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第二幕 日常が終わりを告げる

 早朝の春にしてはまだ冷たい空気に包まれる中、王宮にある訓練所でリディアナは日課の鍛錬をしていた。

 普段はうるさいほど賑やかで時折り剣がぶつかり合う音がするこの場所も、今の時間はリディアナ以外いないので静かだ。愛用の剣が空気を切る音だけがする。

 王立第三騎士団の面々は有能である。ハイスペックな兄と違って努力をしなければすぐに追い越されてしまう。仮にも団長のリディアナが団員達よりも弱いというのは格好がつかない。

 一心不乱に剣を振るっているといつの間にか朝食の時間になっていたらしく、時間を知らせる王宮の鐘が鳴った。

 今日は朝食の後で兄に呼ばれていたので、第三騎士団の官舎の食堂で食べずに、宮殿の自分の部屋で食べようとリディアナは訓練所から部屋に戻ることにした。

 朝食を食べ終わるとすぐに侍女達に体の隅々まで洗われた。きっと朝の鍛錬で汗臭かったのだろう。

 流石に公式の場ではないが兄の執務室に呼ばれているとだけあって、よれよれの普段着で行けるはずもなく強制的にドレスを着せられた。髪を結い上げられたのは勿論、危うくメイクもされそうになったが、そこは午後に仕事があって汗で悲惨な事になってしまうと言って遠慮させてもらった。


 予想よりも支度に時間がかかってしまい急いで執務室に向かうと、仏頂面で執務室の椅子に座っている兄がいた。

「遅い。俺は暇ではないのだから約束の時間より早く来るぐらいの気持ちでいろ。」

 銀髪に、深海の青い瞳をした芸術作品のようにすべて完璧に整っている男の口からは甘い言葉は一切出ない。

 かわりに人払いをして、リディアナの執務室の何倍も広く豪奢な部屋に二人っきりになると信じがたいことを言った。

「お前の婚約者を決めたいと思う。」

 リディアナはしばらく何も言えなかった。

 任務など仕事の話か、何かの説教もしくは嫌味でもいわれるのかと思っていたのに入室して早々にとんでもない爆弾発言だ。

 驚きを顔に出さないようにして兄をまじまじと見る。

「レオお兄様、冗談ですよね?私はまだ結婚する気はありません。」

「今年でお前も十八歳の誕生日を迎えるだろう。それで父上がそろそろ婚約者を決めようと言うんだ。お前のことだから勝手に決められるのは嫌だと我が儘を言うだろうと思ったからな。自分で決めたいなら今のうちだという忠告だ。冗談で言っているわけではない。」

 兄はさあどうするというように目を細めて愉しげに笑う。

 そんな兄を睨みつつ、この話が冗談ではないと分かってリディアナはしばし考え込む。

 十八歳といえば貴族の女性にとって結婚していてもおかしくない歳だ。

 実際に周りの女性は段々嫁いでいるし、リディアナも結婚したくないわけではない。

 それにリディアナの父親はハーフェン王国の王だ。いくらリディアナが団長で姫でも王の命令は絶対逆らう訳にいかない。むしろ団長で姫だからこそ王の命令は進んで進んで受けるべきだろう。

 でも、リディアナには忘れられない人がいる。

 ずっと彼に会いたくて、彼がいなくなってしまった時からずっと探している。

 リディアナにとって彼との思い出が生きる糧だと言っても過言ではない。

 もしも結婚してしまったら彼を探すことは出来なくなるだろう。自分以外の男を探すことを許す酔狂な人はなかなかいない。

 どうすれば婚約、結婚を遅らせることが出来るか。

 そもそも婚約者選びがどうも唐突ではないか。

 ふと、疑問に思って顔を上げると兄と目が合った。

「実はな、ザルツ王国との国境で不審な動きがあるらしい。だから国政が不安定になる前にお前の婚約者をさっさ決めておきたい。」

 リディアナの心を読んだかのようにそう言って、ため息をついた。

「ザルツ王国ですか⋯最近は落ち着いていると思っていましたが。」

 隣の国のザルツ王国とハーフェン王国は犬猿の仲で、長い歴史の中で幾度となく争いがあった。リディアナが幼い頃、一時だけ親交があったがそれもすぐに終わり冷戦状態が続いている。

 最近は争いがなくて良いなと思っていたのに。

「あっちの国王がもう老い先長くないようだ。まあ、それはこっちも同じなのだが、あちらは死ぬ前に功績を残したいんだろう。」

 父親に対して失礼で不敬罪に問われてもおかしくない発言があった気がするが、そこは聞かなかったことにしよう。

 それよりもそんなことのせいで婚約を急かされるようになったのかと思うと少し腹が立って、思わず拳を握りしめた。

「私利私欲のとばっちりで婚約なんてまっぴらです。」

「そうは言っても、父上はお前を戦場に出したくないから早く結婚して引退して欲しいそうだ。」

「気持ちはうれしいですが⋯」

「お前にはもう婚約する道しかない。これから時間が経つにつれて婚約者の選択肢はどんどん消えていくぞ。」

「婚約者を決める権利が今だけならあると?」

「ああ。俺が相性の良さげな候補者を出してもいいが、どうする?」

 どうやら時間はもうあまりないらしい。ならばー取るべき道はただ一つだ。

 リディアナは覚悟を決めた。



 その後、半日と経たずに全国民と近隣の国にハーフェン王国の王太子レオンからお触れが出された。

『我が国の姫の婚約者を決める大会を開く。参加対象は十七歳から二十五歳の男性。リディアナ姫の夫になりたいものは参加すべし。』

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