112話 『前』
「オラァッ!」
エスタリオと名乗った男が地を蹴り、その剛腕を振るう。
アレンは魄の剣でそれを受け止めた。
耳障りな音を立てて爪と剣が衝突する。
「まだまだァッ!」
エスタリオは猛攻を止めない。
それを冷静に捌くアレン。
時に弾き、時に避ける。
「ははッ、やるじゃねェか!」
牙を剥き出して笑うエスタリオ。
そして腕を振り被り、拳を握る。
それを見たアレンは腰だめに剣を構え、エスタリオの顔面目掛けて突きを放つ。
「シッ!」
「ッ!?」
紙一重でそれを回避するエスタリオ。
恐るべき反応速度だ。
だが。
その直後、ほんの僅かに隙ができる。
「“紅炎”ッ!」
その隙を狙ったように爆炎が放たれる。
しかし、それをまたもやギリギリで避けるエスタリオ。
「ッ!? 外したか……!」
距離を取るエスタリオを見て、口惜しそうに言うカローレ。
「ナイスアシストだよ、カローレ君」
その肩を叩くアレン。
「……これが、〈黒の使徒〉か」
エスタリオを睨み付けてカローレが言う。
「おや、〈黒の使徒〉の相手は初めてかい?」
「……ああ」
アレンの問いに頷くカローレ。
「どう? 強いだろ?」
「ああ、嫌になるくらいな」
「これで『使徒の牙』。階級は一番下だ」
そのアレンの言葉にカローレは顔を顰める。
「これで、一番下か……」
「おい、何喋ってやがる! もうお終いかよ!?」
そこでエスタリオが喚く。
「いやね、君の強さについて話してたところなんだよ」
「ははッ、そうか! どうだ、俺様は強いだろう?」
アレンが言うと、牙を剥いて笑うエスタリオ。
「いやぁ?」
しかし、アレンは首を横に振る。
「……あ?」
「正直、拍子抜けって言うか。君、弱くない? よく〈黒の使徒〉入れたね?」
言葉を並べるアレンに驚愕の目を向けるエスタリオ。
カローレも胡乱な目でアレンを見る。
「何を、言ってやがる……」
「所詮、数合わせってことか。『前』とは比べるまでもない」
そのアレンの言葉に、目を見張るエスタリオ。
「『前』、だと……? てめェ、まさか……」
そこまで言い、更に目を見開くエスタリオ。
「そうか、思い出したぜ! 随分と変っちゃいるが、間違いねえ! てめェ、かいじ──」
その言葉が最後まで続けられることはなかった。
アレンの姿が掻き消えたからだ。
「そうだよ。その通りさ」
そして、エスタリオの目の前に現れたアレンは呟く。
「君が〈黒の使徒〉でよかった」
「ッ!?」
息を呑むエスタリオ。
「手加減せずに、済むからね」
アレンは呟く。
そして、その手に持った剣を閃かせた。
「ぐッ!?」
血飛沫を撒き散らし、エスタリオは倒れ伏す。
それを見て、カローレは目を剥く。
先程の苦戦が嘘のような決着のつき方。
アレンは、手を抜いていたのか。
その時。
パチパチと小さい拍手がアレンとカローレの耳に届く。
そちらの方を振り返る二人。
そこには一人の女が立っていた。
明るい茶髪。
高い背に、スタイルのいい体。
その身を包むのは粗末なシャツとズボンだ。
なぜかそれがひどく様になっている。
「いやぁ、さすがだね。アレンくん」
「……アスカ」
アスカと呼ばれた女はにこやかにアレンに話しかける。
「君が来ることは予想してたけどね。まさかここまであっさりとは」
「その余所行きの顔やめなよ。気持ち悪い」
アレンは顔を顰めてそう言う。
「そう言うなよぉ。ね、そこの男の人、誰?」
「この人? カローレ君だよ。魔術騎士団団長だ」
「へー! すごいねぇ!」
「おい」
そこで声を上げるカローレ。
「こいつは誰だ?」
アスカの方を見てカローレは問う。
「こいつはアスカ。いけ好かないヤツ。あと……」
そこで言葉を切るアレン。
そこでカローレは気付く。
アレンは、剣を消していない。
エスタリオは既に倒れている。
ならば、なぜ。
そこで目を見張るカローレ。
まさか、この女。
「あと、〈黒の使徒〉だよ」
そこで付け加えるように言うアレン。
「あららぁ、せっかくいい男と知り合えるチャンスだったのに」
それを聞き、にたりと笑うアスカ。
まるで、闇。
周囲が暗くなったと錯覚するほどの気配。
その時、アスカが手を振る。
その手の甲に彫られた刺青。
『黒い王冠』。
「『使徒の王』……!」
それを見て軽く呻くカローレ。
ようやく『使徒の牙』一人を倒したと思ったら、次は『使徒の王』まで出てきた。
最悪だ。
しかし、カローレは身構える。
勝てないかもしれない。
いや、確実に勝てないだろう。
だが、やるしかない。
この国の平和を守るため。
だが。
「ああ、そう身構えないでくれよ。戦う気はないんだ」
こげ茶色の瞳を細めてアスカが言う。
その次の瞬間、アスカの姿が消える。
「ッ!?」
慌ててその姿を探すカローレ。
アスカはすぐ近くにいた。
倒れ伏したエスタリオの近くに立つアスカ。
「うん、傷は浅い。まだ戦えるね」
気絶したエスタリオを見てアスカは頷く。
そしてアスカは手をかざす。
すると、エスタリオの体を黒い靄のようなものが包み込む。
黒い靄の中に沈み込んでいくエスタリオ。
「──逃がさないよ!」
それを見て、アレンが地を蹴る。
目にも留まらぬ速さで駆け出し、エスタリオ目掛けて剣を突き出すアレン。
しかし。
「ッ!?」
「させないよ」
その剣の切っ先は、エスタリオに届く寸前で空中に現れた小さな黒い靄に吸い込まれてた。
そのままずぶずぶと靄の中に沈んでいく剣。
「くッ!」
悔しそうに呻き、跳び退るアレン。
その間にもエスタリオは黒い靄の中に沈んでいく。
そしてその姿が完全に見えなくなる。
すると、黒い靄は最初から存在しなかったように消え失せた。
「……逃げられたか」
顔を顰めてアレンは呟く。
その顔を見て、可笑しそうに肩を揺らして笑うアスカ。
「くくくっ、残念だったねぇ」
「ちッ」
アスカの言葉を聞き、舌打ちをするアレン。
「さて、回収もできたし、そろそろ帰るとするかな」
にやにやと笑いながらアスカが言う。
「それじゃ、またねぇ」
アスカの背後に先程と同じような黒い靄が現れる。
踵を返し、その中に足を踏み入れるアスカ。
「待てッ!」
それを追おうとして走り出そうとするアレン。
だがそれよりも前に。
「じゃあねー。『みんな』によろしく」
にやりと笑ってアスカが言う。
その姿が完全に黒い靄に包まれ、そして。
その場から、跡形もなく消滅する。
「……逃げられた」
アスカが立っていた場所を睨み付けてアレンは悔しそうに呻く。
その肩にカローレは手を置く。
「奴らの目的はわからないが……今は爆弾を見つけることが先決だ」
「……そうだね、急ごうか」
カローレの言葉に頷くアレン。
そして二人は歩き出した。




