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普通君は横顔美人の有栖川さんを視点と点をからめて真っ直ぐに見澄ます

作者: ポチリス

「普通君はまじめだねー!」


 明るくクラスの中心的なクラスメイトの1人が良かれと思ってそんな言葉を口にした。彼女は知らない。まじめという言葉を相手に向けるということはあなたは無個性だと言ってるに等しいことだということを。




「ごめん、素で普通君のこと忘れてた! だってぇ、普通君って影薄いしぃしょうがないよね」


 派手でオシャレ、いかにも男子の目線を気にしているクラスメイトの1人が俺の気持ちはお構いなしに言った。一体全体何が「しょうがない」のだろう。相手を不快にし勝手に開き直る、実に自由だ。




「普通君、お願い! 体育委員の会議さぁ、代理で出てくれないかな。来週試合があってレギュラーとして絶対部活に顔出さないといけないんだ。ほんと、ごめん」


 スポーツマンっぽく、リーダーシップがあるクラスメイトの1人は必要以上に大きな声で頼んできた。最後の「ほんと、ごめん」は反則である。これを付け加えることでお願いから強制へと内容が変化する。



 そしてそれらすべてに普遍的な作り笑いを浮かべ、愛想よく返答する僕。苗字が普久嶺で下の名前が通だったので、苗字と名前から一文字ずつとって普通君というあだ名でクラスの人から呼ばれている。



 普通君というあだ名は客観的な視点から自分を見ると存外間違ってはいない。


身長は167センチ。高校1年生としては平均的な数値になる。


容姿も可もなく不可もなく地味。


学力も以前やった定期テストの学年順位は中盤。


人の顔色を伺い関係がギクシャクしようものなら自分から折れる。


面倒ごとも頼まれたら断れない。


唯一小学校の頃からバドミントンを頑張っているが結果が出たことは一度もない。




 だから普通君というあだ名はちっともうれしくない。そのあだ名で呼んでほしくなかった。



 そう呼ばれると、いままで生きてきた中で感じた葛藤とか苦しみとか、そういうなめらかではない感情をすべて均一にして、普通という型に流しこまれていく気分になる。

そして「普通君って呼ぶなよ」と主張することができない自分にも本当に嫌気が差す。



 そんなモノクロの学校生活を過ごす中で、最近自分の心の一部分が色づきはじめていることに気づいた。






――となりの席の有栖川さんの横顔をみると心臓が高鳴る






 その日の1限目は世界史だった。


 先生の話を真剣に聞いているような姿勢をしつつも目線はかすかに左に傾ける。視界の外側で有栖川さんの横顔をとらえる。


(きれいだなぁー)


 率直な感想だった。だが決して間違ってはいないだろう。ツンと伸びた鼻。鼻から顎までの一直線の美しいライン。肩につくくらいのミディアムヘア。流れるような黒髪は耳に掛かってスっとした印象を与える。


 うっとりと眺めた。目に映っている有栖川さんの横顔をどうにか焼き付けられないか模索しようとしてしまう。



 授業は順調に何事も起こらず進んでいた。先生が脇道にそれ過ぎた世界史の小話をどうにか収束させて次のページ進もうとしたとき僕にとっての問題が発生した。


「はーい! とまぁ....そんな感じで......

つまりは古代ローマで就職活動するなら元老院がおススメです....

じゃあ次のページに進みまーす。プリントも配っておきまーす」


 そう言うと先生はプリントを数えはじめた。


「ひーふーみー......あれ!? プリントが足りない」


 先生はチラッと時計を確認する。


「あと15分ぐらいかぁ....それなら今から奇数列だけプリントを配るのでとなりの人と席くっつけて見てくださーい!」



(えっ....セキ......となりの..........有栖川さんと!?)



 そのときうれしさや驚きが混ざった悲鳴が体を駆け巡った。ドキドキと胸の鼓動は高鳴る。橋本さんはそんな僕の心の中などお構いなしに机をくっつけてきた。


「よろしく......」


 有栖川さんの声。


ざわざわという心の中のざわめきでその声は途中で途切れる。


体が熱い。


声を出すと動揺がバレそうなのでなんとか首を動かしてこくりとうなずく。


 机をあわせて同じプリントを眺めているので、有栖川さんとの距離は体を左に傾ければ接触してしまうぐらいだった。そんな状態にいるのだと想像するだけで意識はどこかにいってしまいそうだった。



 そのあとは何事もなかったようにときは進む。だが、僕の時間だけはときが止まったように1秒1秒ゆっくりと進んでいる。結局プリントばかりに視線を置いていたので有栖川さんを視界の隅でとらえることしか出来なかった



 世界史の授業が終わり休憩時間になった。


 机の中に入れていた文庫本を読む......読むふりをして有栖川さんと過ごしたひとときをもう一度想起して余韻に浸る。じーんと温かみを感じる。だけども、彼女と目を合わせることもできない自分を情けなく思った。


いつもいつも思い出す彼女は後ろ姿と横顔....。




 休憩時間に文庫本を読んでるやつに声をかけようとする人はまずいない。だからしばらくこのまま放心状態になっておこう。

その小説の内容は、天才航海士である猫の船長が仲間に見捨てられながらも調子に乗って航海していくというストーリーだ。

目線は文庫本の文字を捕らえつつも意識はそっぽを向いていた。




「きみもそのシリーズ小説を読むんだね」



(・・・・・・)




「おーい、ふくみね君」



(気のせいだろうか、遠くから声が聞こえる......ふくみねって誰だっけ?)




「....ねぇ、とおる君、私のこと嫌いなんでしょう」



 ささやくような声。僕のことを「とおる」と呼ぶのは親ぐらいしかいなかったはず.....。



 声の方向を見る。



 目の前には有栖川さんが......。



「............はひぃ」



 はじめて名前を呼ばれた。


 あまりにも突然なことに僕はいままで出したことがないような声を発した。



(えっ....なんで有栖川さんは僕に話しかけてきたの?)



 頭の整理が追い付いてない。



「えっ?....ホントにきらいなの」



「いやいや全然ちがう、違う....むしろ......」


「むしろ....?」


「むしろ有栖川さんのことが好きだ」と言える勇気はもちらんあるはずもない。



「ええっと....なんで僕が....は..はしもとさんのこと嫌いってことになってるの?」


 慌てて話を変えようと疑問を疑問で返す。


「だって....ふくみね君呼んでも無視するし、それにさっきの授業中もさ、話しかけても返答するだけで私の目もあわせてくれないじゃん」



 ドキッとして視線のスポットを橋本さんの顔に当てる。そこには、はじめて見る君の顔があった。


 ああ、そうか。僕はやっと気づいた。


 いつも有栖川さん目があうのが恥ずかしくて、喋ることすらできなくて、君の横顔ばかり追いかけていた自分に。いままで僕の瞳には君の姿は映っていなかった。正面からとらえた君の姿は。





――今、視点と点をからめて真っ直ぐに君を見澄ます





 有栖川さんの両目、鼻、口。そして顔の輪郭をなぞる。白い画用紙に絵の具落としたみたいに、君の色は鮮やかに僕を染めていく。モノクロだった世界に色がついていく。ときめきを含ませて。




「えーとね....ふくみね君、そんなにまじまじと見なくてもいいんだよ」




 有栖川さんは僕がジッとみつめているのに照れているのか頬を少し赤らめている。僕も自分のとった思いがけない行動に赤面する。


このまま沈黙していてもしょうがないので「ごめん、冗談だよ」と言い、あははと苦笑いして気まずい雰囲気を終わらせようとする。




 胸の鼓動は先ほどまでの高鳴りは消えて、だいぶ落ち着いてきた。まともに会話が出来ている自分に驚きを禁じ得ない。”まともに”は少々言い過ぎたかもしれない。この場合は会話が成立したと述べた方が適している。



「けど、有栖川さんみたいな人が僕に話しかけてくるなんて珍しいね」


 言葉を補足すると、つまりは「橋本さんみたいな華やかな人が僕みたいな地味な人に話しかけてくるなんて可笑しいよね」と言っているのである。

自分を卑下して相手を引き立てるやり方。いままで生きてきた中で培ってきた話し方だった。



「おかしくなんかないよ、ふくみね君だってすごいところいっぱいあるじゃない」



「いやいや、全然ないよ」



「たとえばさ、1週間ぐらい前かな。学校の自転車置き場で、誤ってたくさん自転車倒しちゃった女の子いたじゃない」



「ん? そいえばそんな子もいたかも....」



「あのときさぁ、彼女の前をとおる人みんな素通りしてたのにふくみね君は助けてあげたよね」



 有栖川さんはまるで自分がやったことのように楽しそうに話している。彼女は「じつは私、あのとき見てたんだよー」と付け加える。



「そいえば、そんなこともした気がする....けどなんというか地味だよね」



「他にもね、ふくみね君が体育委員の代理したときあったでしょう。そのときにさ、けっきょく体育委員の彼は試合で公欠になって仕事を君に押しつけたじゃない。だけど投げ出さないで責任もって最後まで頑張ったでしょ」



「けど、クラスのみんなにうまく伝えられなくていろいろ迷惑かけたけどね」



 有栖川さんは僕のネガティブな返答などお構いなしにどんどん話す。



「うーん....あとはねー、ふくみね君いっつも朝遅くに教室に入るのって部活の朝練があるからでしょ。毎日欠かさず続けているのはすごいと思う!」



 僕は次に発しよとした言葉をとっさに飲み込もうとした。



「私だったら絶対に途中で投げ出しちゃうなー、だからもっと自信もってもいいんだよ!」



 いつもの僕だったらこんな風に相手から褒められたら謙遜して会話をどうにか終わらせようとしていた。理由は単純。僕の話をしてもどうせ誰も興味を持つ人はいないから。だから溢れそうな気持ちに蓋をしようと........。



「......でもさ、いくら頑張って続けていようが結果がでなければ意味....ないよね。僕は小学校の1年生の時からバドミントンをやっているけど、バドミントン歴1年や2年そこらの選手に何度も負けた......」



 少し口調が強くなったのは本音が顔をチラッと顔を覗かせたからなのだろうか。中2のときの嫌な思い出が想起しそうになる。なんで好きな人にこんな汚点を見せつけているのか....。だが紡ぎだした言葉は止められない。




「だからさ、みんな僕のことは下手くそとか言ってるんだよ。だけど僕が才能がないのは事実だし......結局さ、僕はいくら練習しても結果がでない凡人なんだよ」


 吐き捨てるように言葉を投げつけた。本当はこんなこと言うつもりはなかったのに。言わなければ良かったと後悔した。



 「うーん....」有栖川さんは俺がぶつけた言葉にどう返答しようか悩んでいる。面倒くさいやつだと思われたかもしれない。




「じゃあなんでいままでずーっと続けてきたの?」



「・・・・・・」答えはわかっているのに言葉を返せない。




「結局なんだかんだ言っても、あきらめきれなかったんでしょ。私はそれでいいと思う。周りがなにをいっても気にしないでいいんだよ、結果がでなくても絶対にあきらめない....」



「こういう時なんて言うんだっけ、あれだよあれ......そう! ネバーギブアップだよ」



 僕はこのときどんな表情をしていたんだろう。ただ、有栖川さんの言葉に耳を傾けていた。




「でもね、本当にあきらめたくなったら....ね........えーと、どうしようかな?」



 有栖川さんは悩んでいる。たぶん、彼女は勢いに任せて僕を励ましてくれたのだが、気持ちが先行しすぎていて言葉につまっている。有栖川さんのこんな一面が垣間見れて、僕の口もとはゆっくりと緩む。



「......そうだ! 決めた、それなら私があきらめていいよって言うまで、ふくみね君はあきらめちゃいけないことにしよう、これ約束ね!」



「なんだよその約束!? ひどくない」


 作り笑いではない、顔から自然とこぼれた笑顔だった。橋本さんと喋ると自然な自分でいられるのかもしれない。



「あっ....もしかして冗談だと思ってる? 本気だよ。私、ふくみね君のこと応援しているから!」


 結果が出ない自分に声援なんてなかった。期待する人もいなかった。だから脚光を浴びることもまったくなかった。だけど唯一、君だけが僕を見てくれている。他の誰でもない僕自身を。


「ありがとう」


 素直にそう言った。



 有栖川さんは目を細めて笑っている。



 いま、瞳に映っている彼女の笑顔を僕だけのものにしたいと思ってしまった。



 さっきまで、有栖川さんのことが好きだという一方的な感情だった。だけど今は違う。彼女のことをもっと知りたい、彼女にもっと自分のことを知ってほしい。そしてゆくゆくは僕のことを好きになってほしい。そんな欲張りな感情までもが湧き出してしまった。


 いったいどうやったらこの感情をとめることができるのか。いや、とめてはいけない。有栖川さんは言ったじゃないか、


「結果がでなくても絶対にあきらめない、そう! ネバーギブアップ」と。


 授業が始まるチャイムが鳴った。


 あせあせと有栖川さんは席に座るとこちらを向いた。


「あっ....言うの忘れてた。ふくみね君、その小説こんど貸してね」


 そう言われていつの間にか机の上に放り投げていた小説に目をやった。


 授業が始まると同時に、ざわざわ心躍る春風がサーと体の中に入ってくる気がした。

この小説はフォロワー100人達成記念に書きました。

ツイッター→https://twitter.com/kd5oWU9RteWNn2Q

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