195話 事後報告
「……ぅ、ん……」
軽く呻き声を上げて瑠香は目を開ける。
目の前には真っ白な天井があった。
両腕を持ち上げる瑠香。
左手には包帯がまかれ、点滴のチューブがそこから伸びていた。
右手にはブレスレットに変形した世界軸がはまっている。
『お、起きたか』
目を開いた瑠香に気付いたのか、世界軸が声をかけてくる。
「おはよう、世界軸。今、何時? それにここは……」
『待て待て、落ち着け。まずは一つずつな』
いくつもの質問を同時にする瑠香に呆れたように世界軸は言い、苦笑する。
『今は朝の十時半。お前が気絶してからもう二日経っている』
「二日!? 私、そんな寝てたの!?」
『ああ、随分と起きねーから死んじまうじゃねーかってあいつら心配してたぞ』
その言葉にバッと飛び起きようとする瑠香。
しかし、体の節々の痛みに呻き、結局寝転がったまま世界軸に問う。
「世界軸、みんなは無事なの? 今どこに?」
『だから待てって。一個ずつ話すから』
慌てたように言う瑠香を宥めるように世界軸が言う。
『あいつらは全員無事だ。怪我してんのも入院してんのもお前だけ』
「よかった……って、入院?」
そこで首を傾げる瑠香に世界軸は呆れたようにため息を吐く。
『今更かよ。ここは本部島の病院だ。お前が気絶した後、まず学園区のすぐ近くの病院に運ばれた。そこで応急処置した後、ここに運ばれたって訳』
「そっか」
『そっか、じゃねェ。お前、無茶しすぎなんだ。全身ボロボロ、何ヶ所か骨折してたってよ』
「……ごめん」
声だけなのに怒ってるのが伝わってくる。
それを察して素直に謝る瑠香。
『全治数週間はかかる、って医者は言ってたけど、お前人柱だからな。多分二日三日で治るぜ』
ふん、と鼻を鳴らして世界軸は言う。
「便利だね。人柱の体って」
自分の腕を見て感心して瑠香は呟く。
『便利だけど、この調子で無茶してるとお前いつか死ぬぞ。これに懲りたら、今後はもうちょっと慎重に行動するんだな』
「うん、わかった」
頷く瑠香。
それを聞いて世界軸はため息を吐く。
『で、何か他に聞きたいことはあるか? 俺に答えられることはあんまねーけど、答えられることなら答えてやるぜ』
「うーん」
その言葉に瑠香は唸る。
「そういえば……ね、世界軸」
『なんだ?』
ふと思い出した瑠香は世界軸に言う。
「色々あって聞きそびれてたけど、私、学校にいる間、世界軸のこと忘れてた。なんで?」
『そりゃあ、あいつ、デルって奴の能力だ』
その言葉に息を詰める瑠香。
「デルの……? でも、デルの能力は」
『あいつの元々の能力はひとつだけだ。『殺した奴の能力を奪う』。んで殺した奴の能力も使えるから、能力は五個あるってこと』
そこで瑠香は思い出す。
学園区に潜入する前に見た行方不明者四人の情報。
一人目は他人の能力を見破る能力。
二人目は触れた相手を洗脳する能力。
三人目は人並外れた怪力を使う能力。
そして四人目が……
「触れた人の記憶を改竄する能力……!」
『そう、それでお前の記憶から俺を消した上で、洗脳をかけて俺の声をお前に聞こえなくした』
「そんな……」
『それもこれもお前から“世界軸”を奪うためだ』
その言葉に瑠香はほっと息を吐く。
世界軸がデルに奪われなくてよかった。
未だに正体はよくわかっていないが、世界軸も苦楽を共にした大切な仲間だ。
『苦労したぜ。俺が何言ってもお前には何も聞こえてなかった。何度か破ろうとしたけど、俺が洗脳を破ろうとする度、お前頭痛そうにするからよ』
「ああ、それで頭痛かったんだね」
頭を押さえて瑠香は言う。
「ね、世界軸──」
『──しっ、誰かくるぜ』
瑠香がさらに世界軸に問い掛けようとしたその時、世界軸がそう言う。
思わず口をつぐむ瑠香。
その後、瑠香の様子を見に来た看護師が瑠香が起きているのを発見し、そこから入れ替わり立ち代わりで色んな人が病室を訪れた。
体の調子についての質問や診察などをされて疲れ果てた瑠香。
それらが一段落した後、一人の人が病室に入ってくる。
その顔を見て瑠香は少し驚く。
「あれ、エスタさん?」
病室に入ってきたのはエスタだった。
気だるげに背を丸め、分厚い眼鏡越しに瑠香を見るエスタ。
「こんにちは、瑠香さん。すみませんね、一番最初のお見舞いが僕なんかで」
「い、いえいえ、ありがとうございます」
自分を卑下して笑うエスタに、瑠香は首を振って苦笑する。
「それで、僕がここに来たのは事後報告をするためなんです」
「事後報告?」
首を傾げる瑠香にエスタが頷く。
「はい、今回の任務についての報告です。体の調子が良ければ報告を行ってもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
瑠香は頷き、少し居住まいを正す。
「それでは……まず、今回の学園区内での行方不明事件は学園区に在籍する学生デルの犯行だと判明しました。彼はカラーと名乗る異能犯と結託し、同級生を殺害、そしてその能力を奪った。また実技試験に異能犯たちを招き入れ、学園区を大混乱に陥れた。しかし、異能犯との決裂により重傷を負い、現在は昏睡状態にあります」
「すごい、よくそこまで調べましたね」
エスタが語った内容の的確さに瑠香は感心する。
「ユナイテッドには色々な異能を持った者がいますから。意識がなくても自白をさせることくらい朝飯前なんですよ」
「へ、へえ……」
特に感慨もなく言うエスタに瑠香は思わず冷や汗をかく。
「また、異能犯に関してですが、試験開始直後に試験の防護服を制御している施設を襲撃していることが判明しています」
「えっ」
「そして制御装置を破壊し、試験会場を襲った。しかし、その目的は依然不明なままです」
「で、でもさっき自白させることは朝飯前だって……」
「はい、言いました。侵入した五名の異能犯の内、四人の捕縛に成功しています。しかし、その全員に与えられた命令が、『生徒を見つけ次第、殺害しろ』のみだったのです。いくら自白をさせても知らないことは自白させられません」
「知らないこと?」
首を傾げる瑠香にエスタは頷く。
「はい。まずこの大規模な襲撃。これは組織犯罪ではないかとユナイテッドは見ています。しかし、その組織の全容が見えてこないのです」
「襲ってきた人たちは組織の人じゃないんですか?」
「ええ、恐らく、ユナイテッドに不満を持つ異能犯を集めただけでしょう」
「そんな、じゃあ……」
「はい、未だ尻尾も掴めていない状況です。組織の規模、目的、すべてが未知数です。……ですが」
エスタは言葉を続ける。
「一つだけ判明していることがあります」
そう言って小さい機械を手に持つエスタ。
「それは……?」
「これは音声の再生器です」
その機械のボタンを押すエスタ。
『ちょっと失敗しちゃったけどさ。カラーさんに手伝ってもらったら殺せるから、僕も〈聖痕〉に入れてよ! これで五人目だから!』
「これはデルの……」
機械から流れ出した音声に瑠香は驚く。
「はい、瑠香さんとデルの会話です」
「どうやってこれを……」
「本当は極秘情報なんですが……実は全ての防護服には録音機を付けてあるんです。転移と防護の機能は停止していましたが、これは無事だったんですよ」
そう言って機械をしまうエスタ。
「この会話から推察するに、カラーという異能犯は〈聖痕〉という組織の人間であり、デルは生徒五人の殺害を条件にこの組織への加入を申請していた。そのような推測ができます。……あくまで、推測ですが」
「……〈聖痕〉」
その名を呟く瑠香。
そこでエスタが首を振る。
「残念ながら手掛かりはこれだけです。そのような組織はユナイテッドの記録にもありませんでした」
「そうですか……」
「──ですが」
肩を落とす瑠香にエスタが言う。
「今回の瑠香さんたちの任務は行方不明事件の犯人を捜すこと。それは無事に遂行されました。なので、あまり気に病まないでくださいね」
「……でも」
エスタの言葉に瑠香は俯く。
「デルは言ってました。デルの能力は殺した人の能力を奪うことだって。それってつまり、四人の生徒はもう……」
「……はい。死亡が、確認されています」
「私たちが、もっと早ければ、その四人は……っ!」
「瑠香さん」
胸を押さえて言う瑠香に、エスタが声をかける。
「あなたが気に病むことではありません」
「でも……っ!」
「対応が遅れたのも、救えなかったのも、すべてユナイテッドの、大人のせいです」
「それ、でも……っ!」
「では、逆にお聞きしますが……あなたに何ができましたか?」
「っ!?」
そのエスタの言葉に瑠香は息を呑む。
「あなたが学園区に潜入した時、既に四人は死亡しています。四人が恐怖の中で苦しみながら亡くなっていくその時、あなたは何をしていましたか?」
「わ、私は……」
「きっとあなたは、ご友人と仲良く日常生活を謳歌していたでしょう」
その言葉を聞き、瑠香はエスタを睨みつける。
「……エスタさんに、私の何がわかるんですか」
「わかりますよ。……僕も、同じですから」
その言葉に瑠香は目を見開く。
「被害者が、あなたを責めると思いますか?」
「そんなの、当たり前──」
「当たり前の、ことだと? いいえ、違います。被害者が責めるのは、憎むのは、恨むのは、自分を殺した加害者のはずです。あなたは、加害者なのですか?」
エスタの質問に答えようとした瑠香を遮ってエスタは続ける。
「……救えなかったら、加害者みたいなものじゃないですか」
自分の手を見つめて言う瑠香にエスタは首を振る。
「断じて違います。あなたは、被害者を助けようとしたヒーローです」
「……ヒーロー……」
「人を救う仕事をしていれば、救えない命はいくらでも出てきます。それは、ヒーローでなくても同じことです」
シルトと同じようなことを言うエスタに、瑠香は息を呑んだ。
「命を救えないことに恐怖を感じることもあるでしょう。ですが」
そう言って瑠香の目を真正面から見るエスタ。
「救えないかもしれないからと、救える命さえ諦めるのが一番いけない。そうではありませんか?」
「救える、命……」
「あなたの今回の活躍でどれだけの命が救われたか、あなたは数えたことがありますか? 試験会場にいたほかの生徒たち。デルが捕まらなかった場合、これから犠牲になっていくであろう人々。きっと、数えきれない命が救われていたでしょう」
「私は……」
「あなたは、頑張った。よくやった。たくさん救ったんです。それを称賛されず、責められるなんてことが、あっていいはずがないんです」
そこまで言い、エスタは額に手を当てる。
「……僕としたことが、つい熱くなってしまいました。酷いことを言ってすみません」
「いいえ」
そういうエスタに瑠香は顔を上げる。
「私を、励まそうとしてくれたんですよね。ありがとうございます」
「……ヒーローの心のケアも、指導員の職務ですから」
「優しいんですね」
「……買い被りすぎですよ」
微笑んで言う瑠香に、エスタはぶっきらぼうに答える。
「……そういえば、カラーとデルはどうなったんですか?」
そう尋ねる瑠香に、エスタは眼鏡の位置を正して資料をめくる。
「まだ報告の途中でしたね。失礼しました。デルに関してですが、彼は重症のため病院へ搬送されています。容体が安定したら拘束し、意識が戻り次第取り調べを行う予定です。次にカラーについてですが……」
そこで困ったように瑠香を見るエスタ。
「彼はデストロイさんの攻撃を受け、死亡した扱いになっています」
「あの人が、死んだ……?」
「はい、さすがにあの威力では生存は絶望的でしょうから。遺体が残っていないのでまだ断言はできないんですけどね」
そう言いエスタは資料をしまう。
「報告は以上になります。何か聞きたいことはありますか?」
その問いに首を振る瑠香を見て、エスタは立ち上がる。
「では、僕はこれで。お大事になさってくださいね」
そう言ってエスタは病室を出て行ってしまう。
「……私が、救った命……」
一人になった後で、瑠香は呟く。
『真面目なのはいいがよ。もっと自分を大切にしても罰は当たんねーと思うぜ』
「ありがと、世界軸」
そう言う世界軸に、瑠香は笑った。




