111話 正しいこと
充はふと溜め息を吐いた。
目の前には瑠香が横たわっている。
ここは、監獄の地下深く。
先程の場所から少し離れた場所だ。
場所を移した理由は、あの場所に長く居たくなかったからだ。
あそこには、あの男の死体がある。
それを、瑠香に見せたくなかった。
「……無茶しやがって」
目を閉じた瑠香の顔を見て充は呟いた。
そして自分の顔に笑みが浮かんでいることに気が付く。
それに驚く充。
顔に手を当て、笑みをなぞる。
あの日。
母と父を殺されたあの日から、上手く笑うことができなかった。
理由はわかっている。
自分に笑う資格などない。
そう、考えていたからだ。
だが、今こうして笑っている。
瑠香と出会ってから、自分が変わってきている気がする。
「不思議な奴だ」
瑠香の寝顔を眺めて充は呟く。
これまでずっと復讐のことだけ考えて生きてきた。
だが、そんな自分が、この少女のことを守りたいと思っている。
瑠香が傷つけられたと知ったとき、心の底から沸き上がった感情は忘れない。
充は善人ではない。
復讐を考えているのだ。
当たり前のことだろう。
そんな自分に、まだこんな感情が残っていたとは。
「瑠香」
そっと少女の名を呼ぶ。
「ぅ……ん……?」
微かに呻き声を上げる瑠香。
その瞼が微かに震え、目が開かれる。
「……悪い、起こしたか」
「だい、じょぶ……けほっけほっ」
微かに笑い、その後に咳き込む瑠香。
「まだ喋らない方がいい」
「ううん、だいじょぶ、だから」
少し苦しそうにしながらも首を振って瑠香は言う。
「あの人、は……?」
「……ああ、あいつか」
すぐに瑠香の言いたいことを察する充。
「倒した。安心しろ」
「そ、っか」
言葉少なにそう言う充。
瑠香は軽く頷いて、俯く。
「倒す以外に、できなかったのかな……」
「……」
瑠香の言葉に、充は答えない。
瑠香の理想を否定するつもりはない。
だが、甘すぎるとも思う。
「話、聞いてもらえなかった……」
「……ああいうヤツは、少なからずいる。気にするな」
肩を落とす瑠香に充は声を掛ける。
「でも……」
「大丈夫だ」
「……え?」
充の言葉に顔を上げる瑠香。
「お前は、間違っていない」
充は言った。
甘すぎる理想論。
だが、それを捨てる必要はない。
「お前は、お前が正しいと思うことを貫けばいい」
瑠香がその理想を貫くためなら。
充は、なんだってする。
「私の、正しいと思うこと……」
掌を見つめて瑠香が呟く。
その時だった。
ブツッっという音が通路に鳴り響く。
そして。
『──爆弾は四ヵ所に仕掛けた。それぞれバビロニアの東西南北にある塔に仕掛けてある!』
そんな濁った声が放送機から流れ出た。
そして再びブツッと言う音と共に放送は途切れた。
「今のは……」
顔を上げて充は呟く。
「……行か、なきゃ」
瑠香が体を起こそうとする。
「待て、まだ寝ていた方が……」
それを止めようとする充。
しかし、瑠香は首を振る。
「私、行かなきゃ」
そして充の伸ばした手を掴む瑠香。
「お願い、行かせて、充」
「……」
「それが、私の思う正しいこと、だから。お願い」
「……そうか」
瑠香の言葉を聞き、充は頷く。
そして立ち上がり、踵を返す。
「急ぐぞ。ここから一番近いのは恐らく東塔だ」
「……うん!」




