103話 〝魔導録〟
「──〝魔導録〟」
ウィスターはそう呟く。
その掌に魄が集まる。
そしてその魄が形づくる物は。
「──本、か」
ウィスターの手に握られた一冊の本を見て、ナレクが呟く。
「そうだ」
ウィスターは本の表紙を軽く撫でながら頷く。
一見すればただの本だ。
しかし、勿論これはただの本ではない。
本を開き、あるページをナレクに向けるウィスター。
そこにはびっしりと魔法陣が書き込まれている。
「この本を手に持てば、この本に書いてある魔術は常時発動できる。──例えば、こんな風に」
本から魔法陣が一つ浮き上がる。
空中に刻まれた魔法陣が一瞬光った。
そして。
その魔法陣から爆炎が噴き出す。
「──くッ!?」
その炎を後ろに飛び退くことで回避するナレク。
空中の魔法陣が消える。
それと同時に、本に描かれた魔法陣の一つが消えた。
「今のは一体なんだ? 貴様の魄で発動させた魔術ではないだろう?」
ナレクは訝し気に眉を顰める。
魔術も魄を消費して発動する。
だから、幽眼を使っていれば、魄の動きで魔術の発動を先読みできる。
だが、今の現象は違う。
今、ウィスターの魄は動かなかった。
それでは魔術は発動できないはずだ。
「私の〝魔導録〟は、魔術のストックができる。この本に魔法陣を描き、発動に必要な魄を込めることでいつでも発動できるようになる。詠唱や媒介も不要で、魄の消費もない」
ウィスターのその言葉に目を剥くナレク。
そして顔を顰める。
中々厄介な能力だ。
この能力を使われては、幽眼を使って魔術の発動の先読みをすることができない。
また、どんな魔術が、どれだけの数ストックしてあるかわからない以上、迂闊に手を出せない。
「く、くくッ! なかなかいい能力を持っているな!」
獰猛に笑うナレク。
そして、剣の切っ先をウィスターに向けて構える。
「もっとだ! もっとお前の力を見せて見ろ!」
そう叫び、ナレクはウィスターに突進する。
それを見るウィスターは動かない。
「シッ!」
剣を突き出すナレク。
しかし、その剣は硬質的な衝突音と共に、ウィスターの目の前で止まる。
「何ッ!?」
目を見開くナレク。
そして、衝撃音と共にナレクの体が後ろに吹き飛ばされる。
「ぐッ!?」
地面を転がり、体勢を立て直すナレク。
「ッ! 今のは一体──!」
「剣を受け止めたのは“防御魔術”。お前を吹き飛ばしたのは“砲撃魔術”だ」
消える魔法陣を眺め、ウィスターは事もなげに言う。
「ちッ、厄介な能力だな」
舌打ちをするナレク。
ウィスターはちらりと自身の掌を見る。
この能力の強みはノーモーションで魔術を発動できることだ。
だが、弱みもある。
発動中は、魄が常時消費される。
あまり長い時間は持たない。
決着は、早めにつけた方が良さそうだ。
ウィスターは足を一歩踏み出す。
そして、魔術を発動させようとする。
だが、すぐにその足を止めた。
ブツッという異音が耳に入ったからだ。
そして次の瞬間。
『──爆弾は四ヵ所に仕掛けた。それぞれバビロニアの東西南北にある塔に仕掛けてある!』
町中に響き渡るような大音響で、放送機が鳴る。
その放送を聞き、驚きに目を見張るウィスター。
そしてハッとする。
「これはまさか、デラジスの声──」
「ちッ! あの愚図野郎が!」
ナレクが口汚くデラジスのことを罵る。
そして剣を納めるナレク。
そしてそのまま踵を返す。
「おい、どこへ行くつもりだ?」
その背に問い掛けるウィスター。
「状況が変わった。俺はデラジスを回収して帰国する」
「何──?」
「ウィスターよ」
振り返り、ウィスターを見るナレク。
その目を見て、ウィスターは息を詰める。
その目には、憎しみの炎が燃え盛っていた。
「俺の言葉を忘れるな。俺は皇帝ルヴァンシュを憎んでいる」
それだけ言い、再び踵を変えるナレク。
「おい、待て──!」
ナレクを止めようとするウィスター。
しかし、それよりも先にナレクの姿が掻き消える。
「──逃げられた、か」
顔を顰めてウィスターは呟く。
そして、ナレクの最後の言葉を反芻する。
『皇帝ルヴァンシュを憎んでいる』
「どういう意味だ……?」
やはり納得がいかない。
何故、皇帝を憎んでいる者が皇帝親衛隊に所属しているのだ?
ナレク・ギーデルス。
一体何者だ?
敵か?
味方か?
そこで、ふと我に返るウィスター。
先程の放送。
あれはなんだ?
誰が、何のために放送した?
そしてある人物を思い浮かべるウィスター。
エメリア。
ウィスターの叔母であるあの人ならば、できる。
ならば、その意図はなんだ?
そこまで考え、踵を返すウィスター。
その視線の先には、一番近くの塔である北塔があった。
「止めろ、ということですね、叔母上」
そう呟き、ウィスターは走り出した。




