り、ふと笑った。
「身勝手だな、お前」
「私、ほんとはわがままなの。失望した?」
「……いいや」
ふふんと笑って言う瑠香に、充も笑いをこぼす。
「……でも、もし俺がお前たちに危害を加えかねない奴だったらどうするんだよ」
「それでも、私は信じるよ。それでだめだったら……うーん、そうだな」
充の言葉に、口に手を当てて瑠香は考える。
「私の仲間だって胸を張って言えるようになるまで、根性を叩き直すかな」
「お前な……それ、一番ヤバい奴の考え方だぞ」
「そう?」
「だって、それって気に入らない奴がいたらぶん殴って言うこと聞かせてるのと同じだろ」
首を傾げる瑠香にそう言う充。
「そ、そんな野蛮な言い方しないでよー」
「同じことだろ……」
頬を膨らませる瑠香に充は溜息を吐く。
「まったく、ほんとお前は危なっかしいな」
「危なくなったら充が守ってくれるんでしょ? なんて言ったって仲間なんだから」
「お前に仲間だと思われる奴が不憫で仕方ない……いや、まあ、俺がそうなのか」
頭に手を当てて言う充。
そして瑠香を見て笑う。
「わかった。お前に仲間と思われたのが運の尽きだ。一生俺が守ってやるよ」
「言い方酷くない? ……って、え?」
軽口を叩きながら瑠香は固まる。
今しがたの充の言葉が脳内再生される。
『お前に仲間だと思われたのが運の尽きだ』
いや、まあこっちはいい。
酷すぎる物言いだが、まあいい。
『一生俺が守ってやるよ』
問題はここ。
『一生俺が──』
一生?
一生と言った気がする。
まさか。
そんなはずは。
『一生俺が守ってやるよ』
「言ってるぅ!?」
「うお!?」
頬を真っ赤に染めて叫ぶ瑠香に充が驚いたような声を出す。
「あ、あの、一生って、ぷ、プロポーズ的な……っ?」
上ずった声でそう訊く瑠香。
「ん? 俺そんなこと言ったか……?」
首を捻って考え始める充。
その頬が段々と朱に染まり始める。
「ち、違うからな! べ、別にそんなつもりで言ったわけでは──」
「おーい、話終わったー?」
その時、呑気な声と共にアレンが部屋の扉を開けた。
その瞬間、バッと互いに顔を背ける瑠香と充。
「あれ、まだ喧嘩してた……?」
「いやもう滞りなく仲良しですよ、ね充」
「いやもう完璧に仲直りしたぞアレンだから心配するな」
早口でそう言う二人に首を傾げるアレン。
「え、でもなんか二人とも顔が赤い気が……」
「「そんなことはない!」です!」
息の揃った二人の叫びにアレンは首をさらに捻った。




