序幕 別れと出会い
赤いバラが咲き誇る庭園でリディは一人、座り込んで泣いていた。大好きな母親が今日、病で亡くなったのだ。
王族は人前で泣くものではないと言われていたから葬式の間はずっと我慢していた。でも、一人になった途端に堪えきれなくなって涙が止まらなくなってしまった。
「おかあさまぁ⋯っくえっく。うぅっ。」
ここは高い生け垣に囲まれていて人に見られる心配はない。そのぶんほとんど光は差して来ず、それが一層リディを暗く、寂しい気持ちにさせた。
ぐずぐずとしばらく泣いていると、ガサッと草をかき分ける音がした。
「えっ⋯!」
まだ人の姿は見えないけれど近くに誰かいることは確かだ。
隠れなければと思うのに体が動かず、視線も音がした方向に縫い付けられたようだ。心臓だけが早鐘のように鳴り響く。
やがてリディより4、5歳くらい年上の男の子が現れた。
兄や父親ではなかったことにほっとしつつも、言いつけを思い出して必死に涙を拭いて泣き顔を隠す。
「泣いてないよ!目にゴミが入っちゃったの!」
男の子は何も言わずにただそっと優しい手つきでリディの頭を撫でてきた。母親とは違って小さくて少し硬い手なのにどこか懐かしくて、思わず目に涙を溜めたまま彼を見上げた。
初めは一瞬しか見ていなかったのでよく分からなかったが、その男の子は天使という言葉がぴったりだった。陶磁器のようにきめ細かく白い肌。少ない光を集めて神秘的に輝く黄金の髪。エメラルドグリーンの瞳はどことなく甘く、薄く形の良い唇は微笑みを浮かべている。
「おかあさまをむかえに来てくれたの?」
天使なんていないともうわかっていたのに聞かずにいられなかった。
男の子は一瞬きょとんとしたが、すぐにリディに話を合わせて頷いてくれた。
「うん。君のお母さんはもう無事にお空に行ったよ。でも、君が一人で悲しんでいたらお母さんは心配してしまう。だから今は泣くだけ泣いていいよ。僕がそばにいるから。」
その言葉に驚き、大粒の涙が目尻からこぼれた次の瞬間にはリディは彼に抱きついて声をあげて泣いた。一人で泣いていた時はわめく気力もなく、涙がこぼれるばかりだったのに誰かがそばにいるだけで赤子のようにすんなり泣けた。
「わたしが泣いてたことはレオお兄様たちには内緒にしてくれる?」
落ち着いてきて涙が止まると、この不思議な男の子が兄たちに告げ口をしないか心配になった。身なりのいい服を着ているし、大分長い時間一緒にいるのに呼びに来る人が誰もいないということは使用人の子ではないはずだ。もし告げ口をされたら隠れて泣いていた意味がない。
「分かった。僕と君との秘密の約束だね。」
男の子彼は嬉しそうに笑った。
『約束』という響きが嬉しくてつられてリディも笑顔になった。
「ねぇ、あなたのお名前は?」
「僕は・・・だよ。リディちゃんよろしくね。」
「うん!・・・はわたしの初めてのお友達だよ!」
その日はリディにとって忘れられない日となった。