115話 激戦
迫る轟炎。
竜に変身したアンデルフの口から放たれたその炎は、熱を撒き散らしながら一華たちに向かって飛んできた。
それを見た凜たちが身構えるのが一華の目の端に映る。
しかし、一華は慌てずに一歩踏み出す。
「一華!?」
凛が心配したように叫ぶ。
一華はそちらを見て頷く。
迫る炎に向き直る。
手を開き、そして叫んだ。
「私に、炎は効かないっ!」
一華の掌に炎が衝突する。
それと同時に炎は一華の手の中に収縮していく。
「う、うそぉ……」
「……」
実辰と茉菜が唖然とした表情をしている。
「ほへぇ……」
ティアは感心したように頷いていた。
「もう、無茶しないでよね……」
「……全くです」
凛とフェイルは呆れたような安心したような、そんな顔をしていた。
「……ほう?」
炎を消されたアンデルフは、低く地を這うような声を漏らす。
それには少し面白そうな響きが混ざっていた。
「俺の炎を消す、か。お前、何者だ」
「私たちは──〈白の解放団〉」
一華は少し逡巡した後名乗る。
「聞いたことが無いな……いいぞ、覚えておいてやろう」
そしてゆっくりと腕を振り上げるアンデルフ。
「お前らが、生き残れたらなッ!」
その言葉と同時に振り下ろされるアンデルフの腕。
速い。
しかも、竜化しているアンデルフの腕は巨大だ。
一撃食らっただけでも大怪我になる。
一華たちは飛び退くことでその攻撃を避けた。
アンデルフの腕は地面をえぐり、砂埃を撒き散らす。
轟音と共に地面が揺れた。
「くっ、これは……っ!」
アンデルフの力を見たフェイルが呻く。
一華たちならば恐らく回避できる。
だが、一般人のフェイルには厳しいだろう。
だから一華は叫ぶ。
「フェイルさんは爆弾を!」
それを聞き、ハッと顔を上げるフェイル。
「で、ですが……っ!」
「私たちは大丈夫です! 早く行ってください!」
「大丈夫じゃないけど大丈夫にゃ!」
一華の言葉に続いてティアもグッと親指を立てる。
「──わかりました。皆さん、どうかご無事で!」
そう叫び、背を向けるフェイル。
そして通路に向かって走って行った。
「さーて、問題はこっちだね」
アンデルフの方を見て実辰が言う。
アンデルフは走り去るフェイルに手を出そうとはしなかった。
「なんで、追い掛けなかったの?」
一華はその疑問を直接本人にぶつける。
「あの女を追い掛けるより、お前らの相手の方が楽しそうだと判断したからだ」
牙の間から炎を散らしてアンデルフが答える。
笑ったのだろうか。
「私たちは楽しくなんてないけどね」
凛が顔を顰めて言う。
「……お前ら、楽しくないのかよ?」
「は?」
アンデルフのその問いに眉を顰める実辰。
「楽しくないのか?」
「……それは、戦うことが、ですか?」
「そうだ」
茉菜の問いに頷くアンデルフ。
「戦いってのは楽しむもんだ。力と力のぶつかり合い。最高に楽しくないか?」
腕を広げてアンデルフは言う。
その動きだけで微風が巻き起こり、一華たちの頬を撫でる。
「楽しくないよ」
凛が首を振って言った。
その言葉を聞き、興味深そうに目を動かすアンデルフ。
「楽しくなんかない。戦えば、誰かが傷つく。そんなの面白くもなんともない」
「なぜだ? なぜ、それほどの力を持っていながら、戦いを否定する?」
「私たちの力は、誰かを傷付けるためにあるんじゃない。誰かを守るためのものだから」
「守る力、か。甘い理想論だ。お前たちの力が、誰一人傷つけることがないとでも言うのか?」
「そんなのわからない」
アンデルフの問いに首を振る凜。
そしてアンデルフの目を真っ直ぐ見る。
「でも、それでも私たちは、何かを守るために戦う」
そして、そう言い放った。
「凜……」
「く、くくく……」
凛の言葉を聞いたアンデルフの喉から、笑い声が漏れる。
「くくく……ハッハッハ! 良いだろう! 甘くても何でもいい! その理想を貫く力がお前らにあるのかどうか、今から見せて見ろ!」
そう叫び、口をガバッと開くアンデルフ。
その喉の奥に炎が躍る。
「また来る!」
一華は手を掲げる。
しかし。
「一華!」
凛の叫ぶ声が聞こえる。
その瞬間、身を翻すアンデルフ。
その長く巨大な尻尾が風切り音を立てて一華に迫る。
「くっ!?」
呻く一華。
防御は間に合わない。
回避もできない。
その時。
一つの影が、一華の尻尾の間に割り込む。
「ティア!」
「任せろにゃあ!」
一瞬で一華の前に駆け込んだティアが両腕を広げる。
その手に振られた尻尾が衝突する。
轟音が鳴り響く。
「うぎぎぎ……っ!」
歯を食いしばり、ティアが思い切り踏ん張る。
アンデルフの尻尾が少し止まった。
しかし、ずるずるとティアが押され始めている。
「も──う──げ──ん──か──いっ!」
叫ぶティア。
その時、一華は周囲の気温が少し下がったように感じた。
「──〝絶対零度〟」
そう呟く声が聞こえる。
「──“氷牙”!」
その叫び声と同時に巨大な氷が地面から飛び出し、アンデルフに激突する。
「ッ!?」
微かに驚きの声を上げるアンデルフ。
その瞬間、尻尾の力が弱まる。
「うにゃあ!」
尻尾から飛び退るティア。
「助かったにゃ、実辰!」
ぐっと親指を立ててティアが礼を言う。
その視線の先には地面に手をついている実辰の姿があった。
「無茶しすぎだって」
呆れたようにそう言う実辰。
「にゃはは、ちょっとキツかったにゃん」
「はぁ……」
頭を掻くティアに実辰が溜め息を溢す。
「……それで、どうしますか?」
アンデルフから目を離さずに茉菜が全員に問う。
相手も手を出さずにこちらの出方を窺っている。
「……想像上以上に一撃が重いのにゃ。向こうからしたら牽制のつもりでも、こっちからすれば致命傷になりかねないのにゃ」
「そうだね。ティアでも受け止められないんじゃ、私たちじゃ無理かも」
ティアの言葉に頷く凜。
「基本回避、って感じかな」
「うーむ。でも、それを相手が許してくれるかどうか、って感じだにゃ」
一華の言葉に渋い顔をするティア。
「そっか。動き、滅茶苦茶早いもんね」
うんうんと頷きながら実辰が言う。
「取り敢えず、私たちは時間を稼げればいい。爆弾のことはフェイルさんに任せよう」
凛の提案に頷く一華たち。
「作戦会議は、もう終わりか?」
向き直った一華たちを見てアンデルフが口を開く。
「うん。大した案は出なかったけどね」
実辰がペロッと舌を出して言う。
「そうか。ならいい」
「ん? どういうこと?」
頷くアンデルフに首を傾げる凜。
「安心したんだ。お前たちがつまらない策を弄するつもりだったら、殺していた」
淡々と恐ろしいことを言うアンデルフ。
その様子に一華はゾッとする。
冗談では、ないだろう。
アンデルフなら本当にやりかねない。
少し戦って、もう痛いほどわかっている。
彼我の実力差。
殺すと言えば、本当に殺される。
幸い相手はまだ本気ではない。
だから、一華たちはまだ生きている。
だが、もし本気を出されれば、ただでは済まないだろう。
本気を出させず、飽きさせもしない。
それが、一華たちが生き延びるただ一つの方法だ。
「行くよっ!」
一華は叫ぶ。
それと同時にバラバラの方向に走り出す凜たち。
「いいぞ、そうでなくては!」
腕を振り上げるアンデルフ。
「“氷牙”!」
地面に手を当てる実辰。
アンデルフが手を振り下ろす。
それと同時に実辰が手を振り上げる。
アンデルフの腕と地面から飛び出した氷の柱が激突する。
「──〝天上の業火〟」
一華は左手を前に出して呟く。
その掌に、炎が集まる。
「“火弓”」
集まった炎は段々と弓矢の形を取っていく。
右手に現れた矢をつがえ、弓を引き絞る。
狙いをアンデルフの頭部に定め、矢を放つ。
風切り音を立てて飛ぶ火の矢を、アンデルフは鱗を纏った腕で防御する。
その隙を見逃さずに、ティアが走り出す。
実辰が作り出した氷の柱を駆け上り、アンデルフに接近する。
それを見たアンデルフが氷の柱目掛けて腕を振り下ろす。
アンデルフの腕が衝突し、轟音と共に崩れ去る氷の柱。
ティアは崩れ落ちる氷の破片を足場にその場から離れる。
その背後から猛スピードでアンデルフに迫る茉菜。
その足には水が渦巻いている。
あの水で移動速度を上げているのだろう。
高速で移動する茉菜は落ちてくる氷を避けながらアンデルフの足元まで行く。
そしてその足目掛けて飛び蹴りを放つ。
激しい衝撃音が鳴り響く。
アンデルフの体勢がわずかに崩れる。
その時、アンデルフの背後で飛び上がる影が一つ。
凛だ。
空高く跳躍した凜は片腕を突き出す。
その手が光り輝く。
アンデルフが微かに目を見開くのが見えた。
しかし、アンデルフが振り返るより前に。
「“黄色光線”!」
凛の掌から一筋の光線が放たれる。
しかし。
アンデルフは、自らの頭部に目掛けて発射されたその光線を、微かに頭を傾けることで回避する。
「なっ!?」
凛の驚いたような声が聞こえる。
一泊遅れて響き渡る爆発音。
凛の放った光線が広間の壁を爆散させた音だ。
「凜!」
実辰の叫ぶ声が聞こえた。
次の瞬間、アンデルフが長い首を振って凜目掛けて頭突きを繰り出す。
凜はまだ空中にいる。
あれでは身動きが取れない。
その時。
まるで意志を持ったかのような流水が高速で凜に迫り、その身を攫う。
茉菜が水を操って凜を守ろうとしたのだ。
だが、アンデルフは首の軌道を変えて更に凜を狙う。
その時、凛とアンデルフの間に巨大な氷の壁が出現する。
轟音と共にアンデルフの頭が氷壁に衝突する。
しかし、アンデルフは攻撃を止めない。
その口の中に炎が躍った。
また炎を放つつもりだ。
あれの直撃を食らえば、あの氷の壁ごと凜は吹き飛ぶだろう。
一華ならば炎を防げる。
だが、間に合わない。
しかし、その時。
アンデルフの足元に駆け込むティアが見えた。
ティアはアンデルフの頭の真下で止まると、そのまま垂直に跳躍する。
足元の地面が砕けるほどの脚力で飛び上がったティアは、アンデルフの顎に向かって下から思い切り蹴りを放つ。
ドゴォオオオンッ、と言う音と共に仰け反るアンデルフ。
その頭目掛けて一華は再度火の矢を放った。
矢はアンデルフに命中し、大爆発する。
アンデルフの巨体がぐらりと傾く。
「──よし!」
一華は小さく呟く。
空中にいるティアがガッツポーズをとっているのが見えた。
しかし。
アンデルフの巨大な腕が高速で動き、目の前のティアを鷲掴みにする。
傾きかけた体勢のまま、アンデルフはティアを捕まえたのだ。
「うぎゃ──っ!?」
体を握り締められうめき声を上げるティア。
「少し、効いたぜ。──少しな」
体勢を立て直し、アンデルフが言う。
首を軽く振り、一華たちを睥睨した。
「みんな、私のことはいいから早く──うっ!?」
ティアが叫ぶが、アンデルフが手に力を入れるとうめき声を上げて悔しそうにアンデルフを睨み付ける。
それを見て一華たちは動きを止める。
「良い判断だ。選択を誤るなよ。じゃなきゃ、お友達は死ぬぞ」
ティアを握る腕を少し上げてアンデルフが言う。
「なにが、望みなの?」
一華は動かずに、慎重に問い掛ける。
「対話だ。戦うのに、少し飽きた」
つまらなそうにそう答えるアンデルフ。
「何を話したいの?」
凛がそう質問する。
「そうだな。お前ら『自然型』か?」
「だったら、何?」
アンデルフの言葉に目を細めて答える実辰。
「やっぱりか。珍しい。『自然型』は希少な能力なんだ。それがこんなに集まっているなんてな」
思案気にそう言うアンデルフ。
「だが、弱い。あまりにも弱すぎる。攻撃はすべて軽く、遅く、練度が低い」
アンデルフは牙を剥き出して言う。
「そもそも、『自然型』の能力自体は強力なものだ。全く同じ実力の能力者が二人いて、片方が『自然型』だった場合、よほどのことが無い限り『自然型』が勝つ」
その言葉に一華は驚く。
『自然型』が強い能力だというのは知っていた。
だが、そこまでだとは思っていなかったのだ。
「だが、『自然型』を持っていれば誰にでも勝利できるわけではない。能力自体の強さにかまけて『心体技』を怠れば、『魄練』を使えない無能力者にすら負ける。それが『魂魄』の戦いだ」
「何が言いたいの?」
眉を顰めて凜が言う。
「わからないか。お前らの弱さの原因。それは『魂魄』の練度の低さだ」
「そんなこと、自分たちでもわかってる……!」
実辰が悔しそうに言う。
「なら、いいことを教えてやるよ」
そこでアンデルフがそんなことを言い出す。
「通常、能力者ってのは長い年月研鑽を重ねて『魂魄』を極める。だがな、たまにいるんだよ。いきなり強くなるヤツが。何故だと思う?」
「何故って……」
怪訝そうに眉を顰める凜。
「『扉』を見つけるんだ」
「……『扉』?」
首を傾げる茉菜。
「みんな、耳を貸しちゃダメにゃ! 危険なのにゃ!」
「黙れ」
「うっ!?」
叫ぶティア。
だが、アンデルフが手に力を入れるとすぐに顔を歪める。
「ティア!」
実辰が叫ぶ。
「『扉』を見つける条件は詳しく知らないが……だが、一つ分かることがある。それは、強い感情がトリガーになる、ということだ」
「強い感情……」
一華は呟く。
「聞いたことが、あるのにゃ……」
そこでティアが口を開く。
「突然目の前が真っ暗になって、大きな『扉』が目の前に現れる。そうすると、とんでもない力を得られる、って」
「その通りだ」
ティアの言葉に頷くアンデルフ。
「でも、それはとっても危険なのにゃ! 激情と溢れる力に精神を破壊されて、狂人か廃人になるって話だにゃ!」
「それは『力』に負けた奴の話だ。負けなければいい」
そう言いアンデルフは一華たちを見る。
その顔はにやりと笑っているように見えた。
その瞬間、一華は嫌な予感がする。
「何をするつもり?」
そう問いかける一華。
「なかなか、いい勘をしているな」
そう言い、手に掴んだティアをかざすアンデルフ。
「今からこいつを殺す。そしてお前たちが『扉』を見つけられるかどうか試す」
「っ!?」
その言葉に息を呑む一華たち。
「これだけいれば、一人くらいは見つけられるだろう」
そしてティアを押し潰そうと力を入れ始めるアンデルフ。
ティアの顔が苦痛に歪む。
「ティア!」
「っ!」
実辰が悲痛に叫ぶ。
拳を握り締める茉菜。
「そんな……ダメ──」
目を見開いて凜が呟く。
一華は思わず携えた木刀に手を掛けた。
そして一華が走り出そうとした、その時。
一つの人影が、広間の入り口から飛び出した。
それは目にも留まらぬ速さでティアを掴んだアンデルフの手に衝突する。
「ぐッ!?」
そこで、初めてアンデルフが顔を歪める。
吹き飛ばされたティアが宙を舞う。
そのティアを、もう一つの人影が受け止める。
アンデルフに攻撃した人影が飛び退り、一華の前に降り立つ。
ティアを受け止めた人影は凜の目の前だ。
その姿を見て一華は目を見開く。
「る、か……?」
思わずその名を呟く一華。
一華の前に飛び降りた瑠香は一華の方を振り返る。
「ごめん、遅くなって」
その顔を見て一華は驚く。
傷だらけで、所々血がこびり付いている。
そして、瑠香が纏うその雰囲気。
何かが、違う。
「おい、先走り過ぎだ」
その時、そんな声が聞こえる。
そちらの方を見ると、凛の目の前でティアを地面に降ろしながら、瑠香に文句を言う充の姿があった。
「ごめん。我慢できなかった」
瑠香は軽く首を振ってそう答える。
「く、くくく……ッ!」
その時、そんな乾いた笑い声が一華の耳に届く。
笑い声の主はアンデルフだ。
「丁度いい。お前たちのような奴らを待っていたんだ!」
そう言い両腕を広げるアンデルフ。
「お前たちのように『扉』に辿り着いたやつを、な!」




