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第四十九話 ムラージュ その2

「小児科や産婦人科、および地域医療に貢献する医師には、卒業後、人体型実習用医療機器を提供し、更なる研鑽に役立てて頂く」


 その一文を読んだとき、あたしはしばらく意味が理解できず、馬鹿みたいにぽかんと口を開けていた。


「提供? 研鑽? いったい何のこと?」


 無意識のうちに、疑問点を口に出して言ってしまったが、十姉妹はそんな独り言にも教師のように答えてくれた。


「つまり、国が、小児科や産婦人科に入局したり、地方に残る医師には、特別にムラージュを贈呈するってことだね。


 平たく言うと、エサでもって、医師の不均等分布を均そうっていう作戦だ。


 これが、手間暇かけてムラージュを製造する真の理由なんだよ」


「その、提供されたムラージュたちは、その後どうなるの!?」


「自分の好みのムラージュを貰い受けた医師には、同時にリモコンも手渡される。


 それにより、思い通りにムラージュを操ることが出来る。


 これはあくまで噂でしかないが、医師たちはムラージュを着せ替え人形のように様々な服で飾り立て、その恰好のまま、とてもここでは言えないようなみだらな行為をさせるという。


 SEXに関して、人間はそれぞれ他人には語れない幻想を抱いているが、ムラージュを通して、その欲望を実現できるわけだ。


 解剖モードや省力モードにしておけば、そんなに手間もかからず簡単なペットのように飼えるし、たとえ感情モードをオンにしても、従順にしつければ、メイドのように世話をしてもらえるだろう。


 何しろムラージュの生命線を握っているのは、ご主人様たる彼ら医師だからね」


「そ……そんなことって……」


 あたしは彼の語るおぞましい情景を、白昼夢のように思い描く。


 古代の奴隷市場の如く、一列に並べられたムラージュの群れが、うろんな目付きでどこか遠くを見つめている。


 今にして思えば、ステンレスの台の上に転がっていた様々な年齢、容姿のムラージュたちは、医師たちの多彩な嗜好に対応できるよう、各種取り揃えられていたのだ。


 まるでバーゲンセールで好みの洋服を御婦人たちが手に取って選ぶが如く。


「私がここまであけすけに君に話したのは、君の信頼を得たいがためと、君の友達がどうなったのかを君が知りたいと望むので、それを伝えるためでもある。だから、心して聞いてほしい」


 彼は居住まいを正し、渋い顔つきをする。


 あたしは緊張のあまり、ゴクッと唾を飲む。室内の空気が急に乾燥してきたように感じ、肌が乾いて痒いくらい。


「君を拾った後、私は知り合いのつてや、なじみの探偵の助けを借りて、あの晩雲州大学で何が起こったかを調べた。


 事件そのものは新聞沙汰にならず、秘密裏に処理されていたので、調査に苦労したが、大筋をまとめると、故障して狂ったムラージュが、リモコンを使用して周りのムラージュたちを目覚めさせ、大量に脱走させるという騒ぎを起こしたらしい。


 たまたま解剖実習に遅くまで残っていた医学生二人が第一発見者であり、警察に通報したそうだ。


 警察の出動で、脱走兵のほとんどは連れ戻され、学生二人にも特に危害はなかったが、その事件を起こした主犯たるムラージュは、速やかに廃棄処分となることが、医学部上層部によって決定された」


「は……廃棄処分って、殺すってこと? 野良犬や野良猫じゃないのに!」


 あまりのことに、あたしは声を荒げ、双眸から流れ落ちる涙を止めることが出来なかった。


「話を最後まで聞いてくれ。


 まさに処分が決行されようとしたとき、事件現場にいた医学生の一人が、先程の一文を紐解いて、自分は卒業後雲州大学に残り、地域医療に貢献するから、前金代わりにその廃棄となるムラージュを自分にくれないか、と提案してきた。


 大学側は、コントロール不能な、危険性のある個体を提供することは無理だと、一旦は拒むも、なおも粘る学生に根負けし、適切なカスタマイゼーション処理を受けた後ならばという条件の元、最終的に彼の提案を呑むかたちとなった」


「カ、カスタマイゼーション処理って……何?」


「まず、記憶の消去。これは各種抗精神薬や麻薬などの投与に、電気痙攣療法を組み合わせることによって行われた。


 一説には、脳の一部を放射線照射によって破壊する、ガンマナイフも使用されたそうだがね。


 そして、次に……」


 彼はここで一息つくと、何か考えるかのように、口を閉ざす。


「……次に?」


 今までの話で、か弱いあたしの胃袋はひっくり返りそうで、込み上げる吐き気を抑えるのが精一杯だったが、敢えて勇気を振り絞って尋ねる。


 こうなったら、とことん真実を知りたい。たとえそれが、人として知ってはいけないことであっても。


「……いいかい、本当に、気を強く持って、聞いてくれ。


 次に、彼女に施されたのは、全身の形成術……ワームナイズド・オペレーションだった」


「ワームナイズド・オペレーション?」


「ワームとは、地中を這うミミズのことだ。彼女は、その可愛らしく美しい身体を、巨大なソーセージそっくりに造り変えられた」


「……!」


 言葉にならない絶叫とともに、耐えきれず、あたしは床に嘔吐した。

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