99話 〈巨力騎士団〉
「撤退!」
「魔術騎士団が到着したぞッ!」
「急げ! 巻き込まれるぞ!」
眼下で何やら叫び声が聞こえる。
「な、何……?」
日和は不安げに眉を顰める。
日和は今、広場を見渡せる場所に隠れていた。
兵士を数人倒したところで、怖くなって逃げてきたのだ。
下では隼人、リー、レイナが戦っている。
「私も、戦わなくちゃ……」
そう呟く日和。
しかし、その足は動かない。
怖いものは怖いのだ。
仕方がない。
そうやって自分に言い聞かせていた時。
眼下から叫びが聞こえてきたのだ。
その叫びと共に退いていく兵士たち。
「あ、あれ、終わった、のかな……?」
首を傾げ、下を覗き込む日和。
その時、下から巨大な地響きがして、人影が吹き飛んで行くのが見えた。
「リー!?」
その姿を見て日和は叫ぶ。
「そんな……!」
日和はリーの下に向かおうと踵を返した。
その時。
「てめーか? 侵入者ってのはよォ」
いきなり声を掛けられ、日和はびくりと肩を震わせる。
バッと後ろを振り返る日和。
さっきまで日和がいた場所。
眼下の広場を見下ろせるその場所に、誰かいる。
手すりに腰掛け、日和を品定めするように見ている男。
「だ、誰……!?」
身構えて日和は男に問う。
男はその問いを受け、指を一本立てる。
「魔術騎士団、〈巨力騎士団〉団長、ビリー」
そして、簡潔にそう答えた。
「魔術騎士団……!」
それを聞き、目を見開く日和。
ウィスターから話は聞いていた。
バベル帝国の守護者たち。
かなりの手練れが揃っていると聞いている。
「何の、用ですか……?」
一歩後ろに下がり、日和は再度問う。
ビリーと名乗った男はにやりと笑う。
「お前らを捕まえに来た。大人しく従え」
そしてそう言った。
その言葉に顔を顰める日和。
「……嫌です」
「そうか」
日和がそう答えると、あっさりと頷くビリー。
その様子に、拍子抜けする日和。
「捕まえるんじゃ、ないんですか?」
「おう、捕まえるぞ。大人しくしないなら、力ずくでな」
その言葉に、目を見開く日和。
そして、日和が逃げ出そうとするよりも早く。
「うーん、しかし、いい顔してんぜ、お前。こりゃ将来有望だなァ」
一瞬で日和の前へ移動したビリーが、日和の顔を覗き込んでいた。
「なっ!?」
一瞬のことに付いて行けず、目を見開く日和。
「俺の相手がこんないい女だなんてな。俺ァ幸せ者だぜ」
日和の顔を見てニヤニヤと笑うビリー。
「──っ!」
我に返った日和は腕を振る。
その手を事もなげに掴むビリー。
「っ!?」
「おー、怖。すぐ手が出るタイプかよ」
掴まれた腕を振りほどいて、後ろに大きく飛ぶ日和。
その飛距離を見て口笛を吹くビリー。
「すげーな、お前。ただ者じゃねーだろ」
日和はその言葉を無視して注意深くビリーを観察する。
この男、日和の攻撃を受け止めた。
霊装を纏っていなかったとはいえ、日和の腕力は常人のそれを遥かに凌ぐ。
それを、簡単に受け止めた。
強い。
「なんだ。どうしてこんな力持ってるのか、って顔だな?」
日和の顔を見て、にやりと笑うビリー。
思っていたことを言い当てられ、日和は顔を顰める。
「教えてやってもいいぜ」
「え?」
その言葉を聞き、日和は思わず声を漏らす。
「教えてやってもいいぜ。──ただし、お前の名前を教えてくれたらな」
日和は訝し気に眉を顰める。
何故、よりによって名前なのだ。
何の意味があって……
「おいおい、そんな顔すんなよ。別に名前訊いただけじゃねーか」
しかし、緊張感のないビリーの様子を見た日和は、馬鹿馬鹿しくなって溜め息を吐いた。
名前くらい、言っても大丈夫だろう。
「日和。雷門日和、です」
「そうか」
日和の言葉を聞いたビリーはにやりと笑い、掌をこちらに向ける。
「いい名だ。──あと、貰っとくぜ、『これ』」
「は──?」
その瞬間だった。
ビリーの掌に、『雷』が走る。
次の瞬間、日和は横に飛び退いていた。
そのとっさの判断は、正しい。
日和が元立っていた場所を雷撃が打ち抜く。
「なっ──!?」
それを見て、目を見開く日和。
「これは、私の──!」
「良い勘してるな」
腕を振りながらビリーは言う。
「どうして……!」
日和は疑問を口にした。
何故だ。
何故、この男は自分と同じ力を使える?
「あ、一応言っとくぜ? こういう『力』を持ってる人間同士の戦いで、むやみに情報は教えない方がいいぜ。──今のだと、『名前』とかな」
「……っ!?」
その言葉を聞き、日和は息を呑む。
そうか。
名前か。
名前を教えたからか。
恐らく、敵の能力だろう。
名前を聞くことで、相手の能力を奪う、もしくは模倣する能力。
そこで日和はハッとする。
慌てて掌を見る。
そこにはちゃんと電気が走っていた。
ほっと息をつく日和。
どうやら、『奪う』ものではなかったようだ。
「お、気付いたか。そう、俺の能力は名前を聞くことで相手の能力をマネする能力だ。さっきの怪力と超スピードは、俺の部下の『ウーデイ』ってやつの“筋力強化”だ」
「どうして……」
「どうして教えるのかって? そりゃ、もうお前に勝ち目がないからだよ」
日和の言葉にそう返すビリー。
ニヤニヤとした笑いを張り付けて日和の方へ歩いて来る。
「こ、来ないで……!」
「やだね」
一歩後ろに下がる日和。
ビリーはどんどんと近付いてくる。
「最後はお前の力で止め刺してやるぜ」
「……っ!」
日和は身を竦める。
ビリーの腕に、雷光が走る。
その光が大きくなる。
バリバリと言う音が聞こえる。
日和は咄嗟に目を瞑る。
次の瞬間、光が大きくなり。
そして、消えた。
「なんだ!? ど、どうなってやがる!?」
ビリーの慌てたような声が聞こえた。
恐る恐る目を開く日和。
日和の周りの地面が黒く焼け焦げている。
だが。
その中心に立つ日和には傷一つない。
「な、なんで……」
「そりゃ、こっちが聞きたいぜ! なんで効かねーんだよ!?」
唖然とする日和。
ビリーは目を剥いて喚き立てている。
何故だ。
何故、自分には効かなかったのだ?
ビリーが外したのか?
だが、その線は薄そうだ。
ならば、どうして……
そんな考えがぐるぐると頭の中を巡る。
その時だった。
「──ぐはッ!?」
轟音と共に、ビリーが日和の斜め後ろの壁に叩き付けられる。
そのまま地面に倒れ込むビリー。
慌ててビリーが元居た場所に目を向ける日和。
そこには腕を振り抜いた姿勢のレイナがいた。
「れ、レイナさん……!」
「大丈夫だった?」
日和が叫ぶと、小首を傾げてレイナがそう問う。
「は、はい、助かりました……」
日和は頷く。
そして倒れているビリーの方へ目を向ける。
白目を剥いており、完全に気絶していることが分かった。
「そう、よかった」
レイナはそれだけ言うとさっさと踵を返してしまう。
「下はもう全部片付いた。行こう」
「……は、はい」
日和はビリーから目を離すと、レイナを追いかけて歩き出した。




