第二十九話 病気
「ねえねえケイ、ソーローってなぁに?」
「ブゴァッ!」
あたしは飲みかけのお茶を噴出し、ディーの顔面に盛大にスプラッシュした。
医学生の買ったペットボトルとやらが、ロッカールームに置いてあったので、一口失敬していたところだったのだ。
「うわ、ひっでー! ケイったら、本当にお下品だなぁ」
「下品なのはあんただ!」
つい突っ込んでしまう。いかんいかん。心頭滅却心頭滅却。
「でも、何だってそんなことが知りたいのよ?」
「うん。えーっとね、例のヘタっぴ野郎はドーテーくんってあだ名なんだけど、それはボクも意味は分かるんだ。まだ性交したことのないオスってことでしょ?
で、どうも彼は、漫画や小説やアニメというものにしか興味が無くって、現実のメス……つまり人間の女性に対してなんとも思わないらしいんだよ。
だけどそれは不自然なことで良くないって周りの連中に言われ続け、遂に彼女とやらをつくる決心をしたんだ。
で、念願かなってこの前遂にゲットしたんだってさ」
「ふーん、良かったじゃない」
あたしは落ちていた布切れで、ディーの顔面をわしゃわしゃ拭いてやりながら、気のない返事をした。
正直、心の底からどうでもいい。それより噴きこぼしたあたしのお茶を返せ……って元々あたしのじゃないけど。
「いや、それがね、どうもそのドーテーくんは、ソーローって先天的な病気らしくって、その彼女さんと性交することが出来ないって悩みを今日話してたんだよ。
ケイって最近ボク以上に医学を勉強しているじゃない? だからひょっとしたら知らないかなーなんて思っちゃってさー」
「そういうことか……」
ようやくあたしは納得した。どうもディーの知識はいろいろ偏っているようで、時々こういう一般常識的な事を知らなかったりする。
そりゃあたしも大して変りないんだろうけど、この手のことは、医学書なんかより……。
「そこの本に書いてあるよ」
「どれどれ、ってこれ、エロ漫画じゃん!」
あたしが手にした布きれで示した方向には、ピンクや肌色や黒で装飾されたやけにカラフルな漫画本が落ちていた。
ちなみに題名は、「音速の貴公子・ミコスリ・シューマッハ太郎奮戦記」。
作者は古都寄席由美之介と書いてある。
解説によると、作者は巨乳漫画家で有名な人だそうだ。
三ページに一回は吹き出すような怪作で、胸がもたれたあたしは途中までしか読んでいない。誰だよこんなもの置いてったやつ。
「なぁるほど……よく分かんないけど、こいつは深刻な病気だねぇ。キャハハハッ」
そのスーパーエロバカ漫画に夢中になっているディーをほったらかし、ようやくあたしも今日の読書に戻った。
しかし、ややもすると思考はついそのドーテーくんの方向に漂ってしまう。
くそっ、ディーのやつがアホな話をしたせいだ!
でも、彼は今後どうするつもりなんだろう?
医学的興味が湧いてきたあたしは、その漢字二文字を脳裏に仮登録しておいた。
治療法とかあるんだろうか?




