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100話 銃声

 

「みつ、る……どうして、ここに……?」

 朦朧とした意識の中で瑠香はそう問い掛けた。


「偶然、お前たちがこの建物に入るのが見えたんだ」

 瑠香を抱き留めた充がそう答える。


 瑠香を抱くその腕の力は、決して強くはなかった。

 しかし、しっかりとしたその力に、瑠香は安心感を覚える。


 微かに笑う瑠香の、その首にくっきりと刻まれた手形に充がそっと手を添えた。


「みつる、ごめん……わたし……」

 瑠香は口を開き、そこで言葉を止めた。


 瑠香を見下ろす充の表情が、見たこともないように歪む。

 微かに充の震えが伝わってきた。


「間に合って、良かった……」

 震え声でそう言う充を見て、瑠香は微かに目を見開く。


 ここまで感情を露わにした充は見たことが無い。

 ああ、自分はいつの間にか、この少年の欠けてはいけない存在になっていたのだ。


 そう思うと、何故だかとても嬉しくなった。

 こんな状況なのに、笑みが浮かんでくる。


「みつる……ありがと……」

 首に添えられた手を瑠香はそっと握る。


「瑠香、少し待っていてくれるか……?」

 囁くように充が言った。

 小さく頷く瑠香。


 それを見て、充はそっと瑠香を抱きかかえる。


「……みつる」

 瑠香は充を見上げる。

 その不安げな声に、充は微かに笑って頷いた。


「大丈夫だ。俺に任せろ」

 それを聞いて、瑠香は安心して笑う。


 その首がかくんと傾いた。

 手も力なく垂れ下がる。


 充は気絶した瑠香を壁際に運び、そっと降ろした。


「待っていてくれ、瑠香。俺が決着をつけるから」

 そう囁き、充は背後を振り向く。


 そこには肩を押さえて呻くダグラの姿があった。

 押さえた手の隙間から血が流れ出している。


「てめえ、よくもやってくれやがったなッ!」

 充を見てダグラが喚く。


「そのガキの仲間か!? 助けに来たって訳かッ!」

 叫ぶダグラに充は無言で近付く。

 それを見たダグラはにやりと厭らしく笑う。


「聞いたかよ、そいつの言葉。優しく、優しくって気持ち悪いったらありゃしない」

 地下通路に充の足音が響く。


「そいつはとんでもない馬鹿だぜ。くだらない理想に縋って、俺を仕留めるチャンスをふいにしやがった!」

 腕を広げてダグラはまくしたてる。


「敵の俺に向かって『話し合おう』なんて言いがったんだぜ。馬鹿としか──ぐッ!」

 銃声が響き渡る。

 ダグラの言葉は悲鳴で遮られた。


 片足を打ち抜かれたダグラは、片膝をついて呻き声を上げる。


「──お前がベラベラ喋ってくれたお陰で大体の事情は分かった」

 充はダグラの目の前で足を止める。

 そして、ダグラの髪を掴み、上を向かせる。


「ッ!」

「言っておくが、俺は瑠香ほど優しくない。言葉に気を付けるんだな」

 そう言う充の顔を見て、ダグラは目を見開く。


 能面のような無表情な顔。

 だが、その目だけは違った。


 静かな怒りが、その目には宿っていた。


「ぐッ!?」

 充に腹を蹴られ、吹き飛ぶダグラ。


「瑠香が受けた苦しみ、お前も味わえ」

「くッ──“分身”ッ!」

 充が静かに言うと、口を歪めてダグラが叫んだ。


 次の瞬間、黒い人影が通路を埋め尽くす。


「く、今のうちに……ッ!」

 ダグラは踵を返すと、走り出そうとする。


 その時。

 銃声が数発響く。


 後ろを振り向くダグラ。

 そして目を見開いた。


 あれだけいた分身が、半分以上減っている。


「くッ!?」

 ダグラは分身を増やそうとする。


 しかし、それよりも前に再び銃声が鳴る。

 それによって全ての分身が消え失せた。


「くそッ、化け物めッ!」

 ダグラは叫び、分身を作り出そうとする。


 だが、その時。

 乾いた銃声が、一発。 


「か、は──?」

 目を下ろし、自身の体を見るダグラ。


 血だ。

 血が流れている。


 血が、左胸に赤い染みを作っていた。


「一体──」

 一体何が起きたのだ。

 そう言おうとした。


 それよりも前に、体がぐらりと揺れる。

 ダグラは地面に倒れ込んだ。




 地面に倒れるダグラを見て、充は息を吐く。


「ちッ──いつにも増して嫌な気分だ」

 充は頭を押さえた。


 殴られる瑠香。

 蹴られる瑠香。

 首を絞められる瑠香。


 その情景が頭に浮かんでは消える。


「──胸糞悪い」

 首を振って充は呟く。


 そして瑠香の元へ歩き出した。


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