17年目のバレンタイン
「今年で最後になるのかな……」
細かく刻んだチョコレートは熱い湯に浸かったボールの中でゆらゆらと儚げに揺れている。
私はそれをゆっくりとゴムベラで過去の思い出を封じ込める様に溶かしていく。
私、花咲真由と、このチョコの行先予定である高嶺竜太とは、17年来の幼馴染。
毎年の恒例行事の様に義理チョコならぬ、幼馴染チョコと名付けた物を5歳の頃から欠かず渡して来た。
いつも嬉しそうに『ありがとな』と笑ってチラッと見せる八重歯が可愛らしくて、年々募っていく『好き』を重ねるごとに、気持ちが抑えきれなくなって来た私。
高校二年生になった今、もうこの気持ちに決着をつけようと心に決めて、一度しかない青春真っ只中の17歳、2月 14 日のバレンタインデーを晴れて迎え、ようやく長年の気持ちを伝えようとしていたのに……
まさかの悲劇は起こったのだ。
確かに竜太は女子にとにかくモテていた。
優しいし、気が効くし、運動も勉強もできるし……
その上猛烈なイケメンだ。
誤解しないで!
5歳の頃はイケメンだとか、モテ男とか、そもそもそんな概念で一緒に居たりしない。
純粋に……
大好きな野球の話を夢中になって話してくれるキラキラした笑顔が大好きで……
間違いなく私は竜太の全部が大好きで……
2年先も、5年先も……
大人になってからだって、ずっとずっと一緒に過ごす幸せな時間が続いていく事を信じて疑うことなんてなかったのに。
最近竜太にやたらと付き纏っている彼女……
一学年上のの金井飛鳥先輩。
クリっとした大きな目にぷっくりとした唇。
細く長い手足に私なんかどう頑張っても張り合う事すら出来ないほどの非の打ち所がない抜群なスタイル。
おんなじ人間なハズなのに、どうして神様はこんなハンデを与えて私をこの世に放り出したんですか?!
ショボくれた自分の姿に、また今日もため息が出る。
現実を直視しただけで逃げたしたくなるのに、運命の神様がさらに追い討ちをかけて来た。
『金井先輩が体育館裏で、竜太に告白しているところを見てしまった』
この一行を目にしただけで分かりますよね、私の気持ち。
私の唯一、竜太の心に近づいた様な気持ちになれる大切なバレンタインデーの前日に。
全てが簡単に粉々に砕け散った残酷な現実。
何一つ敵うところのない私は完全にノックアウトされてしまった。
でもでも……!
片想い歴は私の方が断然長いんだからっ……!
勝てるところがそこしかないのが、なおの事惨めな気持ちにさせるけど……
ゆっくりと湯煎したボールの中でどんどんと形を変えていくチョコを眺めながら私は思う。
来年、再来年には新しい恋を見つける事ができるんだろうか……?
竜太だけを想い続けて……彼しか好きになったことがなくて……
告白もせずに完全にこの恋は終わってしまった。
竜太は金井先輩の告白を聞いて、照れながら頭を掻いてたもん!
(ずっとずっと竜太しか見てこなかったのに……今更他の人なんか好きになれるの……?)
ポタリと涙が、渦を巻いたチョコの中に虚しく溶け落ちた……
◇◆
「おはよう、竜太! 今日は何の日だか分かってるよね〜?」
毎年毎年鬱陶しそうに、絡んでくる私を邪険にしながらも何だかんだチョコを受け取ってくれる竜太。
きっと今年が最後になるだろう……
分かっているからこそ、大切に渡したかった。
心とは裏腹に、眩しいくらいの朝日が私たちに光を注いでくれている。
「今夜、楽しみにしててね」
語尾にハートマークをつけて私は精一杯ウインクした。
「……んだよ、ったく毎年よく懲りずに、その胡散臭い芝居できるよな」
呆れた顔で竜太は私の顔を見る。
「いいじゃん。別に……」
いつもならもっと反論する言葉がポンポンと出てくるハズなのに。
……今日は続きが出てこない。
「なんだよ、今年はやけにしおらしいな」
竜太はクスリと笑ってチラッと私を見た。
「ま、まぁね。もう17歳だし。こんなわざとらしいバレンタインも終わりにしなきゃなー、なんて思ってね」
心の奥底を悟れられない様に精一杯笑ってみる。
「は? らしくねぇこと言うなよ。どうせまた来年もウザ絡みしながらチョコ渡してくんだろ?」
ケッと馬鹿にした様に笑い捨てる竜太。
それが出来る未来なら、まだマシなのにな……
教室に入ると、去年から同じクラスの秀人が私を見つけると同時に、開口一番チョコをせがんでくる。
「真由〜! 今年は俺にもチョコ作って来てくれたよな!」
秀人は恥ずかしげもなく高1の頃から私に公衆の面前で大告白をして、断っても断っても小判鮫の様について来る。
いつの間にか情が湧いて、仲良くなって……
今、私は秀人の事を最高の友達だと思っている。
「まったく、うるさいから作って来たわよっ!」
ポンと秀人の手に昨夜竜太のチョコと一緒に作った義理チョコを手渡した。
「わっ、マジで?! すっげー嬉しい!! ありがと、真由!!」
運動神経抜群の秀人が素早く私を抱き寄せギュッとする。
「きゃあ!!」
周りの女子たちが驚きと羨望の眼差しを私に向け『はぁ……』と羨ましそうなため息をついている。
言うまでもなく、その人当たりの良さもあって、秀人はウチのクラスの女子の間でもかなりの人気者だ。
「ちょっと!! 義理だからねっ! 義理っ!!」
秀人の逞しい胸板にドキッとしながらも、遠くの方からチラッとこちらを見ている竜太の目線に気づいて私は勢い良く秀人を突き放した。
「なんだよ、俺の気持ち知ってるくせに。素直に喜んだっていいだろ? 本当に嬉しかったんだから」
「秀人の気持ちはありがたいけど私……」
ちゃんとハッキリ言わなきゃ。
好きな人がいるって。
そう思ったのに……気持ちを察してか、私が口に出すより先に秀人の掌が私の口を塞ぐ。
不安げな秀人の表情が目の前に飛び込んできて、チクリと私の良心を刺した。
それと同時に、私は馴染みのある視線を感じて無意識に竜太を探している。
ふいっとそっぽを向いて教室の外に出ていくのが見えた。
(待って……待って……!!)
私は秀人の手を振り解き必死で竜太を追いかけた。
◇◆
「竜太くん!」
追いかけた目線の先に金井先輩が入り込んでくる。
「あぁ……」
竜太は金井先輩をみて何かを言おうとした様に見えたけど……
「昨日の返事、聞かせてくれる?」
金井先輩の自信たっぷりなその声を聞いて、私は居た堪れずその場を走り去った……
◇◆
「どうしたんだよ、元気ないじゃん」
秀人が帰り道、心配そうに私の背中に手を当てる。
「なんでもないよ、別に」
誰とも話したくない。
こんな姿、誰にも見られたくない。
それなのになんでいるの?
秀人は家は別の方角でしょ?!
「おい、いい加減にしろよ? グジグジしてんなよ!」
いつになく声を荒げて私を叱咤する。
「私だって、いつもニコニコしていられるわけじゃないの……!」
言いたいことはたくさんあった。
一人にして欲しい。
構わないで欲しい。
冗談とか、笑い話とか……そんな気休めな気遣いなんて今はいらないのっ……!
「じゃあ、一つだけ言わせて。俺の好きな真由は……悔しいけど竜太を想ってる幸せそうなお前なんだよ。今のは……俺の好きな真由じゃない。……竜太のとこに行って……俺の大好きな真由になって戻ってこい!」
秀人は力強く私の手を引いて走り出した。
「……秀人っ……!! 急にどうしたのよっ?!」
秀人の速さにやっとの思いで手を引かれながらもついて行く。
「真由がそんなんだから……俺は諦めきれねーんだよ!」
振り返りもせず、ただ行く先だけを真っ直ぐ見つめている秀人。
「ほらっ! 行ってこい!! ……大丈夫だから。絶対に大丈夫だからっ!!」
そう言って握っていた私の手を優しく振り解いた。
目の前に『高嶺』の表札……
急に鼓動が高鳴った。
「ダメだったら、俺はいつでも待ってるから」
そう言って私の頭を優しく撫でる。
全部分かってたんだね、私の本当の気持ち……
「……秀人……」
私に背を向け去っていく秀人の想いが……
その時初めて痛いくらいに伝わった。
(ごめんね、秀人……)
でも背中を押してくれた秀人の気持ち、絶対に無駄にしたくない。
結果が分かってたって、私も自分の気持ちにちゃんと決着をつけるから。
『ピンポン』
迷いはなかった。
竜太に。
『好き』
そう伝えたい。
「おう」
竜太が頭をポリポリと掻きながらサラサラの髪の毛をかき上げ私の前に現れた。
緊張して…心臓が口から飛び出そうだよ……
「り、竜太……、あの、これ」
私は1時間かけて選んだ包装紙に包まれたチョコを竜太の目の前にサッと差し出した。
おもむろに封を開け、竜太はそれをフワッと口に放り込む。
「……今年も、義理?」
私の手を掴んで急に顔を鋭く見つめてくる。
違う……
違うのっ……!!
「義理……なんかじゃないよ……。いつだって私は……いつだって……」
ダメだ……
止まって! 涙……!!
「義理じゃなかったら……何?」
竜太が動揺してぐしゃぐしゃになった私の顔をじっと見てる。
「あの……えと……」
言葉が出てこない。
お願い、こんな私見ないでよ……
言いたいのに……本命だって……!
いつも竜太にあげるチョコは本命だったって……!!
「秀人のが本命……?」
竜太の瞳が揺れている。
私は、精一杯首を横に振った。
「……これが、本命……だよ」
喉の奥に詰まった声を、必死に絞り出す。
「竜太の事、ずっとずっとーー」
途端に温かい呼吸が頬にかかる。
ふわりと竜太の優しい匂いを感じると、そっと重なった唇から私の言いかけた気持ちが、ほのかな甘みを乗せて返ってくる。
「好きだ」
目線の先には竜太の曇りのない澄んだ眼差しが私を包み込んでいた。
「金井……先輩は……? 私なんか……」
そう言った私は、竜太の逞しい腕に包まれる。
いつも一緒にいたのに……
こんなに安心できる場所だったなんて知らなかったよ……
「まだわかんねーのかよ? 俺の気持ち」
私の前髪を竜太の大きな手で優しくかきあげた。
「こんなに不安になるんなら……さっさと伝えればよかった」
王子様の様に私の額にキスをすると、竜太は真っ赤な顔でこう言った。
「ずっと……俺の真由でいて欲しい。秀人なんかに取られてたまるか」
月明かりの下で、竜太の吐息から溢れるチョコのほろ苦い香りは、いつの間にか私たちの心を甘く繋いでいた……
完
最後までお読み頂きありがとうございます(*´꒳`*)