第六話 ネズミと小鳥とソーセージ
「昔、ネズミと小鳥とソーセージが友達になって、仲良く暮しておりました」
「な、なかなか斬新な設定の童話ですね……」
僕はつい口を挟んでしまった。あまり人のことは言えない身だが、日本人なら到底考え付かない話だな。さすがドイツ人。
「うわぁ、三角関係ですね! 性別はどうなっているんですか?」
ネズミも横からうれしそうに突っ込む。それって重要?
「そこまでは書いてないみたいねぇ~。注釈とかにあるんじゃない?」
中村さんが律儀にも最後のページを先に捲るも、「何もないわね~」とまた元に戻る。
それにしてもこのお婆ちゃん、認知症だと言われているけれど、けっこうしっかりしていて、あまり呆け老人っぽくない。認知症ってそんな簡単に治るもんだっけ?
「じゃぁ話を続けるわね~。小鳥の仕事は毎日森へ飛んで行き、薪を集めることでした。ネズミは水汲みと、火をたき、食卓を整えるのが仕事で、ソーセージは料理をしました」
中村さんは読書を再開し、ようやくソファーに辿り着いた僕は、彼女の足元にごろんと寝そべる。
それにしてもソーセージがどうやって料理を作ったんだ? 謎が謎を呼ぶ超展開だ。
「うーん、外仕事ということは、小鳥は男性っぽいわね。ソーセージが料理担当なので女性っぽいけど、ネズミはよく分からないわね……なんとなく男かな?
小鳥とネズミが男同士で出来ていて、ソーセージは所謂おこげのようなものか……ソーセージだけに!」
どうやらネズミ嬢の妄想はどんどんエスカレートしているようで、僕にはよく分からない領域に突入している。
この人は趣味でお話や漫画を自分で書いたりしているらしいけど、ちょっと怖くてまだ読ませてもらっていない。
「ある日、小鳥は森でカラスに会い、こう言われました。
『君は辛い仕事を担当している、おめでたい奴だね。だって考えてごらん? ネズミは水を汲んで火をおこしておけば、後は食事時まで休んでいればいい。
ソーセージは鍋のそばで料理が煮えるのを待って、頃合いを見計らって鍋の中で二、三回転げ回れば料理に油や塩味が染み付く。
どっちも楽なもんだろ。君だけが重い荷物を運んで家に着くって寸法さ』小鳥は納得してしまいました」
どれも結構大変そうだぞ。しかし随分凄まじい料理法だな……。
「そうか、カラスは小鳥を狙っていたのね! でも三人が仲が良いので、自分のものにはならない。ならばその関係を破壊してしまえという悪魔の考えを……!」
おいそこの腐女子、なんでそうなる?
「そうねぇ、カラスって悪食だもんねぇ」
中村さんも何故か同意し、話が無駄に弾んでいる。
「さて、カラスにそそのかされた小鳥は、もう辛い外仕事はやりたくない、ここらで仕事の役割を変えようじゃないかと提案しました。
他の二人は今のままでいいと反対しましたが、結局頑固な小鳥に折れて、くじ引きをしました」
「どうも小鳥は強引だし、三人のリーダー格っぽいわね! でも攻めと見せかけて受けってのはよくある話よ!」
てか、何の話ですか?
「その結果、薪集めはソーセージ、料理担当はネズミ、水汲みは小鳥に決定しました」
「分かった、疑り深い小鳥は、自分の留守中にネズミとソーセージが密かにいちゃついていないか、心配だったのよ! カラスはそこを利用したんだわ!
このくじ引きには明らかな作為が感じられる! きっと小鳥はうまいこと細工をして、自分とネズミが一緒に家に残れるようにしたんだわ!」
最早彼女の中では全然違うストーリーが形成され、思考の暴走を止めることは出来そうになかった。しかしある程度辻褄が合っているところは凄いな。
「で、結局どうなったんですか? ふわぁ~」
昼食後の眠気が遅効性の毒のように全身に回り、僕は耐えきれずに大あくびを一つしてしまった。口を塞ぎたいところだが、手がないので仕方がない。
「あら~、これからがいいところなのよ、ソーセージちゃん」
中村さんが、足元の僕を、枯れ木のような手でそっと撫でる。皺がカサカサしてちょっとくすぐったいが、痛いほどではない。
それにしても、冬場は皮膚が乾燥しやすいし、クリームでも塗ってもらいたいところだ。
「まぁ、かいつまんで話すと、森に行ったソーセージは犬に食べられてしまうの。そしてネズミは鍋の中で大やけどを負って死んじゃって、小鳥も水を汲みに行って溺れて死んでしまったのよ」
「全滅じゃないですか!」
思わず眠気も吹っ飛んで、突っ込んでしまった。なんでそんなに救いがないんですか?
「これにはきっと裏があるわね……犬を雇ってまんまとソーセージを亡き者にした小鳥は、それを知ったネズミに焼身自殺され、悲観して自分も後を追ったのよ!
さすがグリム兄弟、人間の愛憎を描かせたら右に出る者はいないわね!」
「その火曜サスペンスみたいなドロドロ妄想もやめてよ、ネズミ!」
「あら、ネズミじゃないって言ったでしょ!」
「おい、お前ら、くっちゃべってないで、この検査結果を見ろ!」
危うく僕とネズミが一触即発の状態になったとき、リビングのドアを押し開けて、緋色のコートに身を包んだ楓が、血相を変えて飛び込んできた。