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第四話 ソーセージ

 僕はソーセージだ。


 これは比喩表現抜きで言っているのだが、何処からみても立派なソーセージで,形状的にはウインナーソーセージに近く、色は日に焼けた茶褐色といったところ。


 ただ大きさが普通のソーセージとは違い、長さ1メートル、周囲80センチはあるビッグサイズだ。


 そして何より奇妙なことに、所謂頭側の部分には、二つの目玉と一つの口が付いている。


 瞳の色は赤だが、これは楓の命令で赤いカラーコンタクトを装着しているためである。


 頭の両側には、小さな穴がそれぞれ開いているが、多分これは耳なんだろう。


 お尻側の方は自分で見ることは出来ないからよく分からないが、排泄することは出来るので、多分穴が開いていると思われる。


 表面は磨き抜かれたようにつるっつるで、脂がのって、見るからに美味しそう。


 ただ、この肌のおかげで移動には難渋している。


 手足というものがない僕は、基本的に蛇のように身をくねらせて這い進むしかないのだが、滑りやすくてなかなか前に行かないのだ。


 力を込めると、人間でいう両肩のあたりに小さなでっぱりが出現するので、これを足代わりにして、基物に身体を沿わせたり、引っかけたりしながら亀の歩みで、ぎこちなくのろのろと前方を目指す。


 せめて本物の蛇のように鱗でもあれば、まだ楽なのだろうが、それでは皆痛くて僕に触れないだろう。


 仕方がないので、急ぐ時や段差が多い時などは、楓やネズミに抱えて運んでもらっている。


 ちなみに楓は、ここグループホーム楓荘の所長兼医師だ、といっても本人曰く、偽医者だそうだが。


 黒髪長身の、スラッとしたモデルタイプの美人で、容姿端麗なだけでなく、頭脳明晰も兼ね備えた才人でもある。


 しかし品行方正とは言い難く、一人称に「俺」を使うことを好み、口が悪いこと汚言症の如しで、すぐに易怒的になる。


 特に機嫌の悪い時は、首からぶら下げた聴診器を鞭のように振り下ろし、携帯電話を野球ボールのように投げつけるので、恐ろしくて半径5メートル以内に近付けない。


 だが、性格的にはあっさりしていて、江戸っ子のようにきっぷがいい。


 眼鏡と白衣がトレードマークで、肉類はあまり好まず、カロリーメイトばかり年中ボリボリ齧っている。


 年齢は、20歳前後に見えるのだが、決して教えてくれず、一切の経歴は謎に包まれている。


 そして、僕たちが暮らしているこの洋館・楓荘は、昭和初期に町外れに建てられた、古い二階建ての木造の洋館を改装したものということだそうだ。


 庭は駐車スペースにだいぶ占拠されているが、きれいに整備され、花壇や菜園があり、四季折々の風景が楽しめる。


 玄関のエントランスホールには二階につながる階段が優雅な円弧を描き、吹き抜けの窓には古びたステンドグラスが嵌められ、色あせた赤や青のガラスが歴史を感じさせる。


 玄関から食堂へと続く廊下の両脇には、入所者の個室が計6室並ぶ。現在満室御礼とのこと。


 食堂兼リビングは何台もの車椅子が自由に移動できるほど広く、大きな丸テーブルがいくつかあり、常に数人の利用者が、折り紙を折ったり、塗り絵をしたり、居眠りをするなど、各々自由に時間を費やしている。


 楓荘は、入所以外にも、在宅患者を日中預かるデイサービスを行っており、リビングは、そういった利用者や入所者が過ごす中心的な場所で、僕も大体ここにいることが多い。


 その隣りの台所は意外にもIH使用の最新式で、広々とした水回りを備え、従業員の居間のキッチンよりも豪華だ。


 これは利用者が使うこともある為、ガスコンロは危険だからとの配慮の為らしい。


 1階にはその他にはトイレや風呂、書庫、従業員の居間があり、診察室兼処置室まである。


 2階には従業員の個室や物置、薬剤庫、そして簡単な検査室がある。


 もっとも僕は階段移動が自力で出来ないので、夜はもっぱら1階の居間の床で寝泊まりしている。


 ネズミが僕用の電気カーペットを敷いてくれたので、中々暖かい。



 ともかくも、氷のように冷たい廊下を芋虫のようにくねくねと這うこと5分、ようやく僕はリビングに到着した。


 ドアを開けてもらって室内に入った途端、初夏のような温かさに包まれ、僕は雪山で遭難した登山者が、山小屋に辿り着いた時の気持ちが身に染みて理解できた。


 いっそ今度からごろごろ転がって進もうかともちらっと検討したが、お行儀が悪いし、何かに当たらないと止まらないことを考えると、二の足を踏んでしまう、って足は無いけれども。


「あら、ソーセージちゃーん、待ってたわよ~」


 ドアを開けてくれた入所者の中村 乙女さん(女性、78歳)が、皺だらけの細腕で、僕に抱きついてくる。


 僕はあわてて「ソファーの方まで行きますから、待って下さいよ。こんなところで抱っこされたらまた転びますよ!」と身をよじらせた。


「あ~、相変わらずすべすべねぇ~。私の若いときみたい~」


 乙女婆さんは都合が悪いと難聴が悪化する癖があり、人の言うことが完全に聞えなくなる。今も僕の忠告など無視して、歩行器をほっぽり出し、覆いかぶさってくる。


 古い玉ねぎみたいな軟膏の香りが、身体中から漂い、僕の身体に乗り移ろうとノルマンディー上陸作戦の連合軍みたいにわらわらと襲い掛かってくる。


 僕は四六のガマの如く、全身の油を搾りだすも、乙女さんの乾いた油とり紙のような肌に全て吸い取られ、見事にからめ捕られていた。こうなると脱出困難で、最早彼女の思うがままだ。


「中村様、危ないですからソファーに行きましょう! その方がゆっくりと彼を愛撫できますよ!」


 僕の後ろから、やけに元気の良い女性の声がした。

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