113話 北塔にて
ここは北塔。
その内部の広間で激しく動き回り、戦う者が二人。
ウィスターとイオである。
超高速で繰り出されるイオの杖を、剣で捌くウィスター。
その胸中は焦りと驚愕で満たされていた。
先程のイオの名乗り。
イオは確かに、己を〈黒の使徒〉だと言った。
なぜ〈黒の使徒〉がこんなところに。
どうして塔を守っている?
〈黒の使徒〉が塔を守ることによって利益を得るのは誰か。
そこまで考え、ウィスターは答えに辿り着く。
エドランド帝国は〈黒の使徒〉と繋がりを持っている。
とある噂話を思い出した。
数年前、プラタを打ち負かした黒い飛空戦艦とそこから現れた軍勢。
ずっと腑に落ちなかった。
エドランド帝国がそのような軍勢を所有しているという話は聞いたことが無い。
だが、〈黒の使徒〉が絡んでいたとしたら。
あのプラタが敗北したとしてもおかしくはない。
ウィスターはそこまで考え焦燥を覚える。
もし、この国に〈黒の使徒〉が潜んでいるとしたら。
仲間が、危ない。
レイナは心配ないかもしれない。
だが、フェイルは?
そして、力を貸してくれた瑠香たちは。
ウィスターが仲間の安否に気を取られていたその時。
防御に徹していたウィスターの剣が、イオの杖によって弾き上げられる。
がら空きになるウィスターの腹。
そこに、イオの蹴りが突き刺さる。
「ぐ、はッ!?」
吹き飛ばされるウィスター。
後方の壁に叩き付けられ、苦痛に呻き声を漏らす。
「いけませんね。戦闘中に上の空では、最悪の場合死んでしまいますよ」
膝から崩れ落ち地面に手をつくウィスターに近付き、イオが言う。
「ぐ……」
剣をつき、立ち上がろうとするウィスター。
その足が少しふらつく。
思った以上に今の一撃が重かった。
仲間の心配よりも、今はこの場を切り抜けることを考えなければ。
そう思考を切り替え、剣を構えるウィスター。
そして左手を広げる。
「──〝魔導録〟」
そう呟くと、その掌に一冊の本が現れる。
「ほう?」
それを見て面白そうに目を細めるイオ。
ウィスターは本を開く。
その体の周りにいくつもの魔法陣が展開される。
「“超加速”──“巨大化”──“砲撃”!」
叫ぶウィスター。
その掌から巨大化した魄の弾が放たれる。
通常よりも速度の出ているそれは、猛スピードでイオに迫る。
「魔術の重ね掛け、ですか! 良いですね! やはりあなたは面白い!」
迫る魄の砲弾を見て歯を剥いて笑うイオ。
そして掌を広げる。
「“火炎”!」
そこから爆炎が噴き出す。
炎の壁は砲弾を飲み込み焼き尽くす。
しかし。
その炎が真っ二つに裂ける。
そこから、剣を振り下ろしたウィスターが飛び出してくる。
それを見て目を見開くイオ。
だが、すぐに杖を構えて突き出す。
「甘いッ!」
杖がウィスターに迫る。
その時。
「──“瞬間移動”」
ウィスターの姿が消える。
今度こそ驚きに目を剥くイオ。
そして背後から聞こえる声。
「“筋力強化”──“超加速”──」
「ッ!?」
後ろを振り返ろうとするイオ。
だが、それよりも前に。
「──“斬撃”ッ!」
ウィスターが叫んだ。
イオの背が切り裂かれる。
そこから血が噴き出す。
追撃を仕掛けようとするウィスター。
だが、それは不発に終わる。
イオの姿が消えたからだ。
慌ててその姿を探す。
イオは少し離れた場所に立っていた。
「く、くく……悪く、ない」
肩を揺らして笑うイオ。
その背からボタボタと血が零れ落ちる。
血を流しながらも笑うその異様さにウィスターは息を呑む。
「良いでしょう……少し、本気を出しましょうか」
くつくつと笑いながら足を一歩踏み出すイオ。
それを見てウィスターは再び構える。
その時だった。
いきなりイオの背後に黒い靄が現れる。
それを見て身構えるウィスター。
敵の能力だろうか。
しかし、イオは黒い靄に目を向けると、少し驚いたような顔をした。
そして残念そうに首を振り、ウィスターに背を向ける。
「ここまでですか。残念です。もう少し遊びたかったのですが」
そう言い黒い靄の中に足を踏み入れるイオ。
「待て! どこに行く!」
それを追い掛けようとするウィスター。
黒い靄の中に入りながら、イオは振り向く。
そして言った。
「撤退です。爆弾を探すなりなんなりご自由にどうぞ」
その言葉に目を見張るウィスター。
「待て、まだ勝負は終わって──」
「今回はあなたの勝ちでいいですよ。──ですが」
にやりと笑うイオ。
「次は勝ちます」
そして黒い靄ごと消え失せるイオ。
広間に一人取り残されたウィスターはどっと脱力する。
剣を地面につき、肩で息をする。
何とか切り抜けられた。
あれが、〈黒の使徒〉。
強かった。
今回は引いてくれたようだが、もしあのまま戦っていたら。
どうなっていたか、見当もつかない。
そこで仲間のことを思い出すウィスター。
仲間は無事だろうか。
急いで連絡を取ろうとして、やめる。
そして歩き出す。
目的はまだ果たせていない。
爆弾を見つけ、止めなければ。




