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異世界渡航者シリーズ

これはとある異世界渡航者の物語・特別編「短編:夢喰と眠り姫」

作者: かいちょう

 ここは小さな牢獄だ。

 とは言っても部屋は広く天蓋付きの巨大なシングルベッドにダンスをしても十分な広さのバルコニー。

優雅に客人をもてなす応接室や豪華な装飾など、調度品も一級品ばかりで牢獄と表現するにはほど遠い部屋だった。


 にも関わらず小さな監獄と表現したのは、ここには自分1人しか存在していないからだ。


 誰を呼んでも返事はこない。中身のない人形のような使用人しかいない。

 自分以外は心を持っていない、そんな世界だった。


 ゆえにずっとベットに横たわり、ただの虚空と変わらない天涯ベットの天井を見つめるのみだ。


 自分以外、ここにはいない……自分の心の穴を埋める者は誰もいない。

 そう思っていた。


 いつからだろう?こんな事になったのは?


 誰かが自分を批難し、周囲もそれに賛同し、自分は孤立していった。

 誰かに会えばいつも嫌悪の目で見られた。

 いつしか、その視線に耐えられなくなり、外の世界に飛び出すのが嫌になった。


 だからだろうか?ずっと一日中ベッドで本を読んでは眠り、起きてはまた本を読み、また眠る。

 そういう生活になった。


 いつしか本の中の物語と現実の区別がつかなくなった。

 夢の中でも本の物語が紡がれ、それが続き、どこまでが現実でどこからが夢でどこからが本の中のお話かわからなくなった。


 そんな生活がずっと続くうちに、心のどこかでこんな世界から自分を連れ出してくれる。

 解き放ってくれる自分だけの王子様の存在を求めるようになった。


 現実と夢と本の物語の区別が曖昧になる中、ただ焦がれた。


 しかし、そんな者が現われるはずがない。

 現実だろうが本の中の物語だろうが自分に居場所はない。そして夢の中でさえ、自分は孤独なのだから……


 「そうでもないぞ?」


 いつものように自身の想いを否定していると、どこからか声が聞こえた。

 思わず起き上がると、ベッドの隣に置いてある椅子に何者かが座っていた。


 心のない中身のない人形のような使用人ではない、れっきとした人であった。

 格好は漢服に仮面をつけており、来ている漢服はどこか中国の宋朝時代の皇帝を思わせるものだった。

 とはいえ、声からしてその人物は恐らく男性ではなく女性だろう。


 その仮面をつけた人物はリラックスした様子で腰掛けた椅子をゆらゆらさせながら自己紹介をする。


 「おはよう眠り姫。われは白亜、端的に言えば女神だ」

 「女神…さま?」


 突然現われて自らを女神だと言った白亜という女性は次に部屋の入り口を指さす。


 「そして眠り姫が求める王子様はそこにいる。そこで君が入室許可を出すのを待っている」


 言われて部屋の入り口の方を向くと、ギィィィと音を立てて重い扉が開く。

 開いた扉の先には1人の男性が立っていた。


 正装にマントを羽織ったその姿はまさに思い描いた通りの王子の姿そのものだった。


 「王子…さま?」


 うっとりとして頬を染めて思わず声を出すが、王子様はあまりそう呼ばれることに慣れていないのか照れ隠しのように指で頬を掻いて視線を逸らしている。


「まぁ……一様王子様かな?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」


 王子の言った言葉が理解できなかった。

 自分が与えた役割?彼に?

 どういう事だろうか?


 自分のそんな反応を見て、女神と名乗った白亜がため息を漏らす。


 「やはり気付いてないのか……この世界が現実ではなく夢想世界。君が自身で思い描いた君だけの夢の中の世界だってことに」

 「……え?」


 白亜という女神に言われ、ようやく気付く。

 いや、思い出す。


 そうだ、ここは現実じゃない。

 夢と本の物語と現実の境目が曖昧になっていく中で、いつしか夢が終わらなくなったのだ。


 もう一体いつから目覚めていないのかすらわからない。

 夢でも現実でも虚無感しかなくなってからだ……起きていても寝ていても結果が変わらない。

 ならば目覚めなければいい。

 そう思うようになって、いつしか現実と夢の違いを認識できなくなっていたのだ。


 「そうだった……ここは私の夢。じゃあ、あなた達は一体?」

 「夢の中の住人には見えないって?まぁ、そりゃそうだ。何せわれらは外部から君の夢に入り込んできたんだから」

 「外部……?」


 白亜の言うことが理解できなかった。

 外部とは一体どういう意味だろうか?

 誰かの夢に入り込むなんて、そんな事できるものだろうか?


 しかし、女神を名乗る白亜は言う。


 「信じられないかな?でも、実際われらはこうして君の夢の中にいる。この夢想世界の主たる君と話している」

 「それは……」

 「君がそういう夢を見ていると思うのも事実だろう。それは間違いじゃない。人にとって自分が認識しているものだけが世界なのだから……だが事実は述べた通りだ」


 女神を名乗る白亜の言葉に何か言い返そうとしたが何も浮かばなかった。

 しかし、それが事実ならば一体どうやって自分の夢に入り込んだというのだろう?


 その疑問に自分に王子の役割を与えられたと言った男の子が答える。


 「信じられないのも無理はない。普通は他人の夢に入り込むなんてできないしな……俺たちが君の夢に入り込めたのはこの能力のおかげだしな」


 男の子はそう言って懐から液晶画面のついたストップウォッチのようなガジェットを取り出してこちらに見せてきた。


 「それは?」

 「アビリティーチェッカー。言ってもわからないだろうけどアビリティーユニットの中核をなしている」

 「アビリティーチェッカー?」

 「まぁ、いきなり言われても普通わからないよな?」


 自分の反応に苦笑しながらそう言って男の子はアビリティーチェッカーというらしいストップウォッチのようなガジェットの脇にあるボタンを押す。

 すると液晶画面上に複数のエンブレムが投影された。


 「これらのエンブレムは1つ1つが異能の力、それを体現している。アビリティーチェッカーは言わば能力を管理するツールと言ったところかな?」


 そう言って男の子は投影されたエンブレムの1つを指さし。


 「そしてこのエンブレムの能力が精神潜行(メンタルダイブ)。本来は標的の精神世界に潜る能力だが今回はこれを応用させてもらった」


 そう言って男の子はこちらへと近づいてくる。

 アビリティーチェッカーを懐にしまい、手を差し出してくる。


 「さぁ、一緒に来て」


 言われるままに男の子の手を取って導かれるままバルコニーに出る。

 そこで、異様な光景を目にした。


 「え……?何、これ?」


 それは歪な世界だった。

 バルコニーから見下ろした眼下に広がる世界はまるで統一性のない歪な混沌とした風景だった。


 色んな文化圏の建物や景色が古今東西関係なく入り乱れている。

 これは一体どういうことだろう?

 これが自分が思い描いた夢の世界だというのか?


 「驚いたかい?まぁ無理もないよな?こんなゴチャゴチャした世界」

 「こんなのが私の夢の世界だって言うの?」

 「半分正解で半分間違いかな?前にこれに似た光景を俺も見たことがある。その時は疑似世界といって次元の狭間に漂う色んな世界で忘れ去られた文明遺跡を寄せ集めたものだったが……」


 そう言って男の子は女神を名乗る白亜を軽く睨んだ。

 女神を名乗る白亜は仮面をつけているため表情は窺えないが椅子から立ち上がるとバルコニーにやってくる。


 「これもそれと似たような原理でできた世界だな。眠り姫が他人の夢を見境なしにかき集めて強引につなぎ合わせできた夢想世界……複数人の夢の集合体と言うべきかな?」


 女神を名乗る白亜はそう言って自分の隣に立って眼下の歪な世界を見下ろす。

 しかし白亜の言ったその言葉を受け入れることはできなかった。


 「ちょっと待って!他人の夢を見境なしにかき集めたってどういうこと!?これは……この光景は私が他人の夢を奪って生み出したって言いたいの!?」

 「信じたくないだろうがその通りだ。これは紛れもなく眠り姫が他者の夢を侵食した結果だ」

 「ウソだ!そんなの信じない!!」


 思わず叫んだが白亜と男の子は顔を見合わせ困った表情を見せるだけだった。


 「信じたくない気持ちはわかるが、現実問題として多数の人間が実際に意識を失い病院に運び込まれている。対処不可能な原因不明の病として今や国中大パニックだ。何せ法則性もなしに次々と意識を失い倒れていくのだからな、無理もない」

 「そして、それは君の病床を中心に発生しており、今も拡大している」


 白亜と男の子の言葉に動揺して思わずその場にへたり込んでしまう。

 自分が他人の夢を侵食し、他人の意識を奪い自分の夢に取り込んだ?

 そんな事自分にできるわけがない!

 そう思って頭の中で必死に否定するが、白亜はそんな懇願をあっさりとはね除ける。


 「残念だけど眠り姫、それが君の能力なんだ。異世界転生者である君の」

 「転生……者?」

 「そう、君は転生者……そして生まれ変わった新たな世界で手にした力が今説明した通り他人の意識を奪い自身の夢想世界に取り込む能力……箱庭の夢」

 「箱庭の夢……」


 そう言われてもピンと来ない。

 何せ自分は他人の意識を奪ってやろう、自分の夢に取り込んでやろうなどと考えたこともない。

 そんなこと想像するだけでも恐ろしいのに……実行できるはずがない。

 しかし、白亜はそんなこちらの思いを完全に否定する。


 「箱庭の夢に本人の表層意識は反映されない。深層心理が深く作用するんだ。眠り姫、君は自分を否定し社会から抹消した周囲の人間を憎んでたんじゃないか?妬んでたんじゃないか?そういった深層心理が箱庭の夢を起動し、国中をパニックに陥れている……違うか?」

 「な……私は……」


 否定したい。でも、心のどこかでそれは望んでいたことでもあった。


 誰かが自分を批難し、周囲もそれに賛同し、自分は孤立していった。

 誰かに会えばいつも嫌悪の目で見られた。

 いつしか、その視線に耐えられなくなり、外の世界に飛び出すのが嫌になった。


 だから妬んだ、我が物顔で自分の道を突き進む者を。

 だから憎んだ、自分にすべての罪を擦り付けてくる者を。


 いっそ、牢獄にでも閉じ込めて一生苦しみ続ける人生を送らせてやりたいと。


 箱庭の夢という能力は、そんな自分の負の感情に反応したというのだろうか?


 「あなた達は……私をどうしたいの?殺しにきたの?私に意識を奪われた人達を助けるために?」


 問いかけると男の子は首を横に振る。


 「半分正解で半分間違い……俺たちは確かに君を止めに来た。最終的には君を殺す……そういう意味では俺は君からこの夢想世界で王子の役割を与えられてるが死神だろうな?けど、それは意識を奪われた人達を解放しようって人助けが目的じゃない……むしろそっちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「へ?」

 「俺たちは基本、異世界の事情には干渉できない……してはいけないからな」


 そう言って男の子は懐から再びアビリティーチェッカーを取り出す。


 「俺たちが用があるのは君の能力のほう。「箱庭の夢」その能力を奪いに来たんだ」

 「能力を奪いに?」

 「そう、そして能力を奪った後は君を殺すことになる……これに関しては君がどこまで転生前の記憶を持ってるかで事情の説明は変わってくるが……」


 そう言って男の子が白亜の方を見るが白亜は首を振る。

 止めとけということだろう。

 自分だって転生者と言われても何が何やら……


 「眠り姫は転生前の記憶は今の記憶と地続きだから説明しても理解できんだろう」

 「地続きって一体どういう意味なの?」


 白亜の言葉に何か嫌な予感がした。

 しかし、その意味を聞こうとした直後、異変が起こる。


 空間全体が揺れ出し、バルコニーから見える景色の中に異質なものが現われたのだ。


 「来たか!」

 「やれやれ、ようやくお出ましか」

 「え?……何あれ?」


 男の子と白亜はそれの出現を見て雰囲気を一変させる。

 異質なそれはドス黒く気味の悪い靄のようなものを纏った巨大な何かだった。

 そうまるで瑞獣の特徴をすべて有したような禍々しい巨大な怪獣と言うべきか。


 見ていると恐怖で身震いがする……しかし、どこか見覚えのある光景であった。

 なぜだろうか?自分はあの存在をどこかで見たことがある気がする。


 「あれは夢喰。君の能力「箱庭の夢」の一部で現在暴走している本体だ」

 「ゆめ…くい?」

 「箱庭の夢という能力の本質はあれが他人の意識に潜り込んで浸食し、君の夢に引きずり込むというものだ。とはいえ、本当なら短期間で爆発的に成長して複数を同時に引きずり込める能力じゃないんだがな」


 白亜の説明に何か自分がとんでもなく恐ろしい事をしている恐怖を感じた。

 他人の意識を浸食して自分の夢に引きずり込んでいる?しかも複数を短期間で?


 思わず身震いするが、男の子はそんな自分の肩をポンとやさしく叩くと。


 「心配しなくていい。あれは倒せる」


 そう言ってグっと親指を立てて見せてきた。

 続けて白亜も言う。


 「そもそも君から箱庭の夢の能力を奪えばすべて終わる。他人の意識がどうたらって問題は気にする事はない」

 「で、でも……」

 「まぁ、まずはあれを倒さないと現実で意識を失う人は後を絶たないんだがな」

 「倒すって……」


 あんな巨大な怪獣をどうやって倒すのだろうか?

そう疑問に思っていると、男の子が懐からまるで銃身のない銃のグリップのようなものを取りだす。


 「まぁ見てなって……それにこの夢想世界の主なら気付いてるんじゃないか?俺と白亜以外にも俺の仲間が夢想世界に入ってきてるってこと」


 男の子に言われて、そう言えば妙な違和感を先程から感じていた。

 これは異分子が紛れ込んでいるという事なのだろうか?

 意識を違和感に集中させると、このバルコニーから遠く離れた夢喰の近くに誰かがいるのが感じ取れた。




 「まったく!なんでかい君と離れ離れなのよ!しかも役割がただの時間稼ぎって!!納得いかない!!」


 そう言って弥生時代の銅剣のようなものを振り回しているのは、巫女装束に身を包んだ女の子だった。

 迫り来る夢喰の一部から這い出てきたドス黒い巨大なムカデを銅剣で叩きつけていく。


 「はいはい文句言わない!仕方ないでしょ?川畑くんはなぜか夢想世界の主から王子様の役割をうけたまわったんだから」


 そう言ってハンドガンの引き金を引いて弾丸をバンバンとドス黒い巨大なムカデに撃ち込んでいってるのは大きなザックを背負い、金髪の少しクセ毛がかった後ろ髪をポニーテールでまとめている女の子だった。

 ハンドガンの弾丸では威力が弱くドス黒い巨大なムカデを撃退するには至らない、そこでザックの中から何やら爆弾のようなものを取り出し。


 「フレアボム、これなら効くかな?」


 ドス黒い巨大なムカデに投げつけた。

 フレアボムという名前らしい爆弾はドス黒い巨大なムカデの体に当たり大爆発を起こす。

 それを見てポニーテールの女の子は満足げに頷く。


 「うん、仕入れたばっかの代物だけど威力は申し分ないね!これは売れるわ間違いなし!!」

 「ちょっと!手伝いできたのか商品の性能チェックにきたのかどっちなの!?」

 「ん~両方かな~?」


 巫女装束の女の子とポニーテールの女の子は目の前のドス黒い巨大なムカデがいなくなると言い合いを始めたが、直後上空からドス黒いグリフォンが襲いかかってくる。


 ひとまず仕事は終わったと思って言い合いを始めて油断していた2人は驚いた顔で上空を見上げるが、直後急降下してくるドス黒いグリフォンの横っ腹に光弾が撃ち込まれる。

 ドス黒いグリフォンはそのまま真横に吹っ飛んでいく。


 その光景を見上げていた2人は光弾が飛んできた方を見る。

 そこには栗色の下ろした髪をひとつに束ね、三つ編みにしている女の子がいた。

 格好はカジュアルなジャージ姿である。


 そして右手にはバイクのハンドルグリップのような物を持っている。

どこかのバイクから片方のグリップだけ引っこ抜いてきたような印象を受けるのはクラッチレバーかアクセルレーバーかのどちらかまで付いてるからだろう。


 「油断大敵ですよ!おふたがた!」


 言っておさげ一結び三つ編み少女は手にしていたそのハンドルグリップのようなものに付いているボタンをカチっと押す。

 するとハンドルグリップの先からブーンという音と共にレーザーの剣が出現した。

 まるでラ○トセーバーかビ○ムサーベルのような外観のそれを構えておさげ一結び三つ編み少女は地面に倒れているドス黒いグリフォンへと斬りかかっていく。


 それを見た巫女装束の女の子は持っていた銅剣を一瞬手放す。

 すると銅剣が緑色の光を放って霧散し、おさげ一結び三つ編み少女と同じバイクのハンドルグリップのような物が出現した。

それを手にし懐からこれまたバイクのメーターのようなものを取り出してハンドルグリップの先に装填する。

 するとバイクメーターのようなものの上にエンブレムとメーターの針のようなものが投影された。

 

 巫女装束の女の子は指で投影された針をタッチしてスライドさせ、エンブレムの一つに合わせる。

 そしてバイクメーターを外してボタンを押す。するとグリップの先から光のムチが出現した。


 「油断なんかしてないよ?歩美こそ気を抜いたらダメなんだからね!!」


 光のムチを振るいながら巫女装束の女の子が叫んだ。

 3人は言い合いながら夢喰に対処していく。




 そんな光景をなぜか感じ取ることができた。

 これは自分が作った夢想世界だからなのだろうか?

 そう思っていると男の子も懐から取り出したグリップのようなものを取りだし、アビリティーチェッカーをグリップ脇にある窪みに装填した。

 すると液晶画面の上に複数のエンブレムが投影される。


 男の子はそれらをいくつかタッチし、グリップについてるボタンのようなものをカチっと押す。

 直後ブーンという音と共にレーザーの剣が出現した。


 「あの夢喰の姿……あれは君にとっての恐怖の対象だろう。夢喰はそういうものから姿を拝借する。つまり君は知ってるんだ……あれを。ジムクベルトを」

 「ジムクベルト……?」


 男の子が言った名前を自分は知らない。

 しかし、あの姿がどこか怖いと思ったのは事実で。どこかで見たことがあるかもしれないと感じたのも事実だった。


 「つまり君は転生前、ジムクベルトを見ている。十中八九、ジムクベルト出現の時の混乱かその後の次元の迷い子の出現で命を落としたんだろう。つまりは俺と同じあの日から始まってるんだ……俺の旅はあの日から始まったからな」


 男の子の言ってる意味は理解できなかったが、靄がかかっていた記憶が少しずつ晴れていくような感覚があった。

 多分、彼と私はその日同じものを見ていたのだ。

 だから自然と聞いていた。


 「ねぇ、あなたは一体……」

 「俺か?俺は川畑界斗(かわばたかいと)。ただの異世界渡航者だ」


 男の子はそう言ってバルコニーの床を蹴って大きく飛躍、目にも止まらぬ速さで夢喰の元まで駆けると。


 「はぁぁ!!」


 レーザーの刃を振り下ろしてその巨体に斬りかかる。

 目にも止まらぬ速さの斬撃に驚いてしまうが夢喰もやられっぱなしではない。

 体中から棘が生えだし、それを男の子へと射出する。

 しかし。


 「きかないな?」


 バリアのようなものが男の子の前に出現し飛んできた棘を弾く。

 バリアは前だけでなくどの方向にも現われ、無数に飛んでくる棘をすべて受け流す。


 「終わりか?なら今度はこっちの番だぜ!」


 そう言ってレーザーの刃を掲げると男の子の周囲から光る鎖が多数出現、一気に伸びて夢喰の巨体を縛り上げる。


 「とっておきだ!これでもくらえ!!」


 叫んで掲げたレーザーの刃を振り下ろす。

 すると男の子の周囲に無数の炎弾が出現、夢喰へと飛んでいく。


それらをすべてくらい、夢喰は悲鳴のような雄叫びをあげる。


 「まだだ!!もういっちょ!!」


 今度は男の子の周囲に紫電が迸り、雷撃が夢喰を襲う。

 ダメ押しとばかりに男の子の頭上に目のシルエットが浮かび上がり、その目玉からビームが夢喰へと放たれた。


 ビームをくらい、夢喰はたまらずその場に倒れてしまう。

 それを確認すると男の子はふぅーと息を吐くと、こちらに叫んでくる。


 「俺ができるのはここまでだ!後は君がやるんだ眠り姫!」


 その叫びはバルコニーにもはっきりと聞こえた。


 「え?な、何を言って!?」


 突然そんな事言われたってできるわけがない。自分にはそんな戦う力はないのだから。

 困惑していると隣に白亜がやってくる。


 「難しく考えることはない。ここは君の夢想世界。君が望んだままに改変できる夢の世界なんだから」

 「で、でも……」

 「彼らみたいに戦えないって?それはどうかな?まずは思い描いてみな?自分がなりたい姿を」


 白亜に言われて、不安に感じながらも思い描く。

 あの怪獣に打ち勝てるほどの力とはなんだろう?

 イメージできるものはなんだろう?

 わからない、想像できない……そんなこと急に言われてもどうしたらいいんだろうか?


 「無理だよ……そんなの、わかんないよ」


 思わず声に出した時だった。

 男の子が叫んできた。


 「君は色んな本を読んできたんだろ!色んな物語に触れてきたんだろ!だったら!君が望んだ、体験したい物語の結末を思い描けばいい!!君は一体どうしたいんだ!?」

 「私が望んだ結末…?」


 問われて、唇を噛みしめる。

 そんなもの決まってる……


 「私は、私はずっと……こんな世界から自分を連れ出してくれる、解き放ってくれる自分だけの王子様を求めていた!王子様に救ってほしいって思ってた!!でも……でもわかってる。ずっと夢に籠もってる私にそんな存在現われるはずないって……だから私は探しに行く!ここを出て、夢から目覚めて私だけの王子様を探しに行く!!そのために私は強くなる!!だから!!」


 心の底から叫んだ。

 叫び夢喰を見据える。


 「だから夢喰、もうあなたは必要ない!!」


 ここは私の夢、夢想世界だという。

 だからだろうか?

 自分の姿がいつのまにか、いつか見た映画に登場したお姫様と同じドレス姿となっていた。

 これが意思の力というやつなのだろうか?


 右手を掲げる。

 すると世界が歪み夢喰の巨体が一瞬で真っ二つとなった。

 夢喰はそのまま悲鳴をあげることなく霧散してしまう。


 「終わったな……」

 「はい」


 夢喰が消えたのを見て白亜が声をかけてきた。

 なので自分も笑って答える。


 こんなにも清々しく笑ったのはいつ以来だろうか?

 晴れやかな気持ちで空を見上げる。

 当然ではあるが自分の心とシンクロするように透き通るほどの快晴であった。



 「お疲れ、やればできるじゃないか!」


 バルコニーに男の子が戻ってくる。

 いや、カイトと呼んだほうがいいのだろうか?

 そしてようやく思い出したことがある。

 川畑界斗という名前と転生前の記憶を……


 「ねぇ、ひょっとして私達って……」

 「ようやく思い出したか?昔、同じ小学校にいたこと」

 「やっぱり!!」


 そうだ。小学校の頃、虐められてた私を唯一かばってくれたのが彼、川畑界斗だ。

 結局、その小学校は転校することになって彼とはそれ以来合っていなかったが、まさか夢の中で再開するとは思ってもなかった。


 「後にも先にも私を庇ってくれたのはあなただけだった。やっぱりあなたは私の王子様だったんだね」


 言って恥ずかしさのあまり下を向いてしまう。

 まともに彼の顔を直視できない。こんな気持ちを抱いたのは初めてだ。


 だが、彼はどこか暗い声で話す。


 「言っただろ?王子様なんかじゃない、死神だって」

 「……能力を奪って殺すんだっけ?」

 「あぁ……そうしなきゃならない」

 「……そっか」


 申し訳なさそうにする彼の顔を見て、少し反則行為をする。

 さきほどの夢喰を倒した時にここでの力の使い方は理解した。

 だから、彼の考えを読んだのだ。

 正確には、どうしてそうしなければならないのか?の背景を探る。


 そして、理解した。

 理解してしまった。


 「カイトごめんね?たぶん今私が力を使えば、カイトが能力を奪いに来るより早くあなたをこの世界に取り込める。本当の私の王子様にできる。私はそうしたい。あなたとここで過ごしたい」

 「……まぁ、そう言うと思った。そして俺が君から能力を奪うより、君がそう改変するほうがはるかに早い。こちらは圧倒的に不利だ」

 「だよね?じゃあなんでリスクを犯してまで目の前に立ったの?」

 「それは……」

 「結果が変わらないから……だよね?私の夢に取り込まれてもどうせすぐに脱出できるから」


 私の言葉に彼は驚いた表情を見せたが、すぐにやれやれといった表情を浮かべた。


 「気付いてたのか」

 「うん、気付いてたというか。心の声を読んだ……ごめん」

 「そっか」

 「……私、死ぬんだね?このまま放って置いても現実の私は病気で死ぬ。私が死ねば夢に取り込まれてたあなたも自動的に元に戻る」

 「そう、だから極論を言えば……夢喰に取り込まれた人達も別段しばらくすれば勝手に目が覚める。誰かが手を下す必要はなかったわけだ」

 「じゃあ、なんで私の夢に入ってきたの?眠りから覚めない人を助けるためじゃないなら」

 「元よりこの異世界……あ、今はこの夢と違う現実って意味な。とにかく異世界には干渉できないって言ったよな?俺たちが目的としてたのは最初から能力の奪取、それのみ」


 そう言う彼はどこか怒ってるようにも見えた。

 心の中を垣間見たからわかる。

 彼にとってそれはあまり気分のいいものではないのだ。


 「でも能力を奪えなくても今回のケースは問題ない……そういうことだね?死の直前に能力が暴走したからとりあえず次元の断裂に影響を及ぼす可能性はあるけど、どっちにしても死ねばそれ以上干渉が起こることはないからっていう」

 「……そこまで見たのか」

 「ごめん」


 こちらの謝罪をどう受け取ったのか、彼はため息をついて懐からアビリティーチェッカーとグリップを取り出す。


 「まぁ、ここは君の世界だ。君がやろうと思えばそれくらいできるよな……で、そこまでわかって君はどうする?このまま能力を奪われて夢から目覚めるか?それとも死の瞬間までこの世界で自身の夢を満喫するか?」


 彼に問われて、自然と笑みがこぼれた。

 聞かれなくても答えは出ている。

 夢はいつか覚めるものだ。だから目覚めなければならない。

 たとえ、その先に絶望しかなくても……


 「奪ってくれていいよ?私の能力がこの先あなたの役に立つのなら、こんなに嬉しいことはない。私に取り込まれて私が死んで脱出した場合能力は奪えないんでしょ?だったら私は私の能力があなたの中で生き続ける方を選ぶ」

 「……そうか、わかった」


 言って彼はアビリティーチェッカーをグリップに装填する。


 『Take away ability』


 アビリティーチェッカーが音声を発し、彼がグリップをこちらへと突き出してくる。

 直後、自分の体から光りの暴風があふれ出し、それはグリップへと吸い込まれていく。


 「う!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 全身から力が抜けていく感覚がして、そのまま地面に倒れ込んでしまう。

 そしてすべての光をグリップが吸い込むとアビリティーチェッカーの液晶画面の上にエンブレムが浮かび上がった。


 あれが能力を奪ったという証なのだろう。

 つまりは自分は力を失った。

 そう自覚した時、視界が暗転した。


 意識が途切れる瞬間、彼の「現実でまた会おう」という声が聞こえた。




 目が覚めると病室の天井が視界に飛び込んできた。

 ここはどこかの病室、窓の外は雨のようだ。


 そして、夢の中と変わらずベッドの横に置かれた椅子には白亜が腰掛けていた。

 白亜の後ろには夢の中にもいた3人の女の子が立っている。

 そのうちの2人、巫女装束の子とポニーテールの子からは何やら敵対心のような視線を感じる。


 なぜだろうか?などとヤボは事は考えない。

 理由はわかっている。


 (ライバルと思われてるのかな?そうだといいな……クラスメイトや友達と好きな人の話をする。好きな人を取り合う。そんな小説の中のような学校生活してみたかったな……)


 思って視線を横に向ける。

 そこには彼がいた。


 「私、もう死ぬんだね?」

 「あぁ、医師によれば長くは持たないって」

 「でも、殺すんだよね?」

 「あぁ、そうしなければ次の異世界に行けないからな」

 「そう……異世界渡航者、色んな異世界を旅してるんだよね?」

 「そんな羨ましがる旅はしてないけどな」

 「うん……知ってる。心を覗いたから」

 「そっか……」


 そこで会話は途切れた。

 どう声をかけていいのか彼にはわからないのだろう。

 私だって彼の立場だったらどうしたらいいかわからない。


 だから、最後のお願いをするころにした。


 「ねぇ、私を殺す前に1つだけしてほしいことがあるの」

 「なんだ?」

 「キス……してほしいな?そしたら殺してくれていいから」

 「はい?」


 そうお願いすると白亜の後ろでこちらを見ていた3人の女の子が素早く反応した。

 巫女装束とポニーテールの子は恐ろしい表情で一瞬こっちを睨んだ後、2人してジト目で彼をじーっと睨む。

 まるで「するなよ?するんじゃねーぞ?」と圧をかけてるみたいだ。

 残ったおさげ一結び三つ編み少女は巫女装束の子の腕に抱きついて「大丈夫ですよ~先輩には歩美がついてますから~」と笑顔で言っていた。


 なんだか賑やかで楽しそうな旅の仲間だなと思う。

 私も彼女たちに混じって一緒に旅して、彼を取り合う喧嘩なんかしてみたかったな……


 でも、それは叶わない。

 どっちにしろ先は長くないのだ。

 だったら、死に方は自分で選びたい。


 「お願い……」

 「わかった」


 こちらの懇願に彼は諦めたようにため息をつくと彼はそのまま覆い被さってくる。

 その事にドキドキしながらも目を閉じて唇を閉じる。


 たぶん、このまま目を開くことはないだろう。

 約束を守ってキスしてくれる保証はない。


 でも、それでいい……まともな告白はしていない。

 中途半端な言葉だけで好きだとは伝えていないのだから……


 でも、それでも……どこかで期待していた。

 意識がなくなる前に唇に感触が生まれることを。

 すぐそこに彼の吐息と体温を感じることを。


 死ぬまでの数秒がこんなにも長く感じるとは思わなかった。

 きっと人生で一番ドキドキして永遠に感じるくらい長く感じている数秒だろう。


 だから数秒なのに考えてしまう。

 彼は異世界渡航者……数多の異世界を巡って地球を救うため異世界転生者、転移者、召喚者から能力を奪い、殺して回る存在。


 なら、また転生すれば会えるんじゃないか?

 そうすれば次もきっと会いに来てくれる!殺しにきてくれる!

 そう思えば待ち受ける死も少しワクワクした気持ちになった。


 だから、また会おうね?

 絶対に会いに来てね?


 そしてすべてが静寂に包まれた……

どうも、完全新作による初の短編小説でしたがいかがだったでしょうか?

え?どこが完全新作だって?

またまた~おかしいですね~


というわけで個人的には少し改良の余地ありかなと思ったのでいずれ加筆修正するかもですが、1話できっちりと完結させるのは色々と難しいですね。


さて、本作の主人公の女の子の名前は特に設定していません。読まれた方それぞれの脳内で思い描いてくれたら幸いです。

そして、お気づきの通り筆者が書いてる「とある異世界渡航者の物語」https://ncode.syosetu.com/n3408fs/

を読んでいただけたら、より本作を理解できると思いますのでこちらもよろしくお願いします!(宣伝

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