116話 東塔にて 決着
「お前たちのように『扉』に辿り着いたやつを、な!」
両腕を広げてアンデルフが叫ぶ。
その言葉に、凜は驚愕する。
今しがたアンデルフが語った『扉』の話。
瑠香と充が、そうだとでも言うのか。
だが、と凜は思う。
先程の瑠香の動き。
今までのものとは全然違った。
だが、いつの間に瑠香は覚醒したのだろうか。
アンデルフは言っていた。
強い感情がトリガーになると。
その時凜は気が付く。
瑠香はボロボロだ。
傷だらけで、血も付いている。
一体、何があったのだろうか。
「瑠香ちゃん……」
凜は呟く。
その瑠香は、アンデルフから視線を離さずにその巨体を睨み付けている。
「おい、瑠香、行けるか?」
「……大丈夫」
凛の前に立った充が瑠香に声を掛ける。
それに頷き返す瑠香。
そして身構える二人。
「ちょ、ちょっと待って! 充、それに瑠香ちゃんも! まさか、二人だけで戦うつもり!? それに『扉』って、まさか……」
凜は慌てて叫ぶ。
しかし、こちらを振り返る充の顔に凜は口を噤む。
「話は後だ、凛。お前らはティアを連れて離れていろ」
「でも……」
「大丈夫だよ、凛」
反論しようとした凜に瑠香が静かに告げる。
「私は大丈夫だから。……ね?」
微かに笑ってそう言う瑠香。
それを見て、凜は渋々頷いた。
「……わかった」
そしてティアたちと共に広間の端まで避難する。
「もう、いいか?」
瑠香たちを見てアンデルフが問う。
「うん」
「ああ」
同時に頷く瑠香と充。
そして、唐突に戦いは始まった。
目にも留まらぬ速さで充が銃を構え、即座に発砲する。
それを首を振って回避するアンデルフ。
その足元に向かって、瑠香が猛スピードで疾走する。
その体が、ミシリと歪んだ気がした。
次の瞬間、瑠香の体が巨大化する。
「え……」
「にゃ!?」
「……!」
「ええ!?」
一華、ティア、茉菜、実辰が驚きの表情を浮かべる。
凜も驚いて目を見開く。
あれは、まさか──
「それは、俺の──ッ!!」
アンデルフも驚愕の声を上げる。
瑠香の巨大化が止まる。
そこにいたのは、白い鱗を持った美しい竜だった。
竜に変身した瑠香は止まらずにアンデルフに飛び掛かる。
その巨大な腕がアンデルフの顔面に激突する。
爆音と共に後ろに吹き飛び、広間の壁に叩き付けられるアンデルフ。
轟音が響き渡り、塔全体が激しく揺れる。
「すごい……」
凜は感嘆のため息を吐く。
瑠香の能力が『模倣』だということは凜たち全員が知っていた。
しかし、まさか敵の能力を模倣できるとは思ってもみなかった。
地面を揺らして地に伏すアンデルフを、更に組み伏せる瑠香。
しかし。
アンデルフが体をねじり、軽々と瑠香を吹き飛ばした。
「ぐっ!」
壁に叩き付けられ、苦悶の表情を浮かべる瑠香。
そこに追撃を掛けようとするアンデルフ。
だが、そこで響く破裂音。
その瞬間、アンデルフの巨体が仰け反る。
「ちッ!」
舌打ちをして肩を押さえるアンデルフ。
その手の間から、血が流れ出ていた。
「俺の鱗に傷をつけるか……ッ!」
アンデルフが呻くように言う。
「瑠香、立てるか」
充が背後を振り返り問う。
「行けるよ……っ!」
充の問いにそう答え、土煙の中から姿を現す竜の姿の瑠香。
「マズいな、敵が強すぎる。全員連れて逃げるのは無理そうだ」
顔を顰めて充が呟く。
竜形態の瑠香が、長い首を地面近くまで下げて充と目線を合わせる。
「どうする?」
「持久戦だ。俺たちで時間を稼ぐ。その間にあいつらを逃がすぞ」
「わかった」
頷く瑠香。
そして瑠香は凜たちの方を見る。
「みんなは逃げて」
「でも、瑠香ちゃん!」
瑠香の言葉に、凜は叫ぶ。
「危険だよ! いくら瑠香ちゃんたちが強くても、二人だけじゃ──」
「凜」
瑠香が凜の名を呼ぶ。
「おねがい」
「──っ!?」
瑠香の、その真っ直ぐな目に凜は息を呑む。
その時。
瑠香と充がハッとしたように広間の中央に目を向ける。
凜たちも少し遅れて気が付く。
そこに、誰かいる。
その人物は瑠香たちとアンデルフの間に立っていた。
女だ。
長い茶髪に、粗末な服を着ている。
「や、みんな、元気ぃ?」
女はへらっと笑うと凜たちに手を振る。
その瞬間、アンデルフの姿がするすると元に戻り始めた。
人型に戻ったアンデルフは女に向かって跪いていた。
「アスカ様」
「ああ、アンデルフ君。君は元気そうだね」
アスカと呼ばれた女はにこりと笑いアンデルフに頷き掛ける。
「──瑠香」
「……うん」
充と瑠香がアスカから目を離さずに頷き合う。
その顔は微かに引き攣っていた。
その理由は、凜たちでさえも分かる。
強い。
この場にいる、誰よりも。
そう、アンデルフよりも、だ。
冷や汗を垂らす凜。
「ね、君たちは一体何者だい?」
アスカはくるりと振り返り、凜たちを見据える。
その身から感じる気配と裏腹に、アスカの態度は軽いものだった。
「アスカ様、なぜあなた様がここへ──」
「黙っててよ、アンデルフ君。今話をしているのは『私』と『あの子たち』だよ」
その瞬間、空気が重くなった。
そう錯覚してしまうほど、アスカが放ったプレッシャーは強大だった。
「ッ!? ──申し訳、ございません」
息を呑み、頭を垂れるアンデルフ。
その顔には冷や汗が滲んでる。
あれほど強いアンデルフさえ、この場では発言を許されないのだ。
「うん、よしよし。わかってくれて私も嬉しいよ」
そう言ったアスカは本当に嬉しそうに頷く。
「それで、君たちは何者なんだい?」
そして再び同じ質問を繰り返すアスカ。
「──〈白の解放団〉」
それに答えたのは瑠香だった。
真っ直ぐとアスカを見据え、その名を口にする。
その名を聞いたアスカは目を大きく見開く。
「へえ、その伝説を口にするか。いい度胸だ」
そしてにやりと笑う。
「『虚ろを埋める空白』か。──『人柱』が、ね」
そう呟くアスカ。
その呟きがもたらした効果は、劇的だった。
アンデルフが目を剥き、凜たちを見る。
充が大きく息を呑み、銃を握り締めた。
あまりの力に、その手は真っ白になっていた。
「お前ら、〈黒の使徒〉か」
その声に滲むどす黒い感情に凜は息を呑んだ。
「お、せいかーい」
周囲の驚きを無視してマイペースに手を叩くアスカ。
「何故、『人柱』のことを知っていながら、捕まえようとしない」
充がアスカを睨み付け問う。
「んん、そうだなー」
そう言い首を捻るアスカ。
そして口の端を歪めて笑う。
「──私たちの主は、まだ楽しみたそうだよ」
その気配は、見まがいようのない『邪悪』。
そしてアスカは凜たちに背を向ける。
そして手を振るアスカ。
すると、アスカの近くに黒い靄が現れる。
同時に、アンデルフの足元にも同様の黒い靄が現れた。
凜たちを一瞥し、その靄の中に沈み込むアンデルフ。
「それじゃあね。ばいばーい」
「待て! 今のは一体──!」
背を向けたまま、凜たちに手を振るアスカ。
充が問い詰めようと声を上げる。
しかし、それよりも前にアスカは黒い靄の中に消えてしまった。
跡形もなく消える靄。
そして、その場に静寂が訪れた。
と、その時。
慌ただしい足音と共に誰かが広間に駆け込んできた。
若干身構えてそちらを見る凜たち。
広間に入ってきたのはフェイルだった。
慌てたような表情をしている。
それを見て凜たちはほっと肩の力を抜く。
「皆さん、大丈夫ですか!? 先程、物凄い音がしましたが──」
そう叫び、広間を見回すフェイル。
その視線が竜になった瑠香の上で止まる。
「ひっ!?」
その瑠香を見て悲鳴を上げるフェイル。
忙しい人だ。
「誰だ?」
「フェイルさん。味方だよ」
フェイルの方を見て充が言うと、ずいっと首を寄せて瑠香が囁く。
「そうか。──それで瑠香」
「ん?」
瑠香の言葉に納得したように頷き、瑠香の方を見上げる充。
「いい加減、元に戻ってくれないか。話しづらい」
「あ、そっか。ごめんごめん」
充がそう言うと、慌てたように瑠香が謝る。
その体がするすると縮んでいく。
白い鱗が消え、肌色が見えてくる。
「──ん?」
首を傾げる凜。
肌色の面積が大きすぎるように感じたのだ。
そのまま見てると人型に戻りゆく瑠香。
だが──
「わ」
「ちょ」
「え」
実辰、一華、茉菜が慌てたような声を出す。
「わ、わ、わ! 瑠香ちゃん! 服、服!」
「え?」
首を傾げる瑠香。
その瑠香は服を着ていなかった。
竜になるときに破れてしまったのだろうか。
「って、きゃっ!? 充!」
服を着ていないことに気が付いた瑠香が叫ぶ。
「ん?」
幸い、充は瑠香の方を見ていなかった。
だが、今瑠香の名を呼ばれたせいで瑠香の方を振り返りそうになっている。
「とう!」
その時、ティアが目にも留まらぬ速さで充に飛び掛かり、その体を押し倒す。
「おい、何をする!」
「うるさいのにゃ! 充に見られたら瑠香がお嫁に行けなくなっちゃうのにゃ!」
憤慨する充に、ティアが叫ぶ。
「は? 何を言って──」
「今だにゃ!」
「ナイス、ティア!」
ぶつぶつ呟く充を無視して叫ぶティア。
そのティアにグッと親指を立てる凜。
「ど、どうしよう……」
顔を真っ赤にして瑠香が慌てたように言う。
「瑠香! 服なら私が!」
その時、フェイルが叫ぶ。
そして自身の『異空間収納』から質素な服を引っ張り出す。
それを見て凜はほっと息を吐く。
先程までの戦いが嘘のような大騒ぎだ。
だが、今こうして騒いでいられるのは、犠牲者が一人も出なかったからだろう。
そのことに、今はひたすら安堵を覚えるのだった。




