第六十二話 真実の扉
「おやおや、抗てんかん薬には詳しかったのに、SSRIのことは知らなかったのかなー?」と楓がいじめっ子のように言葉でなぶる。
「そんなマニアックな効果知るかよ! それに、粉薬で貰っていたから、何の薬か知らなかったんだよ。畜生、そうと分かれば飲むんじゃなかった……!」
「しかし本当に凄いな、ソーセージ。いつもお前には驚かされるよ。さすが……」
そこで楓はハッとした顔で口を噤む。だが僕は、それを見逃さなかった。
「楓、今日という今日こそは、本当のことを教えて下さい。僕と楓は過去に知り合いだったんでしょう!? そこのドーテーくんが言っていました!
僕が医学知識を知っていたり、悪夢を見たりすることと、何か関係があるんじゃないですか? お願いです、どうか……!」
「……」
楓は、まるで母親に置き去りにされた幼児のように、今にも泣きそうな顔をして聞いていた。
僕は、それを見た瞬間、次句が告げず、黙ってしまった。楓があれ程秘密にしていたことだ。知れば自分は絶望どころか、発狂するかもしれない。
だが、今を逃して真実を知るチャンスは、もう二度とないだろう。ふと、そんな気がした。
「……絶対後悔すると思うが、それでもいいのか?」
老女のようにしわがれた声で、楓がつぶやく。
「望むところです、楓」
僕は、真実の扉の前に立った探究者の如く、緊張に震えつつも、穏やかな声で答えた。
楓は、僕を必死で助けてくれた。
今回ばかりでない。初めて浜辺で会った時から、彼女の目に見えぬ優しさをずっと感じていた。
しかも彼女は無条件に僕を信頼し、僕のアドバイスを素直に受け入れ、褒め称えてくれた。
彼女とは、どんな運命も断ち切ることのできない深い絆で結ばれている。
たとえ想像を絶する真実が待っていようとも、彼女と二人なら、きっと乗り越えて行ける。
先程見た夢の内容はまったく覚えていないが、記憶の彼方から、誰かがそう語りかけ、励ましてくれた。あれは昔の僕……? いや、昔の彼女……?
「分かった。全てを話そう」
ついに、ついに楓が折れた。彼女は悟りを開いた聖者のように澄み切った瞳で、雪の舞い降りる天の底を見詰めた後、ややしゃがれた喉の奥から、田舎の村の古老の如く、こんな風に物語を始めた。
「あれはいつのことだったかな、どこか遠くから聞こえてくる、ザザーンという波のざわめきが、耳鳴りのように……」
そして運命のあの夜、俺はお前に再会したってわけだ、ディー!
畜生、お前はこんなに苦労して見つけた俺のことを欠片も覚えておらず、「誰ですか……?」なんてとぼけたこと言いやがってよ! この大馬鹿野郎!
俺がお前に会ったら、どれだけ話をしたかったと思っているんだ!
全部パーにしやがって!
どれだけ後悔して、どれだけ泣いて、どれだけ苦労して、どれだけ勉強して、どれだけ仕事して過ごしたと思ってるんだ!
どれだけ褒めてもらって、わしゃわしゃしてほしかったか考えてみろ!
それなのに、お前のあの白魚のようにきれいな両腕は、どこにいっちまったんだよ!
あの花のように美しいかんばせは、どこに落っことしてきたんだ!
あの麦畑のような髪の毛は!
あの殺人的に魅力的な胸は!
腹は! 脚は! どこへ!? どこへ!? どこへ!?
畜生―っ!
そして俺は苦労してお前を楓荘までお持ち帰りしたってわけさ! 以上!
なんか質問あるか!?
え、ディーの由来のD-5092はどういう意味だって? それは……。




