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第七話 高カリウム血症

 意外に華奢な楓の手には、何やら検査伝票の束が握りしめられていた。


「ど、どうされたんですか、楓様?」


「ネズ公、お前まーたなんかやらかしたんじゃないのか? 今朝の定期検査の採血結果だが、入所者全員が高カリウム血症になっているぞ!」


「え? ちょ、ちょっと見せて下さい!」


「ぼ、僕にも……」


 慌てて楓から叩きつけるように渡された検査結果を食い入るように凝視するネズミと、横から覗き込む僕。


 確かにどの結果も、血液中のカリウム値が7mEq/lとか8mEq/lとかありえない数値に上昇していた。


 大体正常値が3.5~4.9mEq/lぐらいだから、本来なら死んでいてもおかしくない異常値だ。


「こりゃ明らかに溶血だ! お前スピッツをマラカス代わりにガシャガシャ振ったりしてないだろうな!?」


「そ、そんなことさすがにしませんよ!」


 確かにネズミはたまに不器用になるときでも、そこまでそそっかしくない。


 ちなみに溶血とは、採取した血液サンプルが、外的なショックなどで、細胞膜が破壊され、細胞中のカリウムが流れ出す現象のことだ。


 これが起こると見かけ上血清カリウム値が上昇するため、非常に紛らわしい。


 だが、まれに起こることはあっても、全員分に起こるなんて、いくらなんでも考えられない。


「弱ったな、俺は今から往診に行かねばならん。帰ってくるまでにこの問題を解決しておけ。出来なければお前ら飯抜きだ。じゃあな!」


「えーっ、そんな殺生な!」


「ちょ、ちょっと待って下さいよ、お前らって僕もですか!?」


「当たり前だ。働かざる者食うべからず。


 お前もちったあ頭を働かせるぐらいはして、役に立って見せろ! あばよ!」


 楓は言いたいだけ言うと、長い廊下をつったかたーっと駆け抜け、雪のちらほら舞い散る極寒の外へとダッシュで走って行った。


 以前から、「雪道の運転は苦手だ」と言っていたし、安いタクシーを捕まえるため、大通りまで歩きで行くつもりだろう。ご苦労なことだ。


「しかし弱りましたねぇ……まさか僕まで巻き添えを食うとは」


「あら、ソーセージくんは少しぐらいダイエットした方がいいわよ!


 このまま太ったらソーセージじゃなくてボンレスハムになっちゃうし!


 私なんかこーんなにちっちゃいんだから、むしろお肉をつけたいぐらいよ!


 ほら、おっぱいもこーんなにちっちゃいのよ!」


 彼女は気の毒なくらいない胸をつーんと反らせた。さいですか。


「……手術を受ければいいでしょ」


「キーッ! むかつくわね!」


 一人で騒ぎ立てるネズミを尻目に、僕は急遽脳内で症例検討会を開催する。一体どうすればこんな不思議な現象が生じるんだ?


 機械の故障という線がまず第一に浮かぶが、購入して間もないと聞いているし、確かこの前点検したばかりのはずだ。


 特に異常なかったとのことだし、そう簡単に壊れるとは考えにくい。


 その可能性は最後にとっておいて、まずは問診および聞き取り調査をせねばなるまい。


「ネズ……美子さん、確か採血は今朝やったんでしょ? どんな状況で行ったのか、教えてもらえませんか?」


「えーっと、そうね、あれって血糖値や薬物濃度の関係上、朝食前に調べないといけないのよね! 


 だからまず一人ずつ順番に採血をして、一旦採血スピッツを玄関の靴箱の上に置き、配膳した後、スピッツを慎重に2階の検査室まで持って行って、機械に注入して検査をしたのよ!

 

 あーっ、思い出しただけで疲れたわ!」


「じゃあちょっと目を離した隙に、誰かがそれを触った可能性はありませんか?」


「それは……ないと思うわ!」


 ネズミは一瞬考え込んだ後、彼女の眉毛と同じくらい明確に否定した。


「その時入所者は皆自室でお食事していたし、他の利用者はまだ誰も来ていなかったわ! ソーセージくんと楓様はその後起きてきたでしょ?


 そもそも朝は玄関には鍵がかかっていたし、見知らぬ人は勝手に入れないわよ!」


「なるほど、いわゆる密室殺人ってやつですね」


「違うでしょ!」


 ぱこーんとハードカバーのグリム童話で頭を叩かれた。結構痛い。


「でも、確かにある意味密室よね! これが巷で噂の日常の謎ってやつ?」


「さあ、よく分かりませんが……。でも本当に、手荒に扱ったわけではないですよね?」


「だーかーら、するわけないって!


 採血で手間取ったり、ブランジャーを強く引きすぎたりしていないし、全血状態でそんなに長時間置きっぱなしにしてもいないわ!」


 彼女は扇風機のようにぶんぶん首を振って否定する。


 うー、分からん。しょせんソーセージ如きに探偵役なんて務まらないんだろうか?


「ま、考えても分からないものは無駄だから、一旦止めましょう!


 それよりさっき、楓様が玄関の鍵をかけずに飛び出しちゃったから、私、閉めてくるわね!」


 ネズミはあっさり推理を打ち切ると、ドアを再び開けて、廊下に出て行こうとした。たちまち肌を刺す冷気が室内に流れ込む。


「ううっ、今日はやけに冷えるなぁ……ハッ!?」


 瞬時に僕の頭に閃きが走った。

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