118話 最後の爆弾
コツコツ、という足音がせわしなく広間に響き渡る。
足音の主はデラジスだ。
先程から、落ち着きなくその場を行ったり来たりしているのだ。
「おい! まだ外部との連絡はつかないのか!」
近くにいた衛兵を怒鳴りつけるデラジス。
「は、はい、申し訳ございません。現在、原因を突き止めようとしているのですが……」
「早くしろ!」
大声で命令するデラジス。
それを見て心中で笑みを浮かべるエマ。
皇宮内外の通信を妨害したのはエマだ。
魔術を使えば造作もないこと。
かなりの大規模な術だが、エマにとっては朝飯前だ。
そしてもう一つエマが仕掛けた魔術。
先程のデラジスの発言。
東西南北の塔に爆弾を仕掛けたというその言葉を、そのまま皇都中に放送した。
勿論、皇宮とその周りは対象外だ。
その狙いは、住民の避難と爆弾の停止。
先程の放送で住民はパニックに陥るだろう。
暴動どころではないはず。
そして避難を開始するはずだ。
そして、もう一つの狙いである爆弾の停止。
これは達成できなくてもいい。
住民が避難し、被害を最小限にできればそれでいい。
だが、あわよくば、爆弾を止めようとする者が現れてくれれば。
その微かな希望に縋り、エマはデラジスの言葉を皇都中に放送した。
そして、通信を妨害した目的。
それは、爆弾の起動スイッチを握っているデラジスの下への連絡をできるだけ遅らせるためだ。
遅かれ早かれ、デラジスに報告が行くはず。
だが。
もし、その頃に全ての爆弾が停止していれば。
被害はゼロだ。
こちらの完全勝利と言える。
その可能性に懸けて、エマは魔術を発動したのだ。
隣を見るエマ。
そこにはマーリンがいる。
エマの視線に気付いたのか、マーリンもこちらに顔を向ける。
微かに頷き合う二人。
エマたちにできることは一つだけ。
ただ、待つことだ。
と、その時。
広間の扉が勢いよく開き、何者かが中に入ってくる。
痩身の男だ。
藍色の長髪をなびかせて歩いてくる。
「お、おお、ナレク殿」
その姿を目にしてデラジスが足を止める。
その名前を聞き、エマは驚愕する。
ナレク・ギーデルス。
エドランド帝国皇帝親衛隊第五位。
そんな男が、何故こんなところに。
つかつかと足音を響かせデラジスの前まで歩くとナレクは口を開いた。
「おい、愚図。国に帰るぞ」
その言葉遣いに唖然とするエマ。
デラジスも同様の様だ。
だがすぐに我に返り、憤慨したように叫んだ。
「ナレク殿! いくら貴殿であろうと、無礼が過ぎるぞ!」
「黙れ、愚図が。先程のあれはなんだ?」
「あれ? あれとは……」
ナレクの言葉に怪訝そうな顔をするデラジス。
「放送のことだ。随分と楽しそうに爆弾のことについて話してたじゃないか」
「爆弾? 何のことだ?」
デラジスは更に怪訝そうな顔をする。
「おい」
背後を振り返り、合図をするナレク。
すると、一人の衛兵が広間に入ってくる。
衛兵は水晶玉を掲げ持つ。
その水晶玉から声が流れ出す。
『──爆弾は四ヵ所に仕掛けた。それぞれバビロニアの東西南北にある塔に仕掛けてある!』
その声は間違いなくデラジスものだった。
「これが町中に放送された。どういうことだ?」
「これは、先程の……町中に……? 一体どういうことだ……?」
顔面蒼白になりながらもデラジスが呟く。
「貴様の会話が盗聴されていた。そうとしか考えられないだろう」
そう言い、デラジスを見据えるナレク。
「だから帰国するぞ、愚図野郎」
「し、しかし、私にはこの国を統治するという任務がある!」
ナレクの言葉に反論しようとするデラジス。
「皇帝陛下から賜ったこの役目を投げ出すことなど……!」
「まだわからないのか?」
そこでナレクが呆れたように言う。
「ただでさえ、貴様の統治は支持などされていなかった。そして此度の爆弾騒ぎ。これで完全にバベル帝国国民の信用は失墜した」
ナレクの言葉を聞き、徐々にデラジスの顔が土気色に変わっていく。
「わかりやすく言ってやろう。貴様は任務に失敗したんだ」
そのナレクの言葉にガクリと崩れ落ちるデラジス。
その手から起爆スイッチが零れ落ちる。
その時。
『全ての爆弾の停止を感知しました。時限爆弾を作動します』
そんな声が起爆スイッチから流れ出す。
その場にいる者の視線が起爆スイッチに集まる。
「……時限、爆弾……?」
喘ぐように喉の奥から声を絞り出してエマは呟く。
「く、くくく……」
その時、微かな笑い声が聞こえた。
声の主はデラジスだ。
「おい、これは、どういうことだ……?」
ナレクがデラジスと問い詰める。
「いざという時の計画だ。すべての爆弾が止められた場合、時限爆弾が作動するようになっていた」
肩で笑いながらデラジスが言う。
「爆破場所は?」
目を細めて問うナレク。
「──ここだ」
両腕を広げデラジスがそう答える。
その言葉に、目を見開くエマ。
「──まさか、この皇宮を……」
「くくくッ! その通りだ!」
エマの言葉に大きく笑い声を上げるデラジス。
そのデラジスの首根っこをナレクが掴み上げる。
「なんてことを──っ!」
エマは唇を噛む。
「くくくッ! 止めたければ探してみろ! この広い皇宮からな!」
ナレクに引き摺られながら哄笑するデラジス。
その姿がふっと光に包まれ消える。
転移したのだ。
指揮系統を失ったエドランド帝国の兵たちが慌ただしく逃げていく。
「エマ……」
拘束を解いたマーリンが近付いてくる。
「……ええ」
エマも拘束を解き、立ち上がる。
その視線は玉座に向けられている。
「どうやら、覚悟を決めるしかないようね」
エマは歩き出した。




